風邪と熊と狼と。追伸、プリンアイスは取っといて下さい。 Ⅱ
九
お腹も満足したところで自室へ戻ると、再度ベッドへダイブする。ぼよよん。
さっきと同じ様にうつ伏せになって、漫画の続きを読み耽る事にしよう。
さっきは途中から眠ってしまったのでページを順に捲り、どこまで読んでたかを確認する。
見覚えのあるページを見つけたので手を止めた。そこは崩壊中の遺跡から決死のダイブをするハルルを主人公が受け止めるというシーンだ。ここからロイエとジュリ、ハルルの三角関係が始まる。
そのまま四巻から五巻までを読み終える。最初に本棚から持ってきた分を消化しきったので、ベットから這い出ると漫画本を本棚に戻す。
次は六巻から十巻までだ。棚から取り出し再三ベットにダイブする。ぼよよん。
「すずめちゃーん」
ふと私を呼ぶ声に上体だけ起こして顔を向けると、同時に部屋のドアが開きお母さんが顔を覗かせた。
「なーに?」
「ちょっとお買い物行ってくるんだけど、欲しいものとかある?」
「あ、そうなんだ。じゃあね、えーっと……、プリンアイス」
「はい、プリンアイスね。だろうと思った。それじゃあ行ってくるから大人しくしてるのよ」
「はーい、いってらっしゃーい」
お母さんをベットの上から見送ったら再び突っ伏した状態に戻る。地味に負担のある体勢だったのか伸ばされた腰が気持ちよかったので、暫くそのままボーっとする事にした。
「はぁぁーん」
なんとなく目を瞑り妄想を開始する。今回の内容はいつもの大冒険とは違い、大冒険前の新たな世界に降り立った直後からだ。早い話しがイメージトレーニングというやつ。
見知らぬ世界に足を踏み入れた私の目の前には大きな街が広がり、剣と魔法の世界の象徴ともいえる格好をした人々が街道を行き交っているのだ。
私は、まずその街を歩き回り情報収集から始める。そしてひょんなことからお宝の情報を手に入れて遺跡へゴー、そこでまだ誰も通った事の無い隠し扉を見つけて、すっごい魔法の込められた武器を手に入れる。
すると妖精が現れて、その武器を使えるものは世界を救える救世主様のみで、貴方はその武器に選ばれたのです。等と言われ、私は意気揚々とその妖精と共に世界を救う旅に出る。という感じで。
冒険してたらなんだかテンション上がってきた。なんせ数日前に王道の出会いをしたのだから、それに続く物語もそろそろ動き出してもいい頃じゃないかと思うわけです。
そしてふと気が付けば、今は好機。
そもそも只でさえ遭遇率の低い非現実に、監視等というものが付いてしまっていては尚更確率が下がってしまうというもの。
たとえば、一人の非現実との遭遇率が千万分の一としよう。そんな低確率相手に二人で居ようものなら、二人同時に非現実に遭遇するわけだから、二人分の確率が必要となってしまう。
つまり非現実の遭遇率は単純計算で二千万分の一という、凶悪な低さとなる。はずである。
二人で探すなんていうのは、そんな一生にあるかないかの確率に止めを刺すような愚行に等しいという事を言いたい。声を大にして!
だがそれでも、王道の出会いまでは達成することが出来た。それはつまり私の勇者適正の成せる業であろう。
だがここから先、非現実へ踏み入るに至って、主役の私はともかく関係のない泉を巻き込む事は出来ない。そもそも適正の無い泉がいたのでは向こうも呼び込み辛いだろう。
故に一人での旅立ち、それが勇者に課せられた最初の試練なのだ。
そして今、路地裏へ赴く際には泉の監視が付くこのご時世。母は買い物で出かけ、当の泉は学校で義務教育という名の鎖に縛り付けられている今この瞬間。正に絶好の好機ではなかろうか。
「さあ、遂にこの日がやってきました」
ベットから飛び起きると、そのまま学校の制服に着替える。なぜ制服かというと、もしも途中で知人もしくはお母さんと遭遇してしまった時、「体調が良くなってきたので少し学校に顔だそうかと」と言った感じで言い訳がしやすいようにだ。──私って策士。
机の上に置いてあるカバンを手に取り、引き出しを漁ってみる。向こうに着いた時のために色々と物入りになるかもしれないし、その準備だ。
一番下の引き出しには御誂え向きなカッターナイフと彫刻刀が入っていた。いざという時すぐ取り出せるようにカバンのサイドポケットへ忍ばせておこう。刃物は武器になる他、サバイバルにも役に立つ便利な道具だ。まあ専用の物じゃないので心許無いが無いよりはいいだろう。出来れば包丁あたりを持っていきたいところだけど、もし途中で職質でも受けたら一発でアウトだ。なので諦めた方が無難だろう。
「さて次は……」
少し思考するとすぐに浮かんできた。流石は私の脳。優秀だ。
それは火だ。テレビ番組などで火起こしのやり方などは見知っているが、さすがにそこからやるのは面倒くさい。ここは文明の利器ライターを持っていくとしよう。
自室を出るとそのままキッチンへ向う。そこの食器棚にある引き出しの中にライターが入っているのだ。これは父が酔って帰って来た時ポケットに入っていたりするどこぞの店のライター。とりあえず予備用も合わせて二つほど手に取りカバンに放り込んでおこう。
「さぁ次!」
やはり忘れちゃいけないのがある。それは、食料。新世界でいきなり食料探しなんてしてたら、冒険する時間が減ってしまうってなもんだ。
こんな時に必要な食料といえば、まず保存がきいて嵩張らないでカロリーが高いもの。かな?
キッチン内にお菓子などがしまってある棚がある。それらを巡り、結果それなりに希望に沿ったブツを手に入れることが出来た。さすがに家に置いてある分全てを持っていくわけにもいかないので、少しずつちょろまかす事にした。
戦利品は、お徳用チョコ一袋、フルーツキャンディー二袋、たまごボーロ二袋、クッキー一箱(十枚入り)、むき甘栗二袋、焼き鳥の缶詰二缶、お父さんのおつまみのビーフジャーキー一袋、そして私の買い置きであるケロリンメイト三箱だ。
「ふむ、これだけあれば十分かな」
っとその前に……、トイレに行っておこう。出かけた後にいつ行けるか分からないしね。
トイレに入りパンツを下ろしながら思う、やはり向こうに着いたら、ローブと杖は欠かせない。それと魔法がかけられた特殊な武器も手に入れなければと。
用も足してスッキリしたので、いよいよ出発だ。
「さぁ、行こうか」
お菓子……食料一式を詰め込んだカバンを、首に通し左肩に掛ける。待ちに待った旅立ちの時だ。
「いってきます!」
誰もいない家の中に旅立ちの挨拶をする。いつ帰ってこれるか分からない長い旅になりそうだ。
「お母さん、お父さん、泉、紗由里、きっと無事に帰ってくるからね」
旅立ちの前の勇者は、皆こんな気分なのかな。
学校へ行く時は、いつも同じ通学路を進むだけだったが、日々開拓した分だけ帰り道は沢山ある。そんな道を逆から辿るっていうのは、今までありそうで無かった新鮮な体験だ。
真上から照りつける太陽の中を進んでいくと遂に、あの角を曲がれば占い師の居たトンネル前に出る所まで来た。今のところ人影も無く、邪魔は入らなさそうだ。いよいよ私の冒険が始まる。これが、センス・オブ・ワンダーというものか。いいものだ。
「いざ!」
颯爽と角を曲がり前方を睨みつける。
奥には薄暗いトンネルが口を広げ、出口の先まで良く見えるが人影は無し。前回占い師が居た所にも人影は無かった。
「むむむ」
予想とちょっと違う。私が思うには、ここに占い師が居て「ようやく来なさったか勇者殿。さあ行くがよい、冒険の世界が待っておるぞよ」等と言い、その奥の白く霞がかったトンネルの先を指し示し、私はそこから旅立つのだとばかり。
「ここじゃなかったのかなぁ」
このまま突っ立ってるのもなんなので、占い師が居た辺りまで行き、トンネルの中を目を凝らして覗き込む。
だが特にこれといった目新しいものは見つからない、普段通りの見慣れたトンネルだ。中にも入り、全長十メートルほどの内部を進みながら、くまなく見て回ったが結果は同じだった。トンネルの反対側に佇み思う。なんだか前にもこんな事あった気がする。
「原点回帰は違うのかな……」
となると次の王道は、普段の何気ない場所。押入れとか、よくある開かずの間とかになるのだろうか。
自宅の押入れはほぼ毎日チェックしてるから、まずは開かずの間から行ってみようか。たしか学校にあったはず、開かずの旧オカルト研部室が。
旧オカルト研部室……こう考えてみると、かなり怪しいなオカルト研。私が入学した頃から開かずの間となっていたから理由云々は知らないけれど、きっと部員が部活中に失踪、今だ行方不明になっていて閉鎖されたとか。──ありえる。
きっと時空の扉を開いてしまって、そこに飲み込まれたのだろう。これはいよいよ、勇者すずめの出番ではなかろうか。
ただ、さすがに折角休んだ日に学校に行くのはかったるいので、今日は家に帰ろうか。開かずの間は明日の休み時間とかに調べることにしよう。
それと学校帰りのコースもしばらくここがいいかな。きっとタイミングとかがあるのかもしれない。占い師と会った時間に比べると、今は大分早い。多分、少し薄暗くなるくらいの時間、黄昏時が雰囲気的にもバッチリだ。
「さあ、プリンアイスが待っている」
トンネルの中へ入り、来た道を戻る。思えば短い旅立ちであった。
ああ、そうだ。帰った時に、お母さんと鉢合わせたらどうしようか。
うーん。
ここはあれだ。気分が良くなったから学校に行こうとしたけれど、途中で容態が悪化して戻った。よし、これでいこう。
さて、明日はどうやって開かずの間に入ろうかな。こういうのはこっそりやるからこそ王道。なのでこっそりやらなければ意味は無い。つまり教師陣及び生徒の助力は求められないという事だ。
「カギが問題だなぁ……、うーん……」
……ぬ?
トンネルの出口付近まで来たところで足を止める。占い師の居たところに何やらチラチラと光っているものが見えたのだ。
「お、なんだろ」
五百円とかだと嬉しいけど、この場合は落とし主に見当が付くから返さないといけないかな。だけど、話のきっかけにはなりそうか。
「あれ?」
光の下へ駆け寄ってみると思っていたものとは大分違ったため、少し思考が停止する。そこにあったのは五百円ではなかった。あの日占い師に手を翳す様に言われた黒っぽい水晶玉が、雑草の陰から覗いていたのだ。
こんな大切なものを落としていってしまうなんて、意外とおっちょこちょいな占い師だったんだなと、少しニヤける。
まあ、こんなところに転がっていて、悪意ある人間にでも拾われてしまったらいけない。今度私が直接返す事にしよう。これなら五百円よりも話のきっかけにはもってこいな感じだ。
身を屈めしゃがみ込むと、雑草の中から水晶玉を取り上げる。掌にすっぽり収まるソレは全体的に黒く、改めて良く見ると、やはり中央辺りで何か光ってるようにも見える。不思議な感じがする水晶玉だ。今の水晶玉というのは全部こんな感じなのだろうか。
──……!!!──
カバンにその水晶玉をしまうと、不意に私を大きな影が覆った。一瞬で前回の光景がフラッシュバックする。──最悪だーーー!
影の伸び方からみても多分あの時と同じ、私の後ろに居る。最悪すぎる。
だが今回の私は違う、私には武器がある。
ゆっくりとカバンのサイドポケットからカッターナイフを取り出し、勢い良く振り返りながら立ち上がり構えた。
「近寄ら! ……ない……でー……?
」
私はカッターナイフを両手で構えながら、目の前のソレを見上げる。
「え……? 熊?」
一見すると熊っぽかったソレは私の身長の二倍ほどあり、短くゴワゴワとした黒い毛に覆われている。明らかな敵意を秘めた瞳の浮かぶ顔には、大きく裂けた口に鋭い牙が並び、ぶらりと下げられた両手? 両前足? には刃のような爪がスラリと伸びている。正にゲームに出てくる、魔獣宛らの姿だ。ぶっちゃけ熊の方がまだましだったような気がするんだけど……。