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学校って所は魔物の巣窟なのかもしれない。 Ⅳ



 青い空を見上げたり塀の隙間を覗き込みながら路地裏を進んで行くと、いよいよ第二の関所、トンネルが見え始めてくる。大きな国道の下を横切るように掘られたトンネルで、アスファルトではなく、土色の道が全長十メートルほど続いている。それほど長くはない。出入り口には雑草などが生い茂り、夜になると真っ暗で異界にでも通じていそうな雰囲気が漂う。本当に通じていたら、思い切って飛び込んじゃうんだけどな。


 トンネルが近づくにつれて奥に何か見慣れない影が見え始めた。ソレは進んでいくにつれ次第にハッキリとしてきて、トンネル入り口まで来るとその正体が確認できた。


瞬間で立ち止まり、隅に身を寄せて隠れる。


「なんでこんな所に占い師?」


「さあな、俺に聞くな」


「どう考えても人通りが多いとは思えないし、ちゃんと稼げてるのかな?」


「だから、俺に聞くな。多分何かあるんだろ、占い師だしな」


「何か……ねぇ……」


 そう呟いた時、私の脳内で何かが弾けた。血管ではない、脳卒中で死んでしまう。閃いたのだ、頭上に電球がピカーンと輝くが如く。


 周囲を見回すと人気ゼロ。そう、このシチュエーション、これこそ王道ではあるまいか。怪しい場所にいる占い師、前を横切ろうとする主人公、そこを呼び止める占い師。とある占星術師の如く、あなた死ぬわよとか、この先波乱の運命に巻き込まれるわね、とか言い放つのだ。それで、その通りに不思議な世界に巻き込まれていく主人公。そして今ここに、正確には前方にいらっしゃる占い師様。その前を通り過ぎようとしている私。全ての状況が繋がった。

 そう、トンネルというのは別世界の入り口だと誰かに聞いたことがある気がする。つまりこのトンネルを抜けた先で、私は新たな世界への一歩を踏み出すということだ。


「くふふふ、遂に私の時代が来たようね。ウエルカムトゥーマイジェネレーション! いざ行かん、行けば分かるさありがとーー!」


「なんだ、どうした。遂に壊れたか?」


「ふっ、行くわよ泉、歴史的瞬間に立ち合わせてあ・げ・る」


 泉にウィンクをしてトンネル隅より颯爽と躍り出る。そしてその異世界へ通じていると言われている道を進む。少し興奮気味だが、そこは表面には出さないよう平静を装い歩を進めていく。それが主人公の品格ってもんだ。


 トンネルも後半、次第に占い師の容貌もはっきりと見えてきた。紫色のクロスの敷かれた肩幅より少し広いテーブルの中央には、掌より少し小さめの球体が置いてある。全体的に黒く、良く見てみないと分からないけど、中央部が少し光ってるように見える。見慣れないタイプだけど、きっと占い師のシンボルともいえる水晶玉だろう。当の占い師本人は黒いローブに黒いとんがり帽子を目深に被っていて顔は見えない。怪しさ核爆発の王道スタイルだ。──いい、すごくいいよ!


 呼び止められたら何て返事をしようか考えながら、新世界に想いを馳せる。そして射程範囲内突入、すれ違うまであと、五…………四…………三…………二…………一……………………一…………二…………三…………四…………五…………。


「なんで!?」


「何がだよ!」


 占い師の前を通り過ぎ角を曲がったところで振り返り、両手で泉の襟を掴み揺さぶる。


「だって間違いなく王道だったじゃない今の! 呼び止めるでしょ普通、そこのお嬢さんお待ちなさい。って!」


「はあ、そういうことか。マンガの読みすぎだ、バカすずめ」


「ぐぬぅー、だってだってだって」


 期待を大きく裏切られた私は失意のどん底だ。だがここで諦めてなるものか。

 きっとあれだ、向こうも話しかけるタイミングを逃してしまったとかかもしれない。ならば今一度チャンスを。


「泉、ちょっとここで待ってて。行ってくる!」


「な! おい何言ってんだ」


 再び颯爽と来た道を戻り、占い師の前を歩調を緩めながら横切った。そして何事もなくトンネルを通り抜けると人気のない道に一人佇む私だけがいた。


「………………なんで?」


 誰にとも無く問いかける。踵を返し再びトンネルへとゴーイングマイウェイ。占い師を横目で見ながらすれ違う。……反応がない。そのまま泉と合流してしまった。「もう一回!」といい残して再び占い師の元へと舞い戻る。

 


「なんでぇー……」


「もう気が済んだか、いい加減そろそろ帰るぞ」


 五往復したが何の反応も無い。一体全体どういうことだろう。だがたとえ何度挫けそうになっても、これほどの条件が揃っている王道を逃すわけにはいかないでしょう!


「もう一回、もう一回だけ」


「バカ言うな、もう分かっただろ。早く帰るぞ」


「最後、これが最後だからー!」


 最後、正真正銘これで最後にしよう。そう思っていると、ふわりと追い風が吹き髪とスカートが緩やかに靡いた。きっと私の背中を押してくれているのだろうと、その風と共に占い師の前を横切っていく。


 トンネルを抜け切り前半戦終了。


「まだ……、まだ後半がある! 大丈夫いける、いけるよすずめ!」


 空を見上げると、日も傾き周囲が薄く橙色に染まり始めている。風に揺れる髪が目にかかるのを右手でそっと払い意を決する。


 よし! と気合を入れ直し振り返る。そこにはもう何度も往復したトンネルが口を広げ、その奥には西日に照らされた占い師の姿が浮かび上がっている。


 顔を上げ前をしっかりと見据えるとゆっくりと最初の一歩を踏み出し、トンネルの先に見える光を目指し進んでいく。薄暗いトンネルの中は少しひんやりとしていて、往復運動を繰り返し火照り気味の身体には中々に心地いい。若干落ち着きを取り戻した気分になりながら最後のトンネルを通り抜けた。


 そしてまたこの時がやってきた。疲れなのか不安なのかなんとなく足が重く感じる。いよいよ運命の瞬間、心して占い師の前へ踏み出していく。心底ドキドキしながら声を待つが、一歩また一歩と進んでいく度に、もうダメかもという諦めに似た感情が湧いてくる。


 完全に横切り、やっぱダメかと溜息を吐いた。


「ちょっとそこのお嬢ちゃん」


 不意に、少し年を感じさせる声がすぐ後ろから聞こえてきた。

 きた! ついにきた! この周辺で声が聞こえる範囲に居るのは、私が知る限りでは三人。


 まず泉の声ではない。泉は進行方向に、つまり前にいる、更には私よりも若い。ちょっとだけね。二人目は私。実は私の独り言だったとか、これもきっと違う。いくら私が無意識にぶつくさと呟いているとしても、流石にこんなことは言わないと思う。消去法でいくともう一人しかいない。


 遂に来たのだ、物語の主人公になる日が。いったいどれほど待ちわびたことか。思い返せば幾星霜……あれは私がまだ幼かった頃。物語の中で当たり前のように存在する魔法、それを自由自在に行使する魔法使い。仲間と力を合わせて戦う冒険者たち、そして傍若無人にソレを蹂躙する極悪非道な魔物の群れ。神々しく光臨する勇者すずめ。そこには私の心を鷲掴みにする世界があった。


 そんな世界に、主人公に憧れて何年経っただろうか。遂に私にも彼ら彼女らのように、羽ば立てる日がやってきました。

 この胸いっぱいの感動を込めて、……歌います。──ゆぅぅめぇーをぉーあきらーめなーいでーーいれぇーう゛ぁぁーー♪


 いや! そんな場合じゃないよね。さあ、運命の出会いに乾杯。


「はい、何か?」


 声を掛けられてからこの一言を発するまでの時間約一秒。至って平静にお嬢様の様に振り返ると、スカートの裾がふわりと舞い素敵に優雅な私演出。これでファーストインプレッションは完璧だと思う。


「お嬢ちゃん、さっきから行ったり来たりしているみたいだけんど、迷子かえ? おばちゃんはこの近くに住んどるからねぇ、道が分からないんなら教えて上げましょうかねぇ」


 迷子じゃなく任意です。そしてミステリアスな雰囲気が魅力的なはずの占い師が、近隣在住だなんて情報は知りたくなかったとです。


「あー……えっと……ちょっと運命の出会いというか……なんというか……」


「ほっほっほっほっほ、恋の悩みかえ? 若い娘定番の悩みやねぇ。そいではせっかくだかんの、占ってみようかの」


「あー、いえ……そのぉ、そうではなくてですねぇ……」


 なんだか勘違いされている、更に見当違いな所へ進み始めた。そもそもこの道は、私の路地裏探検コースの一つなので迷子になるわけがない。そして恋はおろか、気になる男子など皆無だ。あえていうなら、運命なタイトルのゲームに出てくる弓兵かな。──ゲームかよってつっこみは無しね……。


 ああ、でもあれか、『剣と魔法に恋してる』これだ。私は恋する乙女。うん、いい感じで落ちたんじゃない?


「おお、金のことなら気にしなくてもええぞ、おばばの暇つぶしに付き合ってもうらうのだかんの」


「私のこれからの人生についてお願いします」


 こんなところで出会ったのも何かの縁、折角なので見てもらうことにしよう。断じて無料に釣られたわけではない。


「ほっほっほっほっほ、人生についてかえ? 若いのに殊勝な心がけよのぉ。では、こちらへおいで」


 言われるままに前まで行くと水晶玉に手を翳す様に言われたので、両手を突き出すと何ともなしに水晶玉を覗きこんでみる。ここからだと、やはり中央部が光っているのがぼんやりと見える。


 一方占い師は水晶玉を見つめながら、手元にある紙に何かを走り書きしている。あれが占い結果なのだろうか。


「ふーむ、お嬢ちゃんにはこれから先、困難な事が立ちはだかると出とるのぉ。だがの、心配は要らぬ。その困難を乗越えた時、一回り大きく成長出来るであろうの」


 困難……、こことは違う別世界での冒険、その行く先々で出会う様々な『困難』のことか! そしてそれを乗越えるたびに私は勇者へと近づいていくと、そういうわけですね!


「まあ、長い人生で、困難に遭わないような者はいないんだがの。そんでどのような困難があるかは知らぬが越えたのなら少しは成長するであろうという、占い師の常用文句やね」


「ええー、少し信じてたのにー」


 ものの数秒で私の明るい妄想が打ち砕かれた。もう少しくらい夢見させてください。


「ほっほっほ、まあそう言うでない。先に困難があると分かっていれば、実際その時になっても少しは落ち着けるような気はせんか? 占いというものの根本は、心構えを促す事だかんの」


「まぁ……そんな気は……」


 そう言われてみればそういう気がしないでもない。ゲームにしたって、先に罠があると分かっていれば引っ掛かることも無いし、ホラーゲームみたいなのも、一度やってびっくりするような場面が分かっていれば二度目は驚く様な事もない。つまりはそういう心構えの事だろうと思う。でもそう考えると、ちょっとインチキしてるような気にもなる。


「ふんむ、ちょっと見ただけだがの、お嬢ちゃんには不思議な巡り合わせがあるのぉ。そもそも人生とは生まれた時から決まっておるでの、只そんの決まった道を進んで行くだけだかんら、そう難しいものでもない。だがの、道の途中にはいくつも分かれ道があるんさのぉ。どの道を選ぶかはその人次第だんの。選ぶ道がある故に人生は決まってないとも思えるかもしれんが、それは只の可能性というだけであるかんの、生まれた時に広がった道の一つを選んで進んでいるだけに過ぎんし、そのどれもが死という唯一の道に続いておる。故に運命は決まっておるんよの」


「はぁ……」


「つまりはの、人生はなるようになるもの、どの運命を進み終わるかは本人次第、心配する必要など無いという事やの。それどころか中には、いつもお嬢ちゃんが望んでいる別世界へ続く道もあるかもしれぬ。信じることが大事だの。そんで、この先どのようなことが起きようとも、己の自由に選んで進んでいくとええ」


「自由に……ですか。うーん、なんだか難しい。でも、そんな道が見つけられるといいな」


「ほっほっほ、それでええ。きっと見つかるだろうて。占いというものはその時が来たら自ずと分かるものだかんの。心の隅にでも留めておけばええ」


 静かに占い師のおばちゃんは水晶玉から手を離すと、私を見つめてニコリと微笑むので、私もつられて自然と笑顔になった。目深に被ってる黒い帽子から覗いたその素顔は、私のイメージにある、何かの液体が入った大きな壺をかき回している魔女のようではなく、家族に囲まれて幸せに暮らしているセレブなおばあちゃんみたいだった。


「さあもう日が暮れる、暗くなる前に帰りなんせぇ。おばばの暇つぶしに付き合ってもろおて、あんがとぉな」


「私も! その……、なんだか少し自信……みたいなのが出てきた気がします」


「そりゃあ嬉しいのぉ。占い師冥利に尽きるというものやの。そいじゃあの、お嬢ちゃん。気をつけて帰りなんせぇ」


「はい、ありがとうございましたー」


 おばあさんに手を振りながらその場を後にする。私は角を曲がるまで手を振り続け、おばあさんも振り返してくれた。すごく優しい雰囲気をした占い師のおばあさん。私の占い師のイメージとは違ったけれど、あーいう占い師もアリだと思った。


「遅いぞ、バカすずめ。とっとと帰るぞ、日が暮れる」


 曲がった直後に後頭部を叩かれた。そしてそのまま前へ前へと押しやられる。右隣にいる泉を睨みながら促されるまま帰路を進んでいく。


 そもそも、バカって言いながら頭を叩くなんて余計バカになったら……否! 余計は余計だ、私はバカじゃなーーーい!


「しかしあれね、ちょっと形は違えど声を掛けられたから私の勝ちね。どうよ泉、王道はやっぱりあるのよ!」


「何度も往復したんだ、王道とは違うと思うがそれはもういい。いつもこんなことしてるのか? まったくあきれ果てるな」


「何よ、別にいいじゃない。それよりもね、占い師のおばあちゃん曰く、私の望む別世界に続く道はあるって! これはもう間違いないと思うよ、剣と魔法の世界で、私はいずれ勇者になるのよ」


「あーはいはい、それはすごいながんばれよっと」


「むー、信じてないでしょ。でもいいもんね、誰も信じないなんてそれも王道の展開だから。泉もいつか私の前で、その夢の無い単純脳を恥じて詫びるのよ。くふふふふ、た・の・し・み」


「勝手に言ってろ」


 路地裏を抜け川沿いの道に出る。そのまま道なりに進んで小さな橋を渡ると、帰り道最後のストレートとなる。私は小走りで泉の数メートル前まで出ると振り返り人差し指をビシッと立てて言い放つ。


「さあ競争よ泉、勝った方が負けた方のデザートを貰う!スターーート!」


 一気に我が家へ向けて疾走する私。あの占い師のおばあさんに言われた、私の望むような幻想の世界へ続く道もある、という言葉がすごく頼もしい感じがしてテンション上昇中だ。


「あれ?」


 思い出しながらふと気づく。──私、剣と魔法の世界へ行きたい、みたいなこと言ったっけ?


「あれれれれ?」


 そんな疑問を頭に浮かべていると、後ろから何かが追い越していった。


「ああ! 自転車ずるい!」


 結局今日のデザート、私の大好きなプリンアイスを泉に巻き上げられたが、貸し一つということで返してもらった。ただ泉の不敵な笑みで、この貸しは大きな貸しになりそうだと心底思い後悔する。


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