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学校って所は魔物の巣窟なのかもしれない。 Ⅰ



 カーテンの隙間からこぼれ落ちる朝の陽光。窓のすぐ外で囀る小鳥の声に耳を傾けながら、大きく息を吸い込み清々しい朝の空気を脳に送り込む。


「ん~~、いい朝だ」


「やっと起きたか、バカすずめ」


 起き抜け一番バカって言われた気がする。

 声のした方を思いっきり睨むとそこには案の定、泉が不敵に見下ろしていた。ので、睨み返す。


「じー」


 泉は思った通りすぐに目線を反らし、そのまま泳がせる。少し決まりが悪そうな泉を見て、私は満足だ。ふふふふふ、朝一番から、私の眼力は健在だ。


「そんなことしてないで、とっとと準備しないと遅れるぞ」


「何よ遅れるって。だって時間は…………」


 言いながら、愛用の目覚まし時計をチラ見して絶句する。表示は三時半となっていた。どう考えても今現在は朝なわけで……。朝の三時だとまだ外は暗いはずだけど……。


「ああああああああー!」


 思い当たることが一つ。紛れもなく、昨日帰った時のカバンによるフライングアタックだ。時計自体は結構頑丈で、あの程度で壊れることはないが、電池が……外れたのだろう。


「何時!?」


「八時十分過ぎたところだ」


 泉が、腕時計を確認し答える。見た目からも高そうな腕時計で、前に聞いてみたところ見た目通りに高いものだった。


「もっと早く起こしてよーー!」


「何しても起きなかったんだから、お前が悪い。それと、いくら寝ているからって無防備過ぎだ」


「あーもー!」


 泉の言うことは、ほぼ無視。急がなくては間に合わない。ベットから這いずり出しながらネコパジャマを脱ぎ捨て、制服を手に取る。


「おいっ……! いきなり脱ぐな!」


 上着から頭を出すためにもぞもぞとしていると、焦りの色が浮かぶ泉の声がして部屋のドアが閉まった音がした。

 なんだかは知らないが、今はどうしたら遅刻せずに済むかだ。


 スカートのホックをはめると、ひったくる様にカバンを手に取り、階下へと一気に駆け下りる。前日に時間割を揃えておいたお蔭で、とてもスムーズな流れだ。さすが私。


 っと、慌ただしい朝でも忘れてはいけない物が一つある。なので玄関へ向う途中でリビングに寄った。


「おはようすずめちゃん、お弁当とこれは朝ご飯。おにぎりにしたから、落ち着いたら食べなさいね」


「ありがとうお母さん。いってきます!」


「はい、いってらっしゃい」


 お弁当と水筒、朝食を受け取る。今日は早弁覚悟だったけど、どうやら最悪の事態は回避できそうだ。

 ちなみに、父の朝は早い。普段通り起きる時間でも、すでに仕事へ出かけた後なのだ。私には真似出来ない偉業である。


 玄関で靴を履き、陽光の元へと飛び出していく。


 門を出た途端、眩しい日の光に目を細めると、クラクションのけたたましい音と共に、目の前をトラックが通り過ぎていく。危うく、行き先が学校ではなく天国になるところだった。なんちゃって。


 「もう少し周りを見てから行動しろよ、バカすずめ。だがまあ、ぶつかっておけば何かの拍子で少しはましになったかもしれないのにな」


「よけーなお世話だ!」


 背後からの声に振り向きざま一声する。そこには、青いママチャリに跨った泉の姿があった。前方のカゴにカバンが突っ込まれている。


「というか、何で居んのよ。私を見捨てて、とっとと出ていったはずでしょ」


「ああ、そうしようと思ったが、遅刻常習犯の弟、って目で見られたくないからな。不出来な姉を持つ弟の身にもなってくれよ」


「ぐぬぅー……、私だって…………!」


「早く乗れ、ほんとに遅刻するぞ」


 言いかけた私の言葉を遮ると、自転車の後部を指差す泉。一言二言反論したいこともあるが…………確かに、遅刻するわけにはいかない。甘んじて言う通りにしてやろう。

 カバンを肩から斜めに掛けてから後部の荷物置きに座り、泉の背中にしがみつく。


「さあ行くがよい!」


「やっぱ振り落とすか、これ」


 そうして泉の操縦する自転車は、目的地の学校へ向けて動き始めるのだった。



 

 スカートを靡かせる風、青空きらめく並木道。清々しい朝を演出してくれるはずのそれらは、激しく髪を乱し、目まぐるしく通り過ぎていく走馬灯へと変貌していた。


「早い、早いってー!」


「大した速さじゃないだろう、後ろで騒ぐな。そもそも寝坊したのが悪いんだろう。それともこのまま遅刻するか?」


「うわぁ~~ん」


 遅刻をするわけにはいかない。なぜなら一時間目は数学だからだ。なので……、耐えるしかない。


 遊園地のジェットコースターなどに代表される絶叫系と呼称されるものは嫌いではない。むしろ好きなくらいだ。なぜなら安全なスリルを楽しめるから。

 だが通学路を爆走するこの自転車には、恐怖のみしか存在しない。遊園地の乗り物とは違い、安全装置がこの自転車にはない。安心が先にあるからこそ、一般的に恐怖も嗜好の一つになるけれど、今の状況には当てはまらない!


「うぅぅ~」


 思いっきり目を瞑り、泉にしがみつく。視覚による情報を絶てば幾分ましになるかもしれないという思い込み。

 暗闇の中、曲がり角だろうか、重心が左に傾いたり右に傾いたりするが、止まる気配は一切なかった。



 どれくらい経ったのか、体感的には長い長い時間が過ぎた頃、緩やかに速度が落ち始める感覚がした。力いっぱい瞑っていた目を薄く開いてみると、見慣れた建物が目に入ってくる。


「ほら、着いたぞ」


「ありがとぅこんちくしょう」


 長い道程の末、学校前の校門に到着した。自宅を出発したのが確か八時十六分、校舎の時計は現在、八時二七分になっている。これなら一時間目には間に合いそうだけど、走らなければHRには間に合わない時間だ。


「ああ、そういえば、極力人前では寝ないほうがいいぞ。ただの寝言にしてはぶっとびすぎだ」


「な!?」


 ……どうにか反論するための言葉を飲み込む。泉に言ってやりたいことがあるけれどここまで来たのだ、HRにも間に合わせたい。


「うぐぐぐぐ…………、帰ったら覚悟してなさいよ」


 後部荷物置きから泉の背中にグーパンチして飛び降りると、全力で下駄箱へと走る。泉は、自転車置き場へと向うのだろう。私よりも背が高い泉は、あれでもまだ中学生だ。


 私達の通う学校は、中、高と同じ敷地内にあり、鳥瞰で見ると間延びしたXのようにも見える。それぞれがA字型をした校舎で、Aの天辺の三階から互いに繋がっている。


 泉の教室は、下駄箱すぐの階段を上がって目の前だから結構どうにかなりそう、まあ関係ないが。それに比べ私の教室は、三階の一番端っこだ。無駄に広いこの神子城学園は、校門から私の教室まで普通に歩くと五分はかかる。勘弁してほしい。


 猛ダッシュで校舎の中央辺りにある出入り口から進入すると、ドリフトするように我が一年F組の下駄箱へと滑りこみ、神業の如き早さでうわばきに履き替え階段へ踏み出していく。このへんはもう慣れたものだ。否、慣れて等いない。遅刻ギリギリ猛ダッシュなんてハジメテスルコトダ。


「うあああーー、ギリギリすぎるぅー」


 三階へ上がりきると、同時に上がりきった息を整える。だがそこにはなんの冗談か運命のいたずらか、ホームルームを始めるべく教室へ向う途中の一年F組担任、藤林美鳩、通称ふじみーの姿があった。

 そして、ふじみーもこちらに気づく。


「あら、すずめちゃん」


「……どーも、先生」


 互いに見つめ合うと、心でゴングが高らかに鳴り響く。出だしは同時、人影は皆無。両者一息に最高速まで到達すると、一年F組までの直線距離、約五十メートルを全力で走り抜ける。


 激しい攻防を繰り広げ、歴史に残ると思われる戦いだったが、この勝負そもそも無理があった。


 そう、三階まで階段を駆け上がってきた私のコンディションは最悪なのだ。元より体力のない私が激しい運動の後に、意気揚々と教室に歩いて向う体力万全のふじみーに敵うはずもなく、五馬身差をつけての惨敗となった。


「私の勝利! 森野すずめ、遅刻!」


「うあー! 大人げないぞふじみーーーー!」


 息を切らし扉を抜ける私に、高らかと宣告した一年F組担任ふじみー。頭を抱えながら敗北の二文字を押し付けられた私の一日は、出席簿に遅刻の二文字まで書き込まれ始まる事となった。

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