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嫌なことは、寝れば忘れられそうな気がする。 Ⅲ




「泉ー」


 呼びかけるが返事がない。ならしょうがない、勝手にやらせてもらうとしましょう。

 ドアノブを回し中へ入る。泉の部屋の内装は、青いカーテン青いベットに青い掛け布団、あっちもこっちも青を基調とした部屋作りになっている。泉は青が好きらしい。ちなみに私も青が好きだ。


 そして男のクセに几帳面で、いつもばっちりと整理整頓され散らかっているところを見たことがない。如何わしい本の一つや二つくらい転がっててもいいのに。そうすれば泉をいじるネタが増えるってもんだ。


 まあ、部屋の物色は後にしよう。テレビの電源ボタンを押して、台の中にしまってあるゲーム機を引っ張り出す。ソフトは入れっぱなしなので、そのまま電源を入れればオッケーだ。


 [アンリミテッド・フィールド]というタイトルロゴが現れゲームが始まった。直訳すると無限の場? とかそんな感じだろうか。英語はさっぱりなんですにゃん。


 これは今ハマっているゲームで、主人公は今よりもずっとずっと科学の進んだ世界の宇宙軍兵士。生命の存在する未開惑星に隠れる反乱分子や宇宙怪物を捕らえるために、それぞれ文明の違う星へ降り立ち、大冒険を繰り広げていくのだ。私も早くそんな冒険がしたい。でも今はゲームで我慢我慢。


 恐竜と人が暮らす一つ目の星。そこで、恐竜に擬態して恐竜たちの王に君臨していた宇宙怪物を捕らえ、次の星へ向かうところでセーブしていたので、そこからの再開となる。


 イベントシーンを進め、いよいよ二つ目の星へ。画面が暗転し新たな大地へ降り立つ主人公。そこには中世ヨーロッパ的な町並みと、剣や盾を腰に下げた騎士、長い裾のローブを纏った魔導師、剣と盾や袋、宝石、服などが意匠された看板を掲げる店の数々。高台に聳え立つ城、遠くに広がる森から天へとつき出した塔、そして空に浮かぶ島々。


 そこには私の大好きな剣と魔法の世界が広がっていた。


「あーあ、どうしてこんな世界に生まれなかったんだろう」


 心底悔やまれる。


「なーにまた鬱なこと呟いてんだよ、バカすずめ」


 突然後ろから声が掛かる。背筋がビクリとなったのを誤魔化しながら振り向くと、いつの間にか泉が後ろに立っていた。


「独り言なんだから勝手に聞かないでよ。それに音もなく入ってくるなんて趣味悪いぞぉ」


 少し驚かされたのが悔しかったので、反論する。だが自分でも分かるくらい、余りにも理不尽な反論だ。だけど言ってしまったものはしょうがない。


「勝手に入って勝手に呟いて何を言うか。そもそもここは俺の部屋だ、どう入ってこようが関係ないだろう」


「あー言えばこー言うんだから」


「どっちが」


 睨み合うが、ゲームの緩やかでファンタジックな街の音楽が耳に入る。惹かれるように画面に向き直り、視点をグリグリ動かし町並みを一望する。ストーリーの進行は一時ぶっちぎり、各店舗の商品を見て回る。


 武器防具屋では剣や杖、鎧などが売っている。店主に話しかけると商品一覧が表示されるのだが、売り切れ中などという表記の物もあった。これは素材などを入手しなければ販売されないという仕様か。逆に燃えてくる。

 リストは結構な数があり私の心を掻き立てる。属性やスキル、ステータス補正などを見ていると堪らない。


「くふふふふ」


 思わず笑みがこぼれるが、特に泉の突っこみはナシ。ちょっと振り向いてみるとベットに横たわったまま、ゲーム画面を見ている。いつも通りの泉だ。


「なんだ?」


「なんでもない」


 その後は、順調にストーリーを進めつつモンスター狩りやアイテム集めなどをする。これでもかってくらいにゲーム満喫中だ。昼の出来事なんかすっかりと忘れられる。

 忘れられると考えたら思い出してしまった。あのクソ忌々しい奴!


「ああもう! 思い出しちゃったじゃない、あの変態め! 変態め!」


 呟きながら翼を広げて突進してくる鳥型モンスターを手当たり次第にやっつけていく。惑星保護条約などはどうでもいいのか宇宙軍兵士。等と、やりながら自キャラにつっ込む。


「おい、あの変態って何のことだよ」


 不意に声をかけられた。先ほどのように振り向くと、上体を起こして私をじっと見つめる、もとい睨みつけてくる泉と視線が合う。呼び捨ての次は、おいですかそうですか。


「あー、帰ってくる途中で会ったのよ、あんのクソ変態! 思い出しただけでも腹が立つ」


「帰る途中? なんだ、何があった?」


「えっとねぇ」


 余り思い出したくはないけど、なんだか泉が興味を持ったらしい。ちょっとめずらしいことなので学校を出た辺りからの出来事を話してみる事にした。

 



「バカすずめ! そういう事は、帰ってきてすぐに言え!」


 私の話しを聞き終わると、開口一番バカって言った。今日だけで三回目だ、いい加減にしないと私だって傷つくぞ。


「またバカって言ったー」


「今は関係ないだろそんなこと。ったく、どこまで脳天気なんだよ。いいか、もう二度と路地裏には入るなよ」


「えー」


「えー、じゃない。また同じ目に会いたいのか?」


「ぅぅ、それは……」


 それだけは御免被りたい。けれど、路地裏探訪は私の日課であり生きがいにも近い。けれどまた変態と出くわすのだけは二度と御免だ。脳内で葛藤する私。


「じゃあ道を変えるとか」


「ダメだ。そんなことしても大して意味はないだろうが。そういう輩は人気の無いところに居るもんだ、ならまた同じように出くわす事だってあるだろう」


「うぬぬー」


 唸る私、睨む泉。こういうところはやけに頑固で、一歩も譲ってくれない。


「わかったよぉ」


「本当だな?」


「ほんとほんと」


 コクコクと頷いてみせる。だけどこんなのはもちろん表面上だけ。一日でも路地裏探訪をサボると、その日に限って熱いバトルが起こるかも知れない。それを見過ごせるだろうか、否、それは出来ない!


「いいか、もう行くんじゃないぞ」


「いえっさー」


 右手を額に当てて敬礼、これにて話しは終了。私はテレビ画面に向き直り、ポーズ状態のゲームを再開する。

 乱獲していたので、アイテム欄が一杯だ。なので一旦街へ戻るとしよう。


「泉ー、すずめー、そろそろご飯よー」


 下の階からお母さんの呼ぶ声が聞こえる。テレビ上の時計をみるとゲームをやり始めてから大分経っていた。ゲームをしてると時間なんてあっという間だ。


「はーい」


 お母さんまで聞こえるように少し声を張り上げて返事を返す。泉はすでに立ち上がっていて、扉の前で私を睨むように見つめてくる。


「ちゃんと片付けてからこいよ」


「分かってますよーだ」


 舌を出してあっかんべー。言われなくても分かってますよってなもんだ。いつもいつも子供扱いしてからに。


 ゲームは街に戻ったばかりだったので、そのままセーブポイントでセーブして、ささっとゲーム機を片付ける。どうせまたやるだろうから、すぐに出来るように配線はそのままにしておこう。



 階段を下りてすぐ、不意に玄関の扉が開くと何かが一直線に向かってきた。


「ただいまー。すずめは今夜も神がかり的にキュートだねー」


 避ける間も無く、お父さんの遠慮ないハグに遭遇してしまった。いつも何かしら理由をつけては抱き付いてくるお父さん。ちょっとインテリ系なメガネをかけて、スーツに身を包んでいる。これでも会社では結構な地位にいるらしい。確か、なんとか取締役代表とか。


「はいはい、おかえり。セクハラはその位にして早く着替えてきちゃってよ」


「よーし、がんばって着替えちゃうぞー」


 足取り軽く二階へと消えて行くお父さん。がんばって着替えるとは一体……。こんなお父さんだけど正直な所、結構カッコイイと私は思っている。セクハラにしたって、そもそも私だけじゃなく、母や泉もしょっちゅうハグされている。たぶん父なりの愛情表現でスキンシップの一つなんだと思う。色欲全開の紗由里とは大違いだ。

 そして父が抱きしめた時の、母の甘える子供を許容するような優しい表情、泉の心底恥ずかしがりうろたえる態度が何とも温かく感じる。


 夕飯の直前にタイミング良く帰ってきたお父さんは偶然でもなんでもなく、父の帰るコールを受けて夕飯の時間を母が調整しているからなのである。やっぱり夕飯は一家揃ってが一番だという我が家の家訓、これには私も賛成している。


 本日の夕飯は、グラタンがメイン。私のリクエストしたものだ。他にはカボチャの煮物や、味噌汁が並ぶ。メイン以外が和食というのも中々にカオスな食卓だけど、いつものことなので、別段問題はない。


 手を洗ってから卓に着くと、暫くテレビ観賞に興じる。今放送中の番組は、いつもこの時間に見ている最先端技術を駆使して様々なことに挑むというチャレンジャーな番組アドベンチャーゴーゴーだ。

 今日は、ハイテクラジコンに小型カメラを搭載して、古代水中神殿に潜入というものだった。これはかなり興奮する内容だ。


 着替えてきた父が食卓に着き、それがいただきますの合図。

 熱々のグラタンをハフハフしながら、家族全員で水中遺跡の壁画に一喜一憂し、勝手な想像で討論しながら夕食の時間は過ぎていった。我が家族は、こういうロマン的な事が大好きだったりする。



 夕飯も終わったので、再び泉の部屋へ行くことにしよう。古代水中神殿の件は、来週放送の後編を見てからということで落ち着いた。今のところ、幻のアトランティス大陸が失われる前に、そこから移民してきた者たちが立てた。というのが我が家では有力だ。


 階段を上がる途中で父に、一緒にお風呂に入ろうと誘われたので、「お母さんと入れ」とエルボーをかましておいた。



 部屋のど真ん中に陣取り、ゲーム機を再び取り出す。泉は、またも後ろのベットに横たわり傍観する姿勢だ。

 電源を入れてオープニングをスキップすると、テレビ画面に再度タイトルが現れる。セーブしたデータを読み込み、さっき中断したところからの再開となる。

 アイテム整理で街の中を走り回りながら適当に、住民に話しかけていると、ある場所にレアモンスターが出現するという情報を得た。


 これはもう倒すしかないでしょう。早速、乱獲したモンスターのドロップアイテムを売り捌き装備を整え、回復補助アイテムを揃える。


 街からフィールドに出て、レアモンスターを探し回るところから始めた。だが、無闇に探すのではなく、街の人の証言情報を登録した宇宙軍ご用達の探索用アイテムがあるのでそれが頼りだ。


 森の中へ入り込み街から大分離れた所まで来ると、周囲のモンスターが少しずつ強くなってきた。本番前に消耗するわけにもいかないので出来るだけコソコソと、見つからないようにしながら進んでいく。


「お、きた!」


 森を抜け大きな湖に出ると、空から翼を羽ばたかせて降りてくる目的のレアモンスターとご対面。その姿は、獅子の身体に鷲の頭、誰もが知っているグリフォンだ。

 戦闘体勢をとると、気づかれないようにそっと背後から近づき先制攻撃をお見舞いする。一撃だけ攻撃力を二倍にする薬を使ってから、今使用できる最高の攻撃を喰らわしてやった。


 グリフォンは一瞬怯むも、こちらに気づくと両者は互いに向かい合い、激しい戦いが始まった。


 

 口から吐き出される炎のブレス、強靭な前足の爪による攻撃、羽ばたきで巻き起こる風の刃に体力を削られながら、一撃一撃を確実に決めていく。私の超絶テクニックに惚れるなよ泉!


 長い戦いに買い揃えたアイテムが底を尽き始めた頃、グリフォンの大きな身体が傾き、轟音とともに地に臥せた。


「よしきたー!」


 レアモンスター討伐成功。ついでにレベルも上がった。余は満足じゃ。


「お、レアアイテムゲッツ」


 非常に軽い片手剣をドロップしていた。今使っているのよりもかなり性能が良い。これはラッキーだ。他はまあ普通の素材か。一先ず回収して街に戻るとしよう。


 意外と討伐に時間がかかったのでちょっと時計を見てみると、そろそろ寝なければ明日の朝が辛そうな時間になっていた。なので街に着いたらそのままセーブをして、電源を落とす。


「よし、寝よう」


 呟きながら、ゲーム機を片付けて立ち上がり、優雅に振り返る。


「おやすみ、泉!」


「ああ、おやすみ」


 元気に挨拶して泉の部屋を後にする。

 自室へ戻り、早々に寝巻きに着替えた。三毛猫、シャム猫、アメリカンショート、アビシニアン、ヒマラヤン、ペルシャ猫、ロシアンブルー等がまんべんなくプリントされた、ネコパジャマだ。すずめが猫の大群に囲まれているわけだけど、みんなはとても仲良しなのだ。──あーあ、猫飼いたいなー。


「あの黒猫、可愛かったなあ」


 昼に出会った猫だけを思い出す。その他の事はもう忘れた。というか忘れさせてください。ベットに潜り込みながら切に願う。


「明日は、いい出会いがありますように」


 もちろんファンタジックな人種との出会いだ。早いところ、私をこの刺激のない現実から夢と冒険の溢れる世界へと連れて行ってほしいものだ。

 いつも通りベットの中でゴロゴロしながら妄想に耽る。空を飛んでいる自分を想像する。魔法を使っている自分を想像する。仲間と共に、ドラゴンと死闘を繰り広げる自分を想像する。


 次第に想像は白くまどろんで、夜の深みへと落ちていった。心地いい布団の温もり、とても温かな家族、何に不満があるのかと聞かれると、不満などないけれど。




 私は今日も、剣と魔法の夢をみる。


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