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嫌なことは、寝れば忘れられそうな気がする。 Ⅱ




「ただいまー……」


「おかえりなさい」


 家に帰ると早々に、お母さんと鉢合わせる。


「今日はいつもより早いのね」


「うん、また降ってきたら面倒だったから……」


 さすがに、変態から逃げてきたからとは言いにくいので、空のせいにした。空さんごめんなさい。気を悪くして未確認飛行物体及び生物を隠したりしないで下さいお願いします。


「そう。あ、すずめちゃん、今日の夕飯は何がいいかな?」


 夕飯か、とりあえず腸詰系だけは勘弁だ。


「あぅぅ~……」


 余りにもストレートすぎる連想で下品なことを考えてしまったことに苦悶する。こんなの乙女じゃない。だけどしょうがない、しょうがないんだよ。今の私の気持ちじゃあ。


「どうしたの? すずめちゃん」


「ううん、なんでもない。えっとね、今日は…………はぅ!」


 いなり寿司。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」


 ほぼ脊髄反射的に、壁に頭を打ちつける。かなりの奇行に、お母さんもきょとんとした様相を呈しているが気にしない。余りにも余りな、自分のアレさ加減に嫌気が差す。私ってばこんなにも直結脳だったのか。


「すずめちゃん、どうしたの? そんなに強く頭をぶつけると、もっと悪くなっちゃうわよ」


「大丈夫、ナンデモナイデス。今日はグラタンが食べたいです、母上」


「そう、グラタンね。すずめちゃんは、食べたい物がはっきりしてるから助かるわぁ」


 そう言いながら、リビングに消えて行く母君。なんだか途中で、ひどく失礼な事を言われた気がするが、余計なお世話デス。


 自分の発想の下品さ加減に、少しショックを受けたが年頃の乙女ということで許して下さい。誰にでもなく祈ると二階にある自室にカバンを放り投げ、そのままお風呂場へ直行する。一刻も早く汗と共に、このモヤモヤした気分を洗い流したかったからだ。


 脱いだものを揃えるような気にもなれず、脱いだまま浴室に入る。「別に後で片付けるからいいんですー」と誰にでもなく言い訳をした。


 問題は、シャワーを浴びながら頭の中をカラッポにしようにも勝手にアレが浮かんできてしまうことだ……。


「うぅぅ~~……」


 温度調節のレバーを捻りシャワーを熱めにして頭からかぶる。身体を伝う熱さに少し身を捩じらせた。

 何だって私がこんな目に……、冒険がしたいとは思ったけどこんな冒険じゃない。空と同じようにどんよりした気分で、さっぱり晴れる気がしない。


 折角の黒猫との交流が……。魔法使いだったかも知れないのに、あれじゃあもうどこか遠くに行っちゃったと思う。それなのにあの変態、私の非日常への第一歩を邪魔するだけならまだしも、別の第一歩へ誘うとは……。もう! 思い出しても腹が立つ、あの時ほくそ笑んでやればよかった!


「許すまじ、変態!」


 いつかギャフンと言わせてやる、否、やりたい。でももう会いたくはない。


「うぅぅ~……」


 やり場のない怒りに一人お風呂場で身悶えする可愛そうなワ・タ・シ。嗚呼神様、同情するなら素敵なロ・マ・ン溢れる冒険を私に下さい。胸の前で両手を組み、祈りのポーズ。



 身体だけはサッパリしたところでお風呂場を後にする。部屋で着替えを用意してなかったのでバスタオルを身体に巻き、脱ぎ散らかした下着を洗濯機に放り込むと、制服を小脇に抱えて自室へ向かう。


「な……! バカすずめ、何て格好してるんだよ」


 階段を上がりきったところで弟の泉と鉢合わせた。


「あ、また呼び捨て。お姉ちゃんってつけなさいって何度言ったら分かるの。ほら、すずめお姉ちゃん。りぴーとあふたみー」


 びしっと人差し指を泉の鼻先に向けて指導する。泉は弟のくせに姉である私のことを呼び捨てにする不届き者だ。年功序列ってものを知らないのだろうか、まったく失礼な弟だ。それだけならまだしも、私より頭一つ分背が高い。こんなにニョキニョキ伸びて……、対して私は中学の頃から変化ナシ。──…………くやしくなんかないもん。


「いいだろ別にそんなことは。だいたい俺も、そんな格好で歩き回るなって何度も言ってるだろう」


「家の中でどんな格好しようと私の勝手ですー」


「ったく……いつもこれだよ」


「何よー、文句あるの?」


 姉の威厳を見せ付けるため睨みを利かす。とはいえ泉の背が高い分、少し見上げる形になってしまうが、まぁ大して問題は無いと思う。


「うっ……。ないからとっとと着替えろ……」


 ふっふっふ。姉の威厳を思い知ったか。こうすると、泉は視線を泳がせ落ち着きが無くなる。今回は少し顔が赤らんでいるが熱でもあるのだろうか。口では生意気なことを言いながらも姉である私には逆らえないのだ。愛い奴、愛い奴。


「ふふふ、熱があるなら大人しくしてなきゃダメよ」


 勝った。勝者の勝ち台詞を残し、ちょっとした優越感を小さな胸に感じながら、……否! 小さくなんかない、少し成長が遅いだけ。それに、揉める程度にはある。紗由里が実証済みだ。


 ……若干虚しくなりながらも自分を励ましつつ、泉の横をすり抜け自室へと凱旋する。


「誰のせいだ、バカすずめ」


 後ろで何やら泉が捨て台詞を呟いているような気がしたが、よく聞こえなかったので気にしないことにする。



 自室に戻り制服をハンガーに掛けると、前面に大きく『神』と書かれたお気に入りのシャツとショートパンツに着替える。これが一番リラックスできる服装だ。


 ベットの上に放り投げておいたカバンを拾い上げようとしたところ、上に何かが乗っかっていた。良く見るまでもなく、文字盤と二本の針による何て事のない愛用の目覚まし時計だ。たぶん、飛翔するカバンが掠めたのか、ベットの頭側にある定位置より転がり落ちたのだろう。


 目覚まし時計をさっさと元の場所に戻す。そして、カバンを拾い上げ明日の時間割を揃える。こうしとけば寝坊した時に慌てないで済む。まぁ、時間割に限ったことだけどね。


「そうだ……これがあったんだった……」


 カバンの中から例のプリントが、禍々しくその姿を現した。まるで魔王の再臨だ。今日はとことんついてない気がする。むしろ何か憑いてるのだろうか。だとしたら、夜寝てる時に枕元に現れて、私をじっと見つめていたりして、最初はびっくりするんだけど勇気を出して話しかけると返事を返してきて、それから私とそいつとの不思議な共生生活が、……始まったらいいなぁ。


「…………とっとと片付けるか」


 机に向かいプリントとの一騎打ち開幕。その紙面に目を走らせた瞬間に戦慄、その圧倒的な威圧感、そして脳内を掻き乱す図式と文字の羅列は、見ただけで死に至らしめる禁書宛らだ。


「くはぁー! 危ない、もう少しで魂ごと持っていかれるところだった」


 目を反らせ宙を仰ぐ。私はこれから、この禁書と命を賭して戦わなければいけないのだ。これほどの相手、殺るか殺られるかどちらかの壮絶な戦いになるだろう。だが逃げる事は出来ない、逃げたらこの禁書を放った神ノ大魔王に更に凶悪な禁書を放たれるか、放課後の貴重な時間を邪悪な言霊(説教)で潰されることになるだろうから。


「ふふふふふ、いいだろう、私と貴様どちらが生き残るか…………」


 シャーペンを右手に構え、左手側に数学の教科書を広げた時、世紀の聖戦の幕が切って落とされた!


「いざ、尋常に!」




 禁書との戦いは熾烈を極めたものとなった。複雑怪奇なペンタグラムと圧倒的に難解な呪文による波状攻撃に対し、数学賢者教科書様の偉大なる英知を借りてそれを迎え撃つ。


 勇者すずめは、苦戦を強いられながらも確実に敵を打ち倒していく。──やれば出来る子。それが私。


 きっと一人ではここまで辿り着くことも難しかっただろう。改めて数学賢者教科書様のありがたさを実感する。そして遂にラスボス。二人手を取り合い最終局面へと足を踏み入れる。一際難解なその強敵に更なる苦難に晒されるが、数多の死線を掻い潜りここまで来たのだ、ここで負けては女が廃る。


 華麗な連携による猛攻の末、神の申し子な私は、じわりじわりとにじり寄ると一気に牙城を切り崩し最後の一太刀を浴びせるのだった。


「ふっ……終わった、思い起こせば虚しい戦いであった」


 勝ち台詞を呟き天(天井)を仰ぐ、勇者すずめ。そして共に戦い抜いた数学賢者教科書様。やるべきことを成し遂げた二人はそれぞれの生活に戻る。


 数学賢者様は禁書のなれの果てと共に、他の賢者たちのいるカバン城へと帰還し、勇者すずめは戦場を後にして母の元へと向かうのであった。


「お母さーん、おやつー」


 自室から一階のリビングへ向かうと、いつも三時頃から始まる二時間のサスペンスを観ているであろう母におやつをせがむ。


「お母さーん?」


 再度呼びかけても返事がない。いつもテレビを観ているときに座っているソファーに目をやると、そこにお母さんの姿はなく、テレビの画面も真っ黒だった。


 もしや、私が死闘を演じているうちに魔王に攫われてしまったというのか!?


 勇者の母を攫いその命を天秤にかけ、最後の選択を迫られるという王道のパターン。なんということだ、我が愛しの母君を人質に取られてしまっては正義感溢れ人望厚く家族想いな勇者すずめは、魔王を前に跪いてしまうことになる。


「魔王め、なんて卑劣な手を」


 魔王の計略にどうする事も出来ない自分の不甲斐無さを嘆いていると、壁に掛けられている時計が目に入る。


 五時を軽く過ぎていた。


「うあ……、聖戦に時間を取られ過ぎた」


 まだ五時前だと思ってたんだけど、予想より一時間以上も経っていたのか。確かこの時間だと近くのスーパーがタイムセールをするので、お母さんはそこに向かっているはずだ。なのでおやつは諦めるとしよう、今食べると夕飯が入らない恐れがあり、お母さんに怒られてしまう。勇者でも母には逆らえないのだ。


 さて、夕飯までどうやって時間を潰そうかな。


 考えつく限りだと、マンガを読む、アニメを見る、紗由里と長電話する、妄想に耽るなどが選択肢だ。


「……よし、決めた」


 泉の部屋でゲームをするに決定。

 それにしても、もう私も大人なのだからゲーム機を私の部屋に置いてもいいと思うんだよね。


 私がゲームばっかしかしなくなるであろうという、お母さんの裁量で泉の部屋に置くとか酷いと思うんだ。


 まったくもって忌々しい。だけど否定出来ないのがにんともかんとも。


 泉も泉だ。折角のゲーム機があるのにゲームをしないなんて。するとしたら私の対戦相手くらいだ。しかも強い。もはや対すずめ用ゲーム番だ。宝の持ち腐れである。もったいないおばけに呪われてしまえ。


 思いついたが即行動が、私のポリシー。今決めた。早速、泉の部屋まで馳せ参じようではあーりませんか。

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