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きっと有名人は、こんなホテルとかに泊まっているに違いない。 Ⅴ

十八




「んが…………」


 目覚めと同時に、垂れかけた涎を手首のあたりで拭う。どのくらい眠っていたのか分からないが、それでも少しダルさが治まった気がする。


 このままベットで寝てるのは勿体無いという気になるまでは持ち直せたようだ。

 枕の横に転がっている説明書とスフィアを手に、ベットルームを抜け出す。


 少し落ち着いて頭がはっきりしてきたからだろうか、説明書とスフィアをソファーに置くと、若干の寒気を感じた。さすがに室内は適温でも風邪ひいているのに裸ってのはちょっと無防備過ぎただろうか。


「そういえば、もう洗濯も終わってるよね」


 思い出し、脱衣所へ向う。洗濯機を開けると、見事なまでにふんわりやわらかな仕上がりの衣服に、改めて古代文明の素晴らしさを実感する。

 早速とばかりに着衣を装着すれば、ほんのりとした温もりに包まれる。


「勇者すずめ女子高生バージョン、復活」


 両腕を交差させるように決めポーズをとるが、風邪のせいでダルいのでそそくさとソファーに戻る。足を投げ出すように座ると腕置きを背にして、説明書とスフィアを手元に寄せる。靴下は背もたれに引っ掛けておいた。


 思いっきりソファーに身体を預けながら説明書の目次を見ると用語一覧なるものが最後の方のページにあるみたいだ。

 早速用語一覧に目を通す。昨日ちらりと目に入ったスタンバイモードという単語が出ているページが書いてあるので、すぐさまそのページを開いてみると、やはり登録の時と同じように、かなりの文字量だ。けれど今ならどうにか読み進めることが出来ると思う。


 「えっと……何々……、スタンバイモードとは、生体認証全段階終了後、登録可能となる正式使用起動時の際の音声入力待機状態のことを指す」


 沢山の文の中から見覚えのあるスタンバイモードという文字を見つけて、その部分を読んでみる。


 ぶっちゃけ意味が分かりません。


 正式使用? そういえばそんなことも書いてあった気がする。昨日の使い方とは違うのだろうか。

 待機状態というのは、初期表示とは別のものなのだろうか。むむう、さっぱり分からない。

 これは説明書をしっかりと熟読する必要があるかもしれない。


「さぁ、私の脳がどこまで耐えられるか……」


 いざ尋常に!

 等と気合を入れて取り掛かる。

 方法は、用語一覧のページに薬指を挿み、分からない単語が出てきたら用語一覧へジャンプして単語を解読、ということを繰り返すだけだ。


 まず調べた単語は一時使用と正式使用の違いだ。

 えっと何々……。

 『一時使用とは、第一段階生体認証後から利用できるようになるスフィアの補助機能で、数値の設定を事前にしておくことで簡単に事象制御を利用可能とするオプションの一つです』

 第一段階認証後、つまり今まで使ってた魔法はこの一時使用によるものだということか。


 そして気になるのは、正式使用だ。正式ということはこっちがメインということだろう。一体どれ程のものなのだろう。

 挟んだ指からページを捲り、正式使用について記述してあるページを開く。


 『正式使用とは、四段階までの認証を完了することで利用できるようになるスフィアのメイン機能です』とあった。やはり正解だ。

 

 続きを読んでみると、『この正式使用を利用するためには正式登録というのが必要となります』とある。


 正式登録?


 早速ページを飛んでみる。


 『正式登録とは、正式使用を利用する際に必要な事象制御式を事前登録することです。

 これは、一時使用の登録とは別枠となり重複しません』


 だそうだ。


 つまりは、正式用に登録が必要ということだろう。今まで使ってい魔法は飽くまで一時使用のみという事か?


 それから欄外には正式使用だと、そのスフィアで扱える属性の全てを切り替える必要なく使う事ができると書いてあった。

 光だけじゃなく、炎や雷なんかもどんどん登録できるわけだ。これは素晴らしい。


 更に正式使用のページから気になる単語を見つけた。ドライブという項目だ。


 『正式使用では、ドライブという五つの回路を利用し多彩な事象制御を可能とします』


 ドライブとは書いてある通り正式専用の機能だと思われる。


 どうやらこのドライブを設定することによって、多岐に渡る細かい効果を作り出せるという事らしい。


 早速、各ドライブについてという項目を開く。


 『ドライブα(アルファ)、 思考操作による制御を行いやすい基本的な回路です』


 『ドライブβ(ベータ)、ドライブα(アルファ)と登録を共有し、その効果を数倍にする事が出来ます。効果の規模による再使用制限の影響はありません。ただし、ドライブ自体に再使用時間が発生します』


 『ドライブγ(ガンマ)、発生させた事象効果を爆散させます。形状指定により指向性が変化します。詳細は形状の項を参照して下さい』


 『ドライブδ(デルタ)、発生させた事象効果を長時間維持します』


 『ドライブε(イプシロン)、直前に発生させた事象効果を繰り返します。数値設定も変化しないため再使用制限に注意して下さい』


 計五種類のドライブについて頭に書いてあった部分だけを読んだ。その下には色々と細かい説明が書いてある。

 しかしまぁ、説明書の類をここまでしっかりと読んだのは初めてな気がする。


 見た限り、ドライブβ(ベータ)はここぞという時の必殺技用だ。

 ドライブγ(ガンマ)は爆散とあるが、これはつまり爆発のことだろうか。となると、魔法の王道のあれが再現出来るかも知れない。形状によっても変化があるみたいなので今度検証しないと。

 ドライブδ(デルタ)は持続時間が長いという事か。確かに昨日使った魔法は、留まるようにしっかりと意識しておかないと、せいぜい三秒そこらで消えてしまう。意識したところで六秒程度が限界だったっけ。このドライブを使うと意識しなくても長い間維持できるという事かな。これはなかなか思考のしがいがある性能だ。

 そして五つ目のドライブε(イプシロン)。効果を繰り返すとあるが、これはどうなんだろう。


 一先ず次の説明にいってみよう。


 『正式使用の手順について』


 やはりここを読まなければ何も始まらないだろう。






 ………………。


「ややこしいな……」


 一通り正式使用の使い方を読み終えたが、結構厄介な手順が必要だった。


 私は説明書を片手に、その正式使用のシミュレーションをしてみる事にする。


「えっと……、スターティングオペレーション」


 こう言葉にする事で、さっき調べたスタンバイモードという状態になるらしい。


「ドライブα(アルファ)


 まだ正式登録をしていないので、スフィアはスタンバイモードのままだが、今は予行練習なので問題はない。

 この後、がややこしくなるところだ。登録時には数値の入力というのが無く、発動させる時にその都度任意の数を入力するという事らしい。問題はこの数値の入力が、いち、にー、さんではなく、アインス、ツヴァイ、ドライと余り聞き覚えの無い言い方でないと入力できないと書いてある。

 あえていうならツヴァイは、ツヴァイハンダーという武器名で聞き覚えがあるがそれはまあ置いておこう。


 それと一応、説明書の後ろに数字とその読み方の一覧があるらしい。つまりは暫くの間このズシッと重い説明書片手に音声入力をする事になるわけだ。


 ここまで読んだ事で、ドライブε(イプシロン)の重要性が分かってきた。

 この数値入力を丸々省くことが出来るという事だ。これは覚えておいて損はない。非常に実戦的な感じだ。


 他にも細かい事が書かれていたが今はいいか。とにかく何度も使って覚えるしかない。

 まだまだ説明書の半分までしか見れていないが後は実際に弄り回しながら覚えていくとしよう。


 とりあえず、何度も捲る事になるであろう数字の読み方のページを少し折り曲げておいた。


「さて、何か一つ登録してみよう!」


 やはりまずは登録しなければ始まらない。それと折角なので大魔法的なものにしよう。


「えっと……正式登録方法は確か~……」


 ページを捲り登録方法の記述を見ながらその通りにスフィアを操作して入力していく。

 その登録内容は、ドライブγ(ガンマ)、範囲、属性炎、最後に登録名を音声入力して登録は完了した。やはり大魔法といえば大爆発だろう。


「くふふふふ、か・ん・ぺ・き」


 まあ登録完了したら、試し撃ちをしたくなるのが人の性というものだ。説明書とスフィアを持ち、靴を履いて部屋を出ると、白い廊下を進み訓練場、もとい石球の中へと飛び出す。


 透けた空を見上げると、清々しいお天道様が真上で輝いている。直視しても目が痛くはならない、ちょっと眩しい位の光だ。多分この石球に遮光効果でもあるのだろう。それに日の下にいるのにそれほど暑くもない。これが古代文明か、やはり素晴らしい。


「うんいい天気、絶好の試し撃ち日和だね!」


 では始めよう。さっきからどうも落ち着かなかった。漫画やゲームで見ていた、あの大爆炎を自らの手で起こす事が出来る。そう思っただけでテンションはあっという間に最高潮だ。早速説明書の折り目を目印に開き、音声入力を開始する。


「えっと……、スターティングオペレーション、ドライブγ(ガンマ)


 言った途端に、私の右側に私と同じくらいの青白い円が現れた。良く分からない記号やら文字やらが並び、見た目はまんま魔方陣だ。少しびっくりしたがこれも説明書の隅に書いてあった。設定内容が視覚化されて周囲に表示されるとか何とか。おぼろげにしか理解してなかったけれど、これの事か。


 正直、かなりカッコイイ。


 「ランク……(ツェーン)、ディアメータ……(フュンフ)、レンジ……(ツェーン)、マテリアル……フレイム……オーダー」


 説明書を確認しながら言うたびに、増えていく魔方陣。設定が終わった時には、宛ら大魔導師にでもなった気分だ。あとはパスワードと登録名だけ。いよいよ憧れの魔法が私の前に!


[我願わくば光を!」


 青白かった魔方陣が赤い色に変わり、右手に明滅する小さな魔方陣が現れた。説明書によるとこれで発動準備完了となり、この小さな魔方陣を向けながら登録名もとい魔法名を言うことでトリガーとなり発動できるという事だ。


 前方に、少しカッコつけながら右手を突き出す。いざ、魔法の王道を!


「エクスプロージョン!」


 同時に全ての魔方陣が霧散すると、手を向けた方向に轟音を伴う紅蓮の大爆炎が巻き起こった。炎が強烈に弾け、周囲が一瞬で熱気に包まれる。その様はテレビで見た爆発実験宛らで、チリチリと肌を焼くような熱風が、その威力を物語っていた。


「熱! あちちちちちち!」


 周囲を見渡すとちらつく火の粉が舞い踊っていた。思いのほか爆発範囲が広すぎたせいか私の所にまで名残の炎が降りかかる。


「うっひゃーー! 撤退てったーーーい!」


 両手を振り回し炎を払いながら、慌てて階段に逃げ込み扉前まで降りた。ここまで来れば安全だろう。振り返ってみると赤くちらつく火の粉がまるで流星群のように光を帯びながら流れ落ちている。想像以上の迫力に、正に魔法の王道此処に有り! といった感じで歓喜に震える。これはたまらない。


 暫らくして、上の方が収まったっぽいので、階段を上がろうとしたとき不意に左手から違和感を感じた。何やら熱い。

 何事かと見てみると、目に入ったのは赤々と燃えている説明書だった。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 咄嗟に地面に放り投げると、説明書の燃えた切れ端が飛散する。これはまずいと思ったが火を消そうにも道具がなかった。

 スフィアの扱える凍結の属性で消火も出来そうだけど登録していないし、まだ数の読み方を覚えていない。そしてその読み方が今火に包まれている。これでは無理だ。

 けれどそこは様々な知識の詰まった私の脳、マンガ『キミとボクの揺り篭』より、過去の事故により炎にトラウマを持つ主人公のフィル君が、親友から託された古文書に燃え移った炎を消すために勇気を振り絞り、脱いだ靴を両手に持ち、がんばって炎と向かい合い消火するという感動の場面。それを思い出した。この間、約一秒。


 即座に履いている靴を脱ぎ両手に持つと、燃えた説明書に打ち付ける。


 必死の消火活動によりどうにか鎮火に成功したが、その爪痕は痛々しく残った。恐る恐る説明書を開き状態を確認してみると、燃えた部分はスフィアの生体認証についてのほとんどだ。とりあえず、すでにそこは終えていたので一先ずホッとする。数の読みとかの辺りが燃えなくて本当に良かった。若干焦げてはいるけど……。

 表紙の方もちょっと焦げているくらいで、それほど問題はなさそうだ。


 まあ、不幸中の幸いか。


 灰になったページを振り払いながら階段を上がり周囲を見回してみると、何事もなかったかのように青々とした森の景色が目に入る。予想外の大爆発だったけど、この石球の中はビクともしないらしい。素晴らしきかな古代文明。


 さて、この失敗を生かして実験実験。ドライブγ(ガンマ)を使うと範囲設定を基準としてそれ以上の広域に魔法が飛散するような感じに見えた。これは気をつけねば。




 その後、数値を細かく訂正しながら試し撃ちを繰り返した。成果は上々、範囲と飛散距離の間合いをそれなりに掴むことが出来た。とりあえず、咄嗟にはまだ無理そうだが、落ち着いていれば実戦でも使えそうな感じだ。まあ、落ち着ける実戦があるとは思えないが。


 では、調子に乗ってもう一つばかし登録しちゃおう。思い立ち階段に座り込む。この段差、なかなかに丁度いい高さだ。


 スフィアを操作し新しく正式登録する。内容の方は、ドライブα(アルファ)、形状ランス、属性光だ。


 こんな短期間で計六個登録するなんてちょっと多すぎだろうか? 特に正式登録の方は、設定と音声入力と登録名が一致しないと発動し無いという事なので、追加するたびにメモを取っといたほうがいいかもしれない。

 うん、新しく登録した魔法もそれなりに形になったら、一旦復習タイムにしよう。そうしよう。


 では、試し撃ち第二幕だ。

 立ち上がって、焦げ目のついた説明書を開き数字の読みを確認する。テンポ良く発動させるには、この読み方も覚えておかなければ。勉強は苦手だが辛くはない。むしろこの位の何かがあった方が俄然盛り上がるってなもんだ。


「くふふふふ、忙しくなりそうだ」


 数字の読みに目を通しながら呟く。きっとこれが充実感というものなのだろうか。何をするにも苦にならず、逆にやる気が湧いてくる。今なら何でも出来そうだ。


「さーて、実験実験」


 自分でも声が弾んでいるのが分かるくらいに、気分だけは絶好調だ。まだ身体のダルさは抜けきっていないが、この位なら気合でどうにかなる。

 とはいえ昨日の二の舞は勘弁なので、ほどほどで切り上げる事にしておこう。



 新しく登録した魔法の試し撃ちを開始して暫く。

 今回も数値を細かく訂正しながらの実験、眩い閃光を放ちながら撃ちだされる光の槍は何だか神々しく、魔法名グングニルの名にも恥じない出来栄えだと思う。なんだかすっごく強くなった気がする。これなら昨日のアクゼリュスとかいうのにも勝てるんじゃなかろうか。



 ふふふ……あのしつこさ……思い出したら腹が立ってきた。きっと後で泣かしてやる、絶対だ。 

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