きっと有名人は、こんなホテルとかに泊まっているに違いない。 Ⅱ
十五
バスルームの中で、あちこちにある蛇口やらスイッチやらを弄り回して約十分、どうにか仕組みが分かってきた。シャワーの出し方だけだが……。バスタブの方はさっぱり分からなかったが良しとしよう、シャワーだけでも十分だ。
ともかく、これでやっと汗を流しサッパリすることが出来る。
だが早速身体を流そうとシャワーの調整スイッチを捻ろうと思った時、不意に雉を撃ちに行きたくなってきました。
「むむ、トイレトイレ」
危ない危ない。シャワーを浴びた後でトイレに行ったら、床が濡れてしまうところだった。さすが私、催すタイミングが神がかっている。
裸のまま脱衣所を出て部屋内を見渡してみる。
今の姿を見たらきっと泉がまた口やかましく、服を着ろとか言うんだろうな。
見たところ、トイレっぽい感じがするのはすぐ隣の扉だろう。私の経験上、トイレはお風呂場の隣が相場だ。ならばこれで間違いないはずだ。
開いて中に入ると見たこともないような形の便座? が姿を現す。洋式にソファーを合体させたようなソレを覗き込んでみると、確かにトイレっぽい。が、バスルームと同じようにあちこちを見てみるが、さっぱり使い方が分からない。多分トイレで合っていると思うんだけど……。
大きく口を開けた部分があるが、多分ここに用を足すという事くらいしか想像できない。
問題は用を足した後だ。どうやって流すのだろうか。今度はレバーのようなものを押したり引いたりしてみるが水が流れる気配はない。逆に飛んでくる。
小ならまだいいとしても…………っとこの先は乙女の口からは言えない。
最悪、野ぐ……っとこれも乙女の口からは言えない。まあ、手としてはバスルームから水を運んでくるという手段が現実的かな。だがまあ考えていても埒が明かない。そもそも私の膀胱が悲鳴を上げ始めた。もう限界です。
便座らしき物体に座り、ひとまずの安息を得た。そして無意識に伸ばした手を、ふと止める。
「あれ……紙……は……?」
完全に忘れていた。知らないところのトイレを使う時は必ず紙の有無を確認していたのに、見たこともないトイレで頭がいっぱいで失念していた。だがまあ、お風呂に入るところだったしシャワーで流せばいいや、という結論。トイレも後で流せばいいや、と便乗。
「さあ、お風呂おっ風呂~」
細かいことを考えるのは後にして、今はとにかくサッパリすることにしよう。
トイレを後にすると、そのまま脱衣所を抜けてバスルームへ突入し、シャワーを全開にして頭からかぶる。スプリンクラーみたいに上部に固定されているため、温かい夕立に晒された気分だ。
「くっはー、生き返るー!」
たっぷりと水分を得た髪がぺったりと肩に貼り付く。少し温い感じだが、全身を伝う流れが今の私にはとても気持ちよかった。
暫らくその心地よさを満喫してからシャワーを止めて、またもや気づいた。
「シャンプーとかはないのかな……」
一通り見回してみるがソレっぽいボトルは見当たらず、蛇口の隣辺りにあった棚には、透明なガチャガチャのケースのようなカプセルに、丸っこいビー玉のような物が入っていた。それは白と緑に分かれており、何に使うのかは知らないがここにあるのだから、ここで使う物なのだろうと予想する。
「ふむ、これは怪しい……」
白い方のカプセルを摘み取り、ケースから出して観察してみる。触り心地はなんだかムニムニと柔らかくて、ちょっとクセになりそうな感じだ。次は鼻を近づけて匂いを確かめてみる。
何となく清潔感の溢れる香りがした。バスルームにいっぱいあって、この匂い、そこから求められる答えはただ一つ。
「これ石鹸の匂いだ!」
答えが出たところで石鹸を見直すと、濡れた指でムニムニしていたところから小さな泡が出始めていた。
こんな石鹸があるとは……。見た感じちょっと綺麗で、触り心地もクセになりそうなぷにぷに感。
擦ってみるとどんどんと泡が立ってきて、あっという間に両手いっぱいになった。
おっと泡立てたはいいが、そういえばタオルが無い。
シャワーで両手の泡を落とすと、石鹸特有の手がちょっと突っ張った感じになっていた。実は石鹸と見せかけてシャンプーということも予想していたが、この白いカプセルは石鹸で正解っぽい。となると、緑の方がシャンプーになるのだろうか? 後で試してみよっと。
心なし少し小さくなった気がする石鹸を適当な棚に置き、軽く髪の水気を絞ると濡れた身体のまま脱衣所へと戻る。ポタポタと水滴が落ちるがまあしょうがない。身体を拭こうにもタオルが無いのだから。そしてタオルがありそうな所といえばやはりここだろう。
案の定いくつかの棚を開けたらタオル類がもっさりと出てきたので、白いタオルとついでに大型の青いバスタオルも取り出し、タオル掛けと思しき棒に引っ掛けておく。
バスルームへ戻ると、再びシャワーを浴びながら手に持ったタオルを濡らす。
いい感じになったところでシャワーを止め、全身を一通り濡れタオルで擦ってから、置いておいた石鹸を手に取りタオルに包み泡立てる。驚くほどの泡立ちだ。
石鹸を置き、そのまま全身を泡まみれにしながら、鼻歌まじりにお風呂タイムを満喫する。ちなみに曲は、アンリミテッドフィールドのオープニングテーマ「空と虹と星の唄」だ。
「ふーんふふふーんふんふんふーん♪」
しかし、いいのだろうか、来たばかりの世界でこんなにまったりしてても。
まあ私的には全然オッケーだけど、王道的にみると最初は野宿が妥当だ。そしてその途中で夜盗に追われる商人を華麗に助けて、近くの街まで送ってもらい、その商人が結構名のある商人で、お偉いさんと知り合いめくるめく異世界ライフ。
だがしかし現状に不満は無い。遭遇イベントを逃したとはいえ、この安心安全三食昼寝付きの別荘は大きい。
つまり結論としては、程よく適度に王道を外れるのも必要。ということで決着。
タオルを置いて、泡を流す。この爽快感がたまらない。
さて次は頭を洗いたいのだが、緑色は当たりかハズレか。期待を込めて蛇口横の棚より、緑の玉の入ったカプセルを取り出し開けてみる。石鹸と同じようにムニムニとしたとても素敵な感触で、少しおいしそうに思うがこれはきっと食べられません。
「えっと、匂いは……」
人差し指と親指でつまんで嗅いでみると、鼻先には自然の中にいるような気分になる香りが漂っていた。形容するなら、新緑の葉と朝露に咲く淡い色の花を合わせたような…………。簡単に言うとお花屋さん。うん、いい香りだ。
「あー、この匂い好きかもー」
ちょっとしたアロマテラピー効果を感じつつも、表面を擦ってみると泡が出てきたので、最低でもこれは石鹸類清涼科であるということが判明する。
シャワーで髪を濡らし直してから緑の玉を突っ込みわしゃわしゃすると、これもまたあっという間に泡立ち、目に入りそうになったので瞼を閉じる。
何も見えないようになると、沢山の泡から広がる香りが更に際立って感じられ、そのまま頭をマッサージするように髪をほぐしながら、ちょっとだけ今の幸せに浸った。
思い起こせば、ずっと憧れ続けた魔法のある世界に来て、その魔法に触れられて、カッコイイ狼と出会って、こんなに整った施設で頭洗いながらまったーり出来て、満ち足りた幸せってこういうものなのかと実感する。
しみじみと頭を洗っていると、なんだか指通りが良くなっていることに気づいた。汗やら土埃やらで、ぱっさぱさになっていた髪が柔らかくてスベスベとした手触りになっている。
どうやら緑で当たりだったようだ。更に言うと、この泡立ちからしてシャンプー、そしてこの手触りと指通りからしてコンディショナー効果もあると思う。つまり……これは、コンディショナー入りシャンプーだ! ──そのままじゃねぇかよ、って泉のツッコミが聞こえた気がする……。
シャワーで泡を流すと今まで以上の髪の艶に、ここを出る時いくつかパクっていくしかないなと心に決める。
すっきりさっぱりしたところでバスルームを後にすると、用意しといたバスタオルでまず髪の水気を拭い全身を拭いた。ゆったりと湯に浸かってはないけれど、十分に気持ちよかったので良しだ。
バスタオルをタオル掛けに戻して服を着ようとした時、今更ながら気づいた。汗をたっぷりかいたままの制服と下着を再び着たら、折角さっぱりした意味が無いではないか。
「ううう……着替えのこと完全に忘れてた……」
そう、忘れてた。お風呂に入る前にではない。この世界に来る前、荷造りしていた時にだ。よって今現在、私には目の前に脱ぎ散らかした服しか着るものが無かった。
だがしかし、それがどうした。ここにはどんな格好をしてようが、バカと言う奴などはいない。そして私の裸を見てハァハァするような輩もいない。なので誰を気にする事もなくありのままの私を曝け出せる。
とはいえ一先ず今はいいとしてもずっとという訳にはいかない。だがこのまま突っ立ってるのも何なので、しゃがみ込み制服と下着を集める。
最後にカバンを手に立ち上がり脱衣所を後にしようとしたとき、ふと何か気になるものが目の端に留まる。
「およよ?」
それは白い壁に埋もれるように同化していたが、スイッチやボタンのらしきものが並び、小さな戸が付いている。開いてみると正に今求めていた洗濯機のようなものだという事が分かった。とはいえ、ようなもの、なので調査が必要だ。
横には電源と書いてあるスイッチがあったのでONにしてみると、所々の白いプレートに文字が浮かび上がる。
「ほうほう…………、えっと、洗濯……脱水……乾燥……っと。うん、洗濯機確定! 至れり尽くせりだね」
手に持った洗濯物を放り込み開始のボタンを探すが、プレートに浮かんでるスタートという文字はあるのだけど、ボタン自体は見つからない。だがしかし、こういうタイプは見た事がある。つまりこれは……そう、タッチパネルとかいうやつだ!
直接スタートという文字を押すと、ピッという音と共に動き始めた。よっしゃー、とポーズを取る。これで着る物はどうにかなりそうだ。




