嫌なことは、寝れば忘れられそうな気がする。 I
定番の異世界に飛ばされる系ファンタジーです。
若干、飛ばされるまでが長いのでご容赦下さい。気づいたらこんなんなってました。
主人公は最初から最強ではなく、暫くしてからそうなっていきますので、ながーい目で見てやってください。
もちろんつまらなければ斬り捨てて結構です。泣きながら黄昏ることにしますので。
零 プロローグ的なもの
映画、ドラマ、アニメ、小説、マンガ、童話や絵本、果ては神話まで、この世の中には人の想像が生み出した非日常が無数と存在する。その中には、虫唾が走るラブロマンス、ありえないような学園ストーリー、理不尽なギャグの嵐、死すらもなんとも思わない超戦士たちが群雄闊歩している世界が広がり、それぞれの物語が人々の心を満たしていく。
しかしそれは、日常と非日常は違うことを大いに自覚させるものでもあると同時に、想像力をより膨らませ、更なる非日常を生み出すものでもある。
そして私は、そんな非日常の世界を愛する一人。どんな世界に魅了されるかは人それぞれ違うけれど私の場合は、[剣と魔法の世界]だ。
一
どうしてこうも日常というのは退屈なのかな。何事もない日々の連鎖、寝て起きての繰り返し、それが当然というような周囲の人々。まったく気が知れないよ。
心躍るようなイベントもなく、ただただ時間を浪費していく平和な日々。平和がウザイとか、平凡だけど何不自由ない毎日が鬱陶しいとか、そんな罰当たりな事を言っているのではなく、ただ私の周りには少々スパイスが足りないと思う。平和で何が悪いとか、それは贅沢だろうと言う人もいるだろうけど、きっと私に賛同してくれる人もいると信じてる。
そんな悩める私が毎日必ず思うことが一つ。それは、血湧き肉踊る熱い冒険がしたい、だ。こんな十五歳乙女は珍しいのだろうか、今のところ賛同者は得られていない。残念。
そんなことをうだうだ考えている間にも、数学の先生が黒板に何かの暗号のような数式とアルファベットを書き込んでいる。これが何かの儀式で、悪魔でも出てきたら素敵なのに。
マンガとかアニメでは現状のような暇な授業の時、窓から外でも見て気を紛らわせているのだが、生憎と私の席は教壇の目の前、一番最悪な場所だ。
隣をみると作業的に黒板を写している同級生の横顔が見える。確か名前は田村君。
前方では数学の先生が良く分からない呪文を唱え始めた。メネラウス・チェバだとかピタゴラスだとか。どこぞの大魔導師の名前だったら素敵なのに。
教科書に目を落とすと、黒板と似たような暗号が並んでいて逃げ場が無い。
「ああ、つまんない」
現実なんてつまんない。これはちょっと口癖になりつつある。
「そうか、つまらないか森野。もう今更教わること等無いといったところか?」
脳内でドラゴン退治でもしようとした矢先、唐突に鋭く厳しい声で呼ばれた自分の名前が耳に入った。顔を上げると無表情ながら、今にも何かを射殺しそうな数学の先生の視線が突き刺さる。
呟きが聞こえてしまったらしい。ほんと、最悪の席だ。
「あっと、いやぁ~……え~~っと……神野先生のご高説は大変ありがたく拝聴させていただいてます」
「そうか。では勉強熱心な森野には特別に宿題用プリントをやろう。明日、提出するように」
「……ハイ」
いつも持ち歩いているのかな……、その場でプリントを頂戴してしまった。周囲からクスクスと笑う声が聞こえる……最悪だ。プリントを見てみるとこれまた暗号と一緒に奇怪な三角形が描かれていた。これがペンタグラムで何か召喚出来れば素敵なのに。
その後は、大人しく慎ましく、波風立ててプリントが増えないように細心の注意を払いながら時を過ごすことに尽力した。無駄な精神の磨耗、すっごく疲れる。
授業が終わり神野先生の後姿を、呪いの念を飛ばしながら見送ったあとは待望の昼休み、お弁当タイム。
最近は屋上で空を見上げ、妄想にふけりながらの食事がマイブームだけど、生憎と今日は出来そうにない。まったくもって鬱陶しい雨だ。
とりあえずカバンを漁り、お弁当を机の上に置く。
「す~ず~め~」
唐突に背後から声が掛かると同時に両胸を鷲掴みにされる。ちょっとくすぐったいけれど、取り立てて騒ぐことじゃない。犯人の目星はついている。こんなことをするのは一人、幼稚園からずっと一緒の千林紗由里その人しかいない。
紗由里のセクハラはしょっちゅうなので正直もう慣れてしまった。こんなことに慣れるのはどうかとも思うけど、慣れちゃったものはしょうがないよね。
「控え目ながらええ乳してまんなぁ、お嬢さん。実に良く手に馴染む」
言いながら身体を寄せてくる紗由里。そして控え目は余計だ。全力で殴ってやろうか。
「ほら紗由里、ちゃっちゃとお弁当にするよ」
紗由里のセクハラ発言は無視して、机の上をトントンと指先で叩く、これはここに座れの合図。
「むぅ~。すずめって最近反応冷たくなったよね。前は、あぁ~んとか、きゃう~んとかいい声で鳴いてくれたのに……」
「そりゃあ、毎日毎日繰り返されれば、いい加減慣れるって」
「うぬぬ、そうか……どうやら私のテクを進化させる必要がありそうね。覚悟してなさい、今度は病みつきになるくらいに、ひぃひぃ言わせてあげるんだから!」
胸を掴んだ手はそのまま、大声で宣言した紗由里。
「そういうことを大きな声で言うのはやめて、恥ずかしいから」
まぁ、注意したところで遅いわけで、クラス中の視線が集まってる。男子の好奇の視線と、女子の呆れたような視線。私たちは年がら年中こうやって視線を集めてしまっている。これが尊敬とか好意の視線だったら少しは心地いいだろうけど生憎とそうじゃない。多分、「またか」これが視線の答えだと思う。
「別にいいじゃない、私達の仲の良さを見せつけようよ~」
猫なで声で顔を摺り寄せてくる我が親友。たまに背負い投げからの三角締めで落としたくなるが、私には柔道の心得がないので諦める。
「はいはい、分かったからそろそろお弁当。紗由里も早く持ってきなさい」
「いえっさ~」
パタパタと足音が離れていくと、間髪入れず足音が近づいてくる。紗由里は机の上にお弁当を置くと、隣の席の田村君のイスを拝借して向かい合い、二人仲良くお弁当タイムだ。友達が紗由里しかいないのか、というツッコミはナシの方向でお願いします。ちゃんといます。──いますよ?
昼休みが終わり午後の授業を恙無く乗り越えると、やっと放課後、待ちに待った下校の時間。
私は帰宅部なので家まで一目散、紗由里は演劇部員なのでまた明日となる。「演劇やろうよぉ~」とかって誘われるが生憎と私にはそちらの才能は無さそうなので断ってる。
だが家に着くまでの帰り道はやることがいっぱいだ。まずは前方に注意しながら空を見上げて歩くこと。もしかしたらUFOとか不思議な生物が飛んでるかもしれない。そしてなるべく人の少ない路地裏などを通る。前方注意が楽になることもあるが、もしかしたら超能力者とかが路地裏バトルを繰り広げてる可能性があるからだ。
漫画やアニメの主人公なんかも大抵はこんな人気のない所で、非日常へと足を踏み入れている。それに習って私も主人公になるために、日々路地裏通いを続けているのだ。
今日も今日とて普通の通学路を外れ路地裏へと踏み込む。さぁいざ行かん、理想のサンクチュアリへ。
路地裏は空気が少しひんやりとしている。人気は無く雰囲気はまあまあだ。さすが非日常への入り口の王道、これが貫禄というものなんだね。
しかし空の方はというと、雨は上がったのはいいけれど生憎と灰色一色で、雲より上が見えない。高いところを飛ばれてたらアウトだ。ということで今日は、空より路地裏に注意を払うことにしよう。
前後左右に注意しながら探索を始めて暫らくすると、電柱の影に黒猫がいることに気づいた。どうやら向こうもこっちに気づいているみたいで、熱い視線を送ってくる。実はあの猫は魔法で姿を変えている魔法使いで、とある世界の危機を救うために勇者を探しているんだろう。
では、虎穴にいらずんば虎児を得ずだ。虎じゃなくて猫だけど。
どこかで誰かに、猫は視線を合わされるのを嫌うとか聞いたことがあったので、少し視線を外し気味で接近を試みる。
猫は私の目の前でにゃーと一言鳴いた。思いのほかアッサリと接近することが出来たのは私の魅力のお蔭か、勇者適正があったのか、単に猫が人に慣れてるだけなのかは定かではないが第一次接近遭遇成功だ。
「ほーら、おいでおいでー」
驚かさないようそっとその場にしゃがみ込み黒猫を手招きしてみると、ゆっくり顔を近づけてくる。いい感じだ。まずは警戒心を取り除くための手段その一。
餌付け!
カバンの中に入ってるケロリンメイトを食べやすいくらいに砕いて手のひらに乗せて差し出してみる。ちなみにミルク味だ。
黒猫は細かく砕けたケロリンメイトに口を近づけると、チラリと私を見つめた後食べ始める。手がちょっとくすぐったいが、すっごく可愛いので暫らく癒されよう。うーん、かわいい。
しかし、すずめが猫にエサを与えるとは是如何に。──…………ニヤリ。
路地裏で猫相手にほくそ笑む女子高生。少し怪しいと自分でも思った。
さてそろそろ第二時対話交流に移行しようかな。
そう思って手を伸ばしたら、突然と黒猫が踵を返し脱兎の如く逃げ出してしまった。更に道の途中で振り返ると凄まじい警戒の眼差しを向けてくる。
むむむ…………それほど私の笑みは怪しかったのか。
「ちょっとショック」
最初はあんなに友好的だったのに急に逃げるなんて、猫は気分屋ってことですかにゃ。
とりあえず手のひらのケロリンメイトをパパッと払うと不意に、しゃがんだ私の影よりも一回り大きな影が現れた。位置的に考えて私の真後ろだ。
……!?
驚いて振り返り見上げると、そこにはトレンチコートを纏った巨漢の男が一人佇んでいた。男は私の顔を見るとニヤリと口元を歪め、ポケットに突っ込んでた手をコートの合わせ目にかける。
──……! え……!? ちょっっっ!!? ──……まっっ!!!──
しゃがんでいたのが災いした。頭の中の予想が完成する前に、ソレは私の丁度眼前に姿を現してしまった。
「ぴッ……ぴぇぇェェェーーーーーーーーーっッっ!!!!」
何がなんだか分からない。今私の前に何が現れた!?
とにかく全速力で猫の逃げた方へと走り出した。奇声を上げながら走ってくる私に驚いたのか、その黒猫は塀を乗越えてどこかへ行ってしまう。
最悪最低わけ分かんない! なんなのあいつ! 変態変質者!? ああもう! 何で私がこんな目に!
ただ一つだけ分かった、とりあえず分かった。黒猫は、ニヤつく怪しい私から逃げ出したのじゃなくて、更に怪しいあの変態から逃げ出したんだ。嫌われたわけじゃなかった、よかった……じゃない! アレは、よくないでしょ!
嗚呼、猫と話せたらあのクソ変質者の接近を教えてくれてたはずなのに、なんで私は猫と話せないのか。っと、いやいやいや、そもそも話せないのは私だけじゃないし。ああもう何考えてるんだろ私、わけ分かんない!
「あいつのせいだあいつのせいだあいつのせいだ」
呪いの様に呟きながら走り続ける。勢いのみで一気に走ってきたけれど、どうやらもう身体の方に限界がきたみたいだ。路地裏を抜けた先にあるコンビニが目に入り、その前に座りこむと、全力疾走したツケが回ってきた。
大きく肩で息をしながら頬を伝う汗を拭う。気づくと全身から汗が噴出していて非常に心地悪い。身も心も最悪の気分だ。
このような調子で、暫く日常が続きます。
すずめの遊びに暫くお付き合い下さってくれれば、ヘビーローテーションを踊って喜びます。