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同軸線上オーヴァーライト

作者: 武倉悠樹

 例えばエクセルで、A1のセルに「B1を参照し、B1に数値が入力されたら同期する」と書いてあって。ならば、とB1のセルを見てみたら、「A1を参照し、A1に数値が入力されたら同期する」と書いてあるような。いわゆるそんな巫山戯た構造。


 自己撞着的な矛盾かって言うと、まあ、一応堂々巡りながらもそれ自体は閉じた系として成立しているのだから、意味として崩壊しているわけでもないとは思うのだけど、犬が自分の尻尾を追いかけるような間抜けな様相を呈していることは否めない。


 それならそれで、間が抜けていながらも、可愛いという形容詞を差し挟む余地があるかもしれないが、これが、二匹の虎が、互いを追いかけあって木の周りを周回しちゃうような、そんなケースであっては堪らない。


 僕は、バターになる趣味など持ち合わせていないからだ。


 バターになる趣味も無ければ、当然マーガリンになる趣味も無くて、それと同じように、僕は、今此処に居る確かな僕以外に、僕を規定されるなんて趣味もない。


 つまりはこれはそういう戦いなのだ。


◇◇◇


 一万四千円という、個人的には大枚をはたいたつもりの一張羅のブルゾンを羽織る。ちなみにおろしたてだ。深いグリーンをベースにしてモノトーンに僅かに輝くチェックのラインが入った今年の新作。中には白いカッターシャツと紺色のニットを合わせた。正直自分で似合ってるかどうかの判断も出来ていない有様だが、値札が僅かばかりでも自信の担保になってくれているのが救いだ。


 靴は、そんなに大枚をはたいた物でもなければ、おろしたてでもないが、綺麗に磨いた。薄汚れていて元の色を失っていた靴紐を新調したので見栄えはかなりのものだろう。


 そして極めつけはプレゼントだ。ワムのラストクリスマスを奏でるオルゴールに合わせて、その上のデフォルメされたアヒルの人形が口を大きく開けて歌うという小物のインテリア。


 本来持ち合わせていないはずの小洒落センスを脳内遠心分離機にかけ、僅かばかりでも抽出した末に選んだ一品である。


 シャワーは三回浴びた。念入りに二回浴び、全身を清めたうえで香水を付けたら、今度は匂いが強すぎる気がしたので、もう一回。合計三回


 そんなこんなな完全武装で準備を整え、列車が遅延しようが、荒川を跨ぐ橋が倒壊しようが、約束の時間に遅れることの無いようたっぷりの余裕を持って家を出ようとした矢先。


 そんな時だった。


 厄介で、出鱈目で、それでいて、僕の身にとても重要な、予期せぬ戦いの火蓋が切って落とされたのは。


 ちなみに言うと14時43分。


 もっとちなみに言えば、約束の時間は18時30分で、約束の場所までは40分だったりする。


 つまるところ何が起こったのか。これ以上迂遠な表現は避けよう。


 簡潔に言えばこうだ。


 玄関先に、男が立っていた。


 男は未来の僕であると名乗り、僕がこれから一握の勇気を最大限に振り絞って想いを伝えようとしてる相手と、仮にでも、僕が上手く行くと、自分の存在が危ぶまれるので、ついては告白をするな、というニュアンスを、未来語ではなく日本語で僕に言ってきた。


 単刀直入に説明をするとこういう事なのだけど、つまりどういうことか理解して貰えるだろうか。


 解って下さいというのも難しいお願いかもしれない。結局のところ、当事者の僕ですら、本当には構造の全容を理解できていないのだから。


 便利な言葉を辞書から拝借するのならば、タイムパラドックスをめぐる争いという事になるのだろうか。


 目の前に現れた、言われてみれば僕に似てない様な気もしないでもないけど、覇気の無さを感じる垢抜けない顔の造作からして、この爽やかな僕の未来の姿なのか疑わしく思われるこの男。彼の言う事を百歩、いやいや、それじゃ、少ないか。大体、千二百歩ほど譲って信じたとして、それは、難しい答えの出せない堂々巡りの問題のほんの入り口に立ったに過ぎない。


 件の、未来の僕を名乗る、男は今、目の前には居ない。


 事の仔細を長々と説明をしていたのだが、「頭痛を覚えた」と言って、僕が話をさえぎり、強引にドアを閉めたからだ。   


 その後も、ドアの向こう側でなにやら、喚いていたので、僕が「本当にタイムトラベルが出来るというのなら、今から30分後の未来に行ってろ。それが出来るって言うなら、30分間お前の話を信じた上でどうするかを考えてやる」と言った所、本当に消えて見せたのだ。


 ドアの覗き穴越しではあったが、人間が本当になんの予備動作も跡形もなく消えてしまうところを見せられてしまってはにべもない。


 という事で、僕は今、常識からはるばる千二百歩程奇想天外方面へ歩いた場所にポツネンと立っているというわけだ。


 目の前には難門と言う表札が掲げられた大層ご立派な問が、もとい門が鎮座奉られている。


 さてさて、この門の取っ手に手をかけざるを得ないわけだけど、どうしたものか。


 必死で奴の言い分を咀嚼してみる。


 今日、僕がこれから、バイト先の憧れの北見美香さんに告白をしようと決心していることを知ってる。加えて、目の前で姿を消して見せたことからも、奴がただ者じゃないことは最早論じるに値しないだろう。


 ただ者じゃないなにか、と仮定するのも面倒な話なので、とりあえず、いいだろう。奴の言い分を呑み、奴は未来人という事にしよう。


 で、だ。


 奴が未来人だとして、何しにここへやってきたのか。


 僕と北見さんの間に何があると、何処で砂が舞った上にバタフライがアレして、こうして、桶屋が儲かった挙句、奴の存在が危ぶまれると言うのか。


 って言うか、どうなんだ。僕と北見さんに上手くいくなと釘を刺しに来るくらいだ、北見さん以外の人間と結婚でもして宜しくやってるとでも言うのだろうか。それとも、北見さんが実はとっても大食らいの大酒呑みのついでにヘビースモーカーも付けて、今だけ大サービスの浪費家センス迄こみこみされたウルトラデラックス地雷物件だったりするんだろうか。


 …………。


 そんなはずはないだろう。うん。なんたって美しく香ると書いて北見美香さんだぞ。名は体を表すって言うじゃないか。北見地雷子さんだったらありえるかもしれないけれどもさ。うん。


 でも、だとしたら、何を理由に、奴は俺と北見さんの、幸せのバラ咲き誇る予定の未来にケチをつけようと言うのか。


 わからない。


 いやいや、当然のことながら未来人じゃない僕に慮る事なんて、不可能だろう。だって、未来の事なんだから。


 考えるだけ無駄だろうか。


 ふと、何の気なしに覗き窓の向こうを見やる。


 そして、これまたふと、考える。


 居ないんだから、今の内に出掛けてしまえば良いんじゃないだろうか。


 ふと、心の中で悪魔がそんな事を囁いた。甘い言葉を脳内で響かせる悪魔に、キリッと睨みを利かせノイズキャンセリングを図る。


 いやいや、いくらふととは言えそうはいかないだろう。それはふと違いというものだ。それは何というか人として駄目だ。うん。


 自分の心の中の倫理やら、道徳やら、優しさやら、なんだかそう言った類のものにすがろうと、僕は天使の声に耳を傾ける。


「もしもし、天使さん、そこんとこどうなのよっと」


 すると、すぐさま心の中で声が響く。レスポンスが良いね、天使さん。


 曰く、居ないんだから、今の内に出掛けてしまえば良いんじゃないだろうか。だそうだ。 


 おいおい、お前まで。良いのか天使。良いのかエンジェル。


 もしや俺の心に住まう天使はルシファーさんではなかろうかと邪推が働いた。だって、悪魔と同じことを言う天使なんて、考えるまでもなく可笑しな話だ。


 またもや、声が、僕の裏声に良く似た天使の声が響く。


 違うよルシファーさんじゃないよ。出掛けてしまえば良いよ。だそうだ。


 うん。実に可笑しな話だが、この件に関して天使と悪魔は超党派での歩み寄りを見せたということらしい。


 可笑しくはある。可笑しくはあるけども、可笑しいからと言って間違ってるとか、従わないとかそういう事ではないだろう。


 そもそも可笑しいなんて感情も、人間の勝手気ままな感じ方の賜物だし、世界の真理なんて、きっとちょっと可笑しいものなんだろう。そうに決まってる。僕は出掛けるべきだ。うん。


 もう一度覗き穴を確認し、ドアの前に僕がいないことを確かめ僕は家を後にした。


 一張羅に、磨いた靴に、センス満ち溢れてると個人的には思っているプレゼントまで備えたと言うのに、なんで訳の分からない理屈で北見さんへの告白を阻まれなきゃいけないというのか。まったくもってナンセンスだ。さっき出来心と言うかなんかそういうんで、世界のちょっとした可笑しさを認めたけど、今度はそうはいかないぞ、ザ理不尽め。それともお前か、李夫人め。


 ナンセンスに負けず、僕は今日ラブ勝者になるのだ。


 廊下を抜け、エレベーターホールに出る。▽のボタンを押して、しめしめと、にやけた顔が、一瞬にして凍りつく。


 チーンという電子レンジみたいな音を立てて開いたエレベータから、声が飛んだ。


「30分後と約束したのにどういつもりだ」


 そこには僕が立っていた。まったく。


 大方、15時13分きっかりにチャイムを鳴らし、中から僕が出てこないけども、自分を信じないわけにも行かないので、1分ほど待ってみて、結局出てこなくて、約束を破ったな、しかたない奴めと憤ってみるも、それはつまり天に唾棄するのと同じ事なのだ。


 唾は自分に落ちてくる。


 奴に。奴を騙そうとした僕に。


 駄目じゃないか、ルシファーさん。


 だからルシファーさんじゃないって。と、またもや僕の裏声みたいな声が響く。


「なんだ、ルシファーさんって」


 僕が聞いてきた。おいおい、そこにそんな風に突っ込むなよ。ルシファーさんなんだから天使に決まってるだろ。心の天使だよ。お前には聞こえちゃいけないはずの声だよ。まったく空気読めよ。そこは突っ込んでいいかどうか、それこそ、お前の中の天使に聞いてみろよ。


 ああ、そうか、お前の中の天使も翅汚れてんのね。ルシファーさんなのね。そりゃそうか。


 意を決して僕は口を開く。


「で、なんなんだよ、あんた?」


 眉根を顰めて、僕は僕に問う。


 眉根をもっと顰めて僕は僕に応えてきた。


「だから、未来のお前だって言ってるだろ。でもって過去に干渉しにきたんだ!」


 おいおい、それはいわゆる禁忌って奴じゃないのか。そんなことしたら僕がお前でお前が僕で。未来と過去とが、おれがあいつであいつがおれで的な事になって、時空間転校生のお陰でマーフィーの親父がビフの親父を倒せなくなって、マーフィーは消えてしまうだろう。


 そんなことになったら、結果的に1.21ジゴワットの雷を捉える事もできずに、偉大なる発明家も捩れた時計の針の先で命尽きてしまう。


 はて。


 おかしい。


 タイムマシンを造った人間が、過去へ行き、そこで死ぬ。過去が変わり、未来も、つまり、タイムマシンが造られると言う現代も変わる。タイムマシンは出来ない。


 タイムマシンが出来ないのなら、現代の人間が過去に行って死ぬ、という出来事は存在し得ないのではないだろうか。


 時間は過去から未来へ流れる物だ。であればこそ、過去が未来を決めるというのは明確な道理。


 スイッチを押した経緯があるから、電気が点く。スイッチを押さなければ電気は点かない。


 でも、だ。


 電気が点いてると言う現実が、スイッチを押した事を意味するのであれば、未来が過去を断定する、と言う事も言えるのではないだろうか。


 電気がついてるということはスイッチが押されたのだ、という逆説的断定。


 過去が未来を変えて、それだけなら良い。当たり前の事だ。


 でもその結果が過去に干渉しうる未来の存在を生み出すのだとしたら。


 過去が未来を決めて、未来が過去を決める。


 互いが互いを決定付ける螺旋の始まりと終わりはどこにあるのだろう。


「なんでったって僕の邪魔をするんだ。あんたの存在は僕の未来が決まってる事を意味してるってことだろう?」


 顰めていた眉根を、一転、崩れた相好で奴は語りだす。


「お前、頭いいな」


 自画自賛だ。臆面も無く、そんな事を言ってしまうあたりコイツの程度も知れるということだ。ついでに僕の程度も。


 ややこしいし、悔しいし、浅ましい。情けない話だ。まったく。


「そりゃ、あんた位はね」


 僕は適当に軽口を返す。


「しかし、まぁ、頭の程度は抜きにしても、自分と同じ考え方、ある程度計算できる理解力を持った人間と会話するってのは、楽でいいね。話がスムーズだ」


「いやいや、あんたは僕より幾ばくかでも長生きしてるんだろう? 考え方が同じじゃ、幾ばくか分を無駄に生きて来たって事になるだろう」


 情けないやり取りにも辟易してきたところで戦法を変える。自分と等号で結ばれる相手を馬鹿にしつつ、自分は痛まない、そんな言葉を頭から引きずり出しつつ応酬。


 生来の性質を攻めた所で、それは諸刃の剣だろう。だって僕にもその傷はあるのだから。


 僕に無い駄目さ。


 奴にある駄目さ。


 となると、僕がまだ経験していない時間の中にあるはずだ。だからそこをピンポイントに攻撃してみたわけ。


「じゃあ、これから、お前はそういう無駄な時間を積み上げるわけか?」


 そして実の無い会話だったはずのやり取りからふっと生まれた核心。ダメージを避けていたはずの軽口が開いた、大きな大きな傷。目を背けたかった、恐ろしい考え。


「そうだ、僕が、未来のあんたに今聞きたいことはそこなんだ!

 さっきも言ったけど、あんたの存在は、僕の時間観を超越してる。未来人なんて、想像の範疇を出ないはずの存在だ。未来は未だ来ていないから未来なんだ。だからこそ、僕らは常に今であり続けて、同時に未来を拓き続けられる、時間軸の最先端なはずなのに!

 あんたがボンクラなら、僕はこれから無駄な時間を積み上げなきゃならない。僕の意思に関係なく、ボンクラな未来に引っ張られていく。そうなったら未来の奴隷だ。僕は今を生きながら、変えられない過去で居なければ成らないじゃないか!!」


 口に出していて、恐ろしくなってくるが言葉は止まらない。


「どうなんだ! 未来は変えられないのか!」


 奴はゆっくり口を開く。


 自分にこれだけ、低く思い声が出せるのか。冷たい響きに震えが押し寄せる。


「変えられないさ。過去は、絶対に、変えられない」


 間が、開く。


「嘘だ」


 沈黙を破る声が、小さく響いた。


 その小さな響きに、僕はすがりつく。北見さんの笑顔が、脳裏によぎる。


 新人の僕に、丁寧にレジを教えてくれた優しさ。嫌なお客さんにも笑顔を絶やさなかった健気さ。重い荷物をもてなかった時、上目遣いで僕に頼ってきてくれた時に感じた、溢れんばかりの愛おしさ。


 未来の人間が何をのたまおうと、今僕の中にある、北見さんへの思いを否定できるはずなどない。させてたまるか。


「嘘だ!! あぁ、そうとも、全部嘘だ!!

 勿論お前の言う、未来過去の関係性も、って言うか、お前が僕なのも、お前が未来から来たって言うのも、全部全部嘘だ!! そうに決まってる」


 天使も、悪魔も、僕に力を貸してくれ。僕の信じたい光を、ちゃんと信じる力が欲しい。


 思いを口に出し、形にしていく。そうやって、自分の思いを固め、またそれを形にしていく。それはまるで、漕げば漕ぐほど、スピードが増し、ペダルが軽く感じられる自転車のように。


「全部嘘で、嘘じゃないのは、僕が北見さんを好きだって言う事、それだけだ!!」


 スピードを上げて、振り切って行く。未来さえも追い抜いていく。


 過去があるから、未来がある。僕がいるから、こいつがある。


 そうだ。なんてことはない当たり前のことだ。正しい主従関係はそこにある。


 ならば、僕のやりたいことをすればいいじゃないか。未来の僕の思惑なんて関係無い。北見さんへの想いを捨て去らなきゃいけない未来なんか、来なくていい。ご免こうむる事この上なしだ。


「頼むから、聞き分けてくれないか。最終的にはお前の為になるんだから」


 こんな戯言に耳を傾ける必要なんてない。


 僕は意を決した。


「僕は北見さんに想いを伝えるんだっ!」


 奴の肩を強く押して、急いできびすを返す。エレベーターホールを後にし、階段へと駆けた。


「お前、こらっ! ちょっと待てって!」


 怒声を背に、マンションの廊下を駆け抜ける。後ろから追いすがる足音を振りきらなければならない。非常階段へと続く鋼鉄のドアを開け放ち、階段室へと駆け込む。そこへ、未来からの手が伸びた。


「待てって行ってるだろう!!」 


 瞬間、心の悪魔が囁いた。ドアを閉めろ、と。


 判断に迷いは無かった、厚い鋼鉄のドアを勢い良く閉める。


「ずぁっ!!!」


 短い苦鳴が背中で響く。


 人を傷つけたという罪悪感が心の奥でざわめくが、必死で押し込めて、前を向く。


 時間はまだ充分にある。装いもプレゼントも完璧だ。


 マンションを出た。このまま駅まで、走りぬけよう。


 そうだ駅に着いたら振り乱れた髪をセットしなければ。


 さぁ、北見さんに告白をしにいくのだ。


 ◇◇◇


「マジいってぇー、これ」

 

 鉄扉に豪快に挟まれた右手を振る。


 熱を持った右手をまざまざと見た。熱さの後からじわじわと襲ってきた痛みに自然と涙が浮かぶ。


 まさか、僕って人間が、こんなに乱暴な人間だとは知らなかった。いや、まぁ、そういえば、確かに僕もあんな狼藉を働いたんだろうけど。

 

 とにもかくにも過去の僕は、強い決意を持って北見さんに想いを告げに言った。僕がやらなきゃならない事はこなした事になる。


「行ったか」

 

 不意に、背後から声をかけられ、振り返る。

 

 そこには僕が立っていた。


「先輩ですか?」


 急に話しかけてきた僕が、はたして時間軸のどこから来たのかを尋ねる。容姿では測りかねたからだ。


「君より、3日先輩かな。僕より後もちゃんと出来てるか、気になってさ」


 そう言った、ちょっと先輩の僕に、僕は胸を張って返す。 


「ええ。ちゃんと、送り出してやりましたよ。あそこまで啖呵切って、まさか直前で怖気づくなんて、いくら僕らでもありえないでしょう」


「にしても、ああまでお膳立てしてやらなきゃならないなんて、つくづく情けないね」


「耳が痛いっすよ。やめません、その話? 未来の自分にケツ叩いてもらったなんて、情けなさ過ぎて、口が裂けてもかみさんには言えない。ま、今思えばではありますけど」


「そうだねぇ。……あ、それとさ」


「なんです?」


 先輩の僕が、右手を不意に挙げた。白い右手。


「どうしたんです、その右手。包帯巻いてありますけど?」


 先輩の僕、今度は左手を上げ、僕の右手を指差した。


「折れてるよ、それ」


「…………。マジっすか!!!!」


 間違っているはずのないその情報に、目がくらむ。知った途端に痛みが膨れ上がった気がした。


 頭をズキンズキンと突き刺す痛みと共に、僕が四年程前傷つけた未来の僕へ、今更ながらの罪悪感が溢れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ぐいぐい読ませる語り口調が素晴らしいです。気の利いた表現がたまりません。  終盤には未来の僕が来た理由が読めるのですが、プラス3日後の僕の登場とオチは読めませんでした。すごいです。 [一…
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