第4話
◇
「薫く~ん。朝ご飯が出来ましたよ~」
ピンクのエプロン姿で、俺の部屋のドアが勢いよく開けられる奈々。それと同時に、半覚醒状態で寝ていた俺はビクッと飛び跳ねて布団にもぐりこむ。
――ガクガクガクガク
「早く起きないと遅刻しちゃううよ~?」
「わ、分かったから今すぐ出て行ってく――っ!」
出て行ってくれ。そう言おうとしたが、その前に奈々が俺の布団に潜り込んできやがった。
幼馴染のモーニングコールで起こされる。どこかの成人向けPCゲームの主人公のようだ。しかし、俺にとってはただのいい迷惑。
「起きる!起きるからっ!早く離れ――むぐっ!」
またしても、俺の言葉を無視する奈々。しかも、今度なんだ……キスされてしまった。
しかも、俺はファ、ファーストキスを奪われた。こんなムードもクソもない場所、一人用ベッドの布団の中で……チーン。
◇
「ほら、早く食べてしまいなさいよ。遅刻するわよ?」
急いで、一階リビングに駆け込む俺を出迎えたのは、俺が唯一恐怖を感じない女性。母さんだった。
しかし時刻は九時過ぎと、既に遅刻だ。それなのに、遅刻するわよ?と言われてもなー。
「奈々ちゃんには先に行ってもらったから。あんたもとっとと行ってきなさい」
「ああ、あれ?今日はご飯に味噌汁なんだ」
椿家の朝食は、食パンと目玉焼きと決まっている(いや、別に決まってはいない)。
それが、今日は白ご飯に味噌汁と和風(?)だった。
「奈々ちゃんが早起きして作ってくれたのよ」
「ふ~ん。仕方ない。食べてくか」
今更急いだ所でなにも問題はない。既に一時限目が始まっている頃だからな。
俺は母さんの目の前の席に着き、奈々が作ってくれたという朝食を食べることにする。
「はむ。…………美味い(上手い)な」
二つの意味を込めて呟いた一言。それに、母さんが「でしょ~」と、可愛らしく微笑む。
最近の母さんはどこか機嫌が良い。それに、少し若返って見える。
「父さんそろそろ帰ってくるのか?」
「そうなのよ~♪ あ~もう、今すぐ帰ってきてくれないかしら」
俺の予想は的中した。
母さんがこれ程ルンルン気分の時は、大抵父さんが帰ってくる予兆だ。今だにラブラブな二人を見ていると、息子としては少し恥ずかしい。
父さんは海外出勤が多いせいで、一年でも数回しか帰ってこない。だからこそ、久しぶりに会った時の喜びというのがあるのだろう。
「んじゃまあ、学校行ってくるわ」
「ああ~元耶さん」
父さんの名前を呟いて、両手をギュッと握り締めている我が母親。せめて行ってらっしゃいぐらいは言ってくれてもいいんじゃないかな?
そんな母さんを放っておいて、俺は家を出た。
ちなみに、元耶とは父さんの事である。
◇
「すみません」
教室のドアと開けると同時に誤る俺。
クラスメイトの数人はクスクスと笑い、俺へ視線を集める。
その中の、女子の視線にビクビクしながらそろっと席に着く俺。
普通なら教師になにか言われるのだろうが、幸いにも今は数学の授業だったらしく、担当教師は光先生だった為になにも言われなかった。いや、完全に無視された。教師とどうなのだろうか?
「う……」
「…………」
隣。詳しく言うと、窓から二番目の列の最後尾の、俺の右横にいる女子生徒から異様な威圧感とでも言えばいいのだろうか?そんな感じのものが物凄く感じられる。
だが、その女子生徒は黙々とただ無言でノートをとっているだけだ。
(なんだこの空気)
周りの連中はワイワイと光先生の授業を楽しく受けているのだが、ここだけ何故か別次元のように空気が違う。
俺はずっとダラダラと嫌な汗を流し続ける。
「あ、ケシゴムガオチテシマイマシタ」
――ビクッ!
消しゴムが落ちただとっ!
しかも、綺麗に俺の足元に転がり込んでくるMONO消し。
「すみません。薫さん」
「い、いやっ、気にしなくていいぞっ!」
裏返った声で返す俺。
息を止めて、奈々が俺の机の下に手を伸ばしてくるのに耐える。
奈々のヤツ、学校ではどうやらただのクラスメイトとして俺と接するつもりなのだろうか?だが昨日のように、またいつ襲われるか分からない。
ああ、俺はこれから今まで以上にビクビクと怯えながら学園生活を送るのだろうか。
――キーンコーンカーンコーン
俺が着て十五分程で、二時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
それと同時に俺は席を立ち、急いで男子トイレへと向かうべく教室を出て行く。
「おーい、薫ー」
教室を出る際に、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたが無視だ。
今は何故か教室にいちゃいけない雰囲気だった。何故だろうか?隣に奈々がいるからだ。
なんか理由つけて話かけてくるに違いない。それに続いてクラスの連中がもし、俺の席に集まってきてみろ。俺は再び保健室に運び込まれるであろう。
「やばい、克服するどころか悪化してないか?」
昨日と今日でこのありさまだ。何度意識を失った事だろうか?
このままでは、俺はなんだか死んでしまいそうな気がしそうだ。
「うす、薫。トイレで何してんだ?」
「亮二か。少し非難を、な」
「あ~、女性恐怖症ね。まったく、お前顔は良いのに勿体無いな。ま、俺の方がイケメンだけど?」
はいはい。勝手に言ってろ馬鹿。
イケメンの癖にモテないのは何ででしょうね、亮二君。
俺でもそりゃあ、女性に興味がないわけでもないが……やっぱり怖い。
「仕方ない。俺が一緒にいってやるよ」
「すまない」
用を済ませた亮二。俺はその背にビクつきながら、隠れるようにして教室へと戻っていく。この時だけは役に立つ親友である。
「あ、薫。さっき呼んだのに無視するとか、ちょっと酷くない?」
「まあまあ、いいじゃないか。つかさ。それよりもさ――」
亮二が何を言おうとしたが、その先の言葉はある一人の人物によってかき消された。
「薫さん。次の授業、教科書を忘れてしまって、よかったら見せてもらえます?」
ニッコリと微笑みながらそう言う、奈々。いつのまに居たのかと問いたくなる。
しかし、教科書を見せろ?えと……それって、机くっつけて一緒に見ると言うことか?無理だ。そんなに接近できる訳がない。
「お、俺の教科書なら貸すから……神凪さん一人で見ればいいよ」
「そんな、薫さんに悪いですよ。あ、それから私の事は奈々って呼んでください」
笑顔を絶やさない奈々。学校では完全におしとやかキャラで通す気だ。
その奈々を見て、亮二がなにか俺の後ろで吼えている。これは男子にとっては素晴らしい笑顔なのだろう。
「か、神凪さん? 私、隣のクラスの友達から教科書借りてきてあげようか?」
どこか棘のある言い方のつかさ。それに、額にはくっきりと何故か血管マークが浮かび上がっている。こえーよ。
「あら、鈴桐さん。いらっしゃったんですか。気づきませんでした」
「い、いたんですよ。ええ、それはもう2分程前から居ましたとも」
「そうですか。あ、教科書は薫さんに見せてもらいますので、お気遣いはありがたいですが結構です」
「か、薫は別にいいって言ったわけじゃないわ」
「見せてくれますか?薫さん」
う……非常に困った。
奈々の眼が人でも殺しそうに沈んでいる。これ、もし断ったらどうなるのだろうか?俺、殺されるのか?
だが、奈々が82cm以内に入ってこられてまともに授業を受けられるかと聞かれれば、無理だ。
「薫、別に断ってもいいのよ?その時は私が友達から教科書を借りてきてあげるから」
怖い怖い怖い。女性恐怖症以外にも、何か別の恐怖をつかさから感じ取られる。
どうするか……。あーもう、なんで俺がこんなっ!
◇
「うふふ、薫君。大好き」
「…………」
耳元で小さく囁かれた奈々の言葉も今の俺には、どうでもよかった。
結局、奈々に教科書を見せると言う事になったのだが、そう言った瞬間につかさから思い切り脛に蹴りをいれられた。
今も歯をかみ締めて、足を揺すりながら俺に視線をやってくる。何をそんなにイライラしてんだか。
「薫君が私を絶対選ぶって、思ってたよ。だって、あの娘はただの友達だもんね」
俺にしか聞こえないように喋る奈々。今は素に戻っているようだ。
しかい、選ぶって何?お前が脅して決めさせたんだろうが。
てか、ちょっ!
「お前、何して――」
「なにもしてないよ?フフ」
俺太ももに手を置き、ゆっくりとなぞるようにして上へと手を運ぶ奈々。いたずらをする子共のように小さく笑う。
しかも、絶妙に机でどこから見ても分からないであろう動作。俺は硬直する体を無理矢理に動かし、奈々の手を止める。
「こんな所で手を握るなんて……。誰かに見られたら恥ずかしいな」
そう言って、ぽっと頬を赤く染める奈々。
ふざけるな。もっとヤバイ事をしようとしてたのは、お前だろうが。
だがそんな事も言えず、俺はただ奈々に対する恐怖でいっぱいだった。
もし授業の邪魔にならなければ、叫びたい。
「先生!今は授業中ですよねっ!」
「そ、そうですが。なにか?」
ダンっと勢いよく机を叩きながら立ち上がったつかさ。いったいどうしたと言うんだ?つかさらしくもない。
「いえ、ただ確認したかっただけですから!」
「は、はぁ……」
そう言って、つかさは一瞬だが俺と奈々に視線をやった。
て、あれ?奈々のヤツがベッタリ俺にくっついていた筈が、いきなりパっと離れた。
よく分からんが助かった。
「あの娘……邪魔」
ん? 今なにか奈々が言ったような気がしたが俺の気のせいだろうか。あまりの恐怖で耳までおかしくなったのか?
授業が終わったその後、俺は何故か散々つかさに叱られた。俺、今日なんかしたかな?
◇
今回は少し短めでしたが、どうでしたでしょうか?
つかさのキャラをなんとなく分かっていただけましたか?
まぁ、作者には文才がないのでよく分からなかった方が多いかと思います。
上手く表現できたらいいんですけど・・・
ではでは~。