第1話
皆さんこんにちは。あ、今はおはようございますか。 俺、椿薫。普通の黒髪黒眼の日本人、高校生。だが、俺はある事に関しては普通ではなかった。○○恐怖症。その恐怖症とは――
◇
朝の登校時間。俺はいつもと同じように、7時半ジャストに家を出ていつもと同じ通学路を歩いていた。7時半ジャストに家を出ることには意味がある。7時30分から、7時47分の間は俺と同じようにこの通学路を通る生徒は極少数だからだ。
私立工蓮高校。この街で唯一の共学。唯一と言っても、街には三つ高校がある。女子高、男子高、共学高。その一つなだけ。
そんなごく普通の共学高校に俺は通っている。だが、そのごく普通の共学高校ですら俺にとっては苦痛の毎日である。
「おーい。薫~、おはよー」
この、7時30分から7時47分の間の登校時間に俺に声を掛ける人物。 俺は、その、女子高生特有の高い声にビクッと体が反応した。それと同時に寒気が体を取り巻く。
ふと、その声がする背後に振り返ると結構な勢いでこちらに走ってくる、工蓮高校の制服を着た女子生徒一名。
「ス、ストップ!止まれ!止まって下さい」
俺は、大声でそう叫ぶと同時に、俺に向かって走ってくる女子生徒に直角90°に腰を曲げて頭を下げる。そんな、男のプライドもくそもない行動に、女子生徒は「はぁ~」と小さくため息をついて、俺との距離約1.5mの所で急停止。
「あんたの、それ。いつになったら直るんでしょうね?」
やれやれ、と言った感じに腰に手を当てる女子生徒。 少し茶が混じっている黒髪を後頭部らへんと言う少し低めの位置でツインテールにしている。それでも、なお腰辺りまであるその長髪がフサっと左右に揺れる。
「わ、分からん。でも簡単には……」
「そうよね。中学の3年間。ずっと変わりなしだったもんね」
この、女子生徒。 鈴桐つかさ。つかさって名前は、漢字で書くのではなく平仮名なんだそうだ。 そんな、つかさとは中学3年の頃に色々あって、今は俺の数少ない女友達の一人。
背は女子にしてはやや高め。その、学校指定のミニスカートによってさらけ出しているツヤツヤな長い足がより背を高く感じさせる。
ルックスも、そこそこで下手なアイドルなんかより美人。 そして、極め付けにその女子高生にしては少し大きい胸。普通に、街を歩いてたらすぐナンパでもされそうだ。
「何ジロジロと見てんのよ」
「まさか。俺が女相手にそんな事が出来るとでも?」
「むっ。今日は、気合入れてきたのに……」
「ん?何か言ったか?」
「別に!」
理由は分からないが、どこか不機嫌そうなつかさ。まぁ、朝からこんなに俺に引かれてるんだから不機嫌にもなるよな。ほんとごめん、つかさ。でも、俺のこれ……“女性恐怖症”はどうにも、今の段階では克服できそうにもない。
俺の恐怖症。それは、女性に対するものである。 つかさとは、長い付き合いだからそれ程でもないが、女性に視線をロックされると、ビクビクと体が震える。近づくのも最高で82cmが限界。触れられたら、オーバーヒート。体の自由が効かなくなる。 最悪、気絶した事だってある程だ。
これは、端から見ればただのヘタレ男子なのだろうが、俺にとってはもの凄く苦しい事。 生きている限り、女と出会うのは避けられない。だから、俺はいつも恐怖に支配されている……。
女性恐怖症の俺を、共学ではなく男子高に入れると言う話も、色々と持ち上がった。だが、社会に出た時の事も考えて学生の内に克服させようという事で共学に入れさせられた。
こんな俺でも、昔から女が怖かった訳ではない。幼い頃、ずっと一緒だった女の子が原因で俺はこうなってしまった。だが、それと同時に俺が原因でその女の子も変ってしまった。その子が転校して、月日が流れ、成長した今。思えば最低な事をしたのだとつくづく思ってしまう。
「ねえ。ねえ薫ってば!」
「え!? ああ。何?」
「もう!薫がボケーっとしてるから、眼を覚まさせてあげたんじゃない」
「はいはい。それは、どうも」
つかさ……こんなにも、女性恐怖症の俺に拒絶されてるのに友達で居てくれている。素直じゃない所もあるが、根は凄くいい奴なんだと改めて思うよ。まったく。
だからこそ、あの子のように傷つけて変えてしまうのが怖くなる。
「つかさはさ、何でこんな俺にかまったりしているんだ?」
「何言ってんの?意味分からない」
「だってさ、今もこんなに距離とったりとか、俺に付き合ってると色々と気をつかうだろ?それなのに、俺は女を克服できないままだし。正直面倒くさいし、嫌いにもなるだろ?普通」
俺が、何げなく青く雲一つない空を見上げながら、言う。
その言葉を聞いたつかさは、今歩いてる通学路の道のど真ん中で立ち止まった。いったいどうしたのかと思い、振り返ると黙って地面に俯いている。 どうしたのだろうか?気分でも悪いのか?
そう思った時。つかさの口が開いた。
「嫌いになんかならないよ。だって、私……薫の事。ずっとあの時から……」
あの時?ああ。もしかして、中学1年の……確か8月の夏休みの時の事を言ってるのだろうか? あれは、俺とつかさが初めて知り合った時の事だっけか……。
にしても、俺の事がどうかしたのか?
「薫……放課後言うつもりだったけど、今言うね」
「うん?なんだ。放課後聞くつもりだったが、今聞こう」
そう言って、つかさは手をモジモジとしだしたかと思えば、今度は顔を真っ赤にして俺を見つめる。
う……。そんな、つかさの視線によって俺の女性恐怖症と言うヘタレ病が発動。ビクビクと震える。今すぐにでも、どこかに隠れてしまいたい。だが、それではいつまでたっても克服なんて出来る訳がない。必死に震える足をふんばり、心を強くする。
「私ね、薫の事す――」
「おー!朝から仲がいいですな。お二人さん」
「…………」
つかさの言葉を、絶妙なタイミングで遮る男子生徒一名。こいつは、つかさと同じく中学一年の頃に出会った俺の親友でもあり、悪友でもある。名は、杉山亮二。そして、亮二の登場でさっきまで真っ赤になっていたつかさは、恐ろしい程に冷たい視線で亮二を睨みつけている。
あれには、別に女性恐怖症でもなんでもない亮二ですら恐怖を感じているらしく、俺と同じようにビクビクと体を震わせている。
そこで、俺は勇気を振り絞りつかさに話しかける。
「つ、つかさ……?さっき何て言おうとしたんだ?」
「何でもないわ……」
そ、そうですか……。
その後は、不機嫌オーラを出しまくりのつかさと、それにビビル男子生徒二名。俺と亮二は会話もなく学校へと、通学路をスタスタと歩いていった。
◇
「おい、薫」
「なんだよ亮二。つかさのご機嫌はちゃんととったのか?」
「いや、それはまだだが……それよりもだ」
席に着くなり、そうそうに亮二がさっきまでとは大違いに元気ハツラツで俺に話しかけてきた。だがな、亮二。つかさの機嫌よりも大事なってのは、よっぽどたいした話なんだろうな。
ちなみに、俺の席は窓側の一番後ろの席。これも、俺の女性恐怖症の事を知っている担任がしてくれた事だ。これ程いいポジションはない。更に言うと、隣の席には女子なんてのは居ない。勿論男子もだ。と、言うよりも元から最後列には俺しか居ないんだよな……。
「転校生が来るんだよ。転校生が」
「へ~」
「なんだよ。もっと盛り上がれよ。それと、俺は、女子である事を心の底から願うぜ」
転校生ね~。男子である事を俺は願うね。もし、女子であって見ろ。俺の事情を知らずに喋りかけて、どうなるか分かってるだろうが。それに、ただでさえこのクラスは女子が男子より多いってのに、これ以上女子が増えるのはきつい。
多いっていっても、男子17名。女子19名と、たった二人だけなのだが、それでも俺にとっては多いのだ。
「お~い。席に着け馬鹿ども~」
チャイムが鳴り、いきなり自分のクラスのかわいい生徒を馬鹿呼ばわりする教師が入ってきた。
教卓には、いつもやる気のない女担任。西条光先生が、黒板に背を預けて立っている。黒のスーツの下からは、裾が出たまま。ネクタイは締めなくてもいいんじゃないかと思うぐらいのゆるゆるさ。肩まである綺麗な筈の金髪はボサボサ。眼は半開きと、本当に教師なのかと疑いたくなる。それ以前に、女としての自覚はないのだろうか?
「お前等喜べ~。今日はこのクラスに転校生がくるんだぞ~」
そんな事をサラッと言う西条先生。だが、その言葉はしっかりとクラス全員の耳に伝わっている。てか、もう皆知ってますけどね。噂ってどこから出てるんだろうね?
「先生!その転校生は、男ですか?女ですか?」
皆の代表として、聞くのは勿論亮二。勢いよく立ち上がり、右手を大きく天井に向ける。 そして、時間差で椅子がガシャーンと倒れる。後ろの席の奴に迷惑極まりない。
「気になるか~。よ~し。私に跪けば教えてやらんでもないな~」
その言葉を聞くなり、皆のやれと言う視線が亮二を貫く。亮二も亮二で、何の躊躇いもなくつかつかと西条先生に近寄り、膝をつく。
「転校生は……男ですか?女ですか……?」
そう言いながら、額を床につける亮二。プライドも何もないのかと思ってしまう。だが、それを言うなら朝からつかさに頭を下げた俺もそうだ。
にしてもだ。転校生は男ですか?女ですか?と聞きながら土下座をするのは、何というか滅茶苦茶違和感バリバリだな。おい。
「まあ冗談はこのくらいにして……と」
ひでぇ。
「女だ。それも飛びっきりの美少女だ」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
野獣の叫び。青春真っ只中の思春期男子高校生にとっては、これ程喜ばしい事はないだろう。転校生は女。しかも、あの西条先生がとびっきりの美少女と言うのだから、男子としては盛り上がるのは当然だ。
だが、俺は落ちていた。 肘をたて、ふと窓から朝も見た雲一つな青い空を眺める。
「なんて、青い空なんだ……」
俺が、窓から視線を元に戻すと、俺の席から斜め前の前の前の席にいるつかさがこちらをチラと見てきた。そして、再びビクつく俺。
そんな、俺を見てつかさは何故かホッと安心するかのようにその大きな胸を撫で下ろす。なんだか、今日のつかさは朝と言い少し変だな。
「それじゃあ、入ってこ~い」
西条先生のやる気ののない声とともに、教室のドアがゆっくりと開かれる。
入ってきたのは、日本人特有の黒髪をつかさ並みに長く伸ばして、それをポニーテールと言う馬の尾のように結んでいる。
そして、きめ細かい白い肌に、身長は女子高生のそれ。スタイルもよく足も長い、つかさにも引けをとらない美少女。西条先生が言うだけの事はある。男なら誰もが、その美の虜になりそうなもの。 実際に、クラスの男子一同は飛び跳ねたりと大騒ぎ。
だが、俺は違った……。足の振るえが止まらない。寒気がする。鳥肌が一気に全身を覆う。初めての女に対しては、やはり怖いが、見られてもいないのにここまで恐怖を感じることはない……。
「神凪奈々(かんなぎなな)と言います。小学生6年の頃にこの街から引っ越して、三年と二ヶ月ぶりに帰ってきました。どうぞよろしくお願いします」
簡単な自己紹介を終わらせると、彼女は小首を傾げてニコっと微笑む。そのかわいらしい笑顔は男子を更に盛り上げ、女子ですら、嫉妬などではなく、ただ純粋にかわいいと思ってしまう程。
(奈々…………)
――ガクガクガク。心と体の底から恐怖が込み上げてくる。
福谷奈々……。見違える程の美人になってはいるが、俺にはすぐに分かった。
俺の女性恐怖症の原因である、幼馴染。あの頃の恐怖は、俺の奥深くまで植えつけられている。そのせいで、今だ女性恐怖症を克服できていない。
あいつ……帰ってきたのか。でも、俺に気づいていない?そうだ。俺も変ってるんだ。あいつが気づかないという可能性もある。だが、奈々の奴あれはもう治ったのか?あの様子からして、普通の女子高生のようだ。しかし、何だこの感じ。昔とまったく同じ恐怖をあいつから感じるのは何故だ。
◇
(最悪だ……。よりによって、奈々の奴が俺の隣の席とは……)
普通に考えれば何もおかしくはない。俺のいる最後列は、俺一人で隣には誰一人としていないのだから、奈々がすぐ横に来るのは当然と言っていい。
だが、こいつ。本気で俺って事が分かっていないのか?今の性格からして、ありえない話でもない。あの時のままだと、すぐに俺だと分かる筈。だが、今のこいつはおしとやかな普通の美少女女子高生。
この、違和感は俺の気にしすぎか? まあそれならそれで別に構わない。
「椿、薫さん。神凪奈々です。これからよろしくお願いします」
「え?あ、ああはい。こちらこそよろしくお願いします……」
自己紹介時同様に微笑みながら、クラスメイトの名前と席位置を書いたリストを見て、俺に礼儀正しく挨拶をしてくる奈々。こいつ、俺の名前を見ても、本当に初対面のように接してくるな。本当に俺の事忘れてしまっている様子。あれだけ酷い事をしたんだ。忘れていてもおかしくないか…… なら、それ程ビクつく事もないな。
そんな事を思いながら、俺はいつもと同じように授業を受けた。
◇
一時限目の授業が終わり、転校生の宿命として奈々がクラスメイト一同から質問攻めにあっていた。笑みを絶やさずに楽しくクラスメイトとの質問に答える奈々。勿論その中には多数の女子。俺は隣の席にはいられなくなり、亮二の席に居た。何故わざわざ亮二の席に行く必要があるのかと言うと、俺は少し調子が悪かった。
授業中の間、ずっと隣の奈々から異様な視線を何度か感じたからだ。俺はとにかく無視して耐えきったが、あれはただ隣である俺に興味があると言うだけの事だろうか? 本当は、覚えているんじゃないか?そんな事をずっと考えているとどんどん体の調子が悪くなったと言う訳だ。
「ねえ薫。大丈夫?」
「つかさ……か」
亮二の机に突っ放していた俺に声を掛けてきたのはつかさだった。ある程度俺の為を思って、距離をとっているが心配してくれえいるようだ。
「保健室行く?」
「ああ。そうしようかな……体の調子悪いし」
「一人で行ける?私もついていこうか?」
「いや、いい。一人で大丈夫だ」
そう言って、俺は教室を出ようとした。その時、ふと背後から声をかけられた。
「椿さん?どこかに行くんですか?」
その声の主が誰なのかはすぐに分かった。ゾクっと俺の背中に冷や汗がツーと流れるのが分かる。ゆっくり振り向くと、そこにはクラスメイトに囲まれながらも、俺に視線を向ける奈々。
そう、俺に声をかけた主は奈々。
「いや、少し保健室に……」
それだけ言い残して、俺は教室を出たと同時に保健室までもうダッシュ。ただ、今すぐにでもどこかに逃げ出したかった。奈々が俺を忘れていても、俺はあいつの事をよーく覚えている。
その記憶のせいで、奈々に俺は恐怖してしまう。
「すみません。少し体調が悪いんで、休ませてもらってもいいですか?」
「あら、椿君。また、いつもの女性恐怖症?」
「はい……」
俺は、ちょくちょく保健の先生にお世話になっている。今みたいに、たまに女性恐怖症のせいで体調を崩す時があるからだ。
保健室の久遠怜奈先生。眼鏡をかけた女の人。男子生徒からは、絶大な人気を誇る先生である。
そんな、久遠先生を含め俺の女性恐怖症と言う事は教員全員が知っていて、色々と克服できるように協力してくれてたりもしている。
「じゃあそこのベット使って。誰も居ないからゆっくり出来ると思うわ」
「はい。度々すみません」
「いいのよ。あ、私はちょっと用事で、今から出張だけど一人で大丈夫?」
「はい。おかまいなく」
「そう?じゃあ、ゆっくり休んでいってね」
そう言って、久遠先生は保健室を出て行った。
俺は、久遠先生に言われたベットに横になり布団を肩までかる。
「…………」
静かだ。この時間が俺にとっては天国にでもいるように感じられる程に、気分が楽になる。そう考えると、すぐに睡魔が俺を闇へと誘ってくる。俺は、何の抵抗もせずにそのまま意識を睡魔にゆだねた……。
ども。短編で投稿した作品を、連載として投稿していきます。
更新は不定期になるかと思います。
では、これからよろしくお願いします♪




