結婚直前にハニトラにかかったと見せかけて脱走した元旦那様、慰謝料請求のため追手を差し向けますのでお待ちください
その男は、逃げた。
結婚式まであと三日。
帝国暦三二一二年、春。
軍事名門ヴァルディエ家の令嬢――エレオノーラ・ヴァルディエの婚約者であった男、
帝国参謀本部エリート将校 ルーク・ハインツ少佐は、
「敵国のハニートラップにかかった」という噂だけを残し、姿を消した。
「……随分と、都合のいい話ですこと」
エレオノーラは静かに紅茶を置いた。
指先は微かに震えているが、表情は氷のように冷たい。
ルークは逃げる前夜、婚約者という立場を盾に、彼女の婚前の純潔を踏みにじった。
それがどれほどの意味を持つのか――
貴族社会において、軍事一門において、そして何より彼女自身にとって。
責任も、謝罪も、慰謝料も置き去りにしての逃亡。
「私のせいにしておいて、とんずら。 しかも敵国ハニトラのせいにするなんて……随分と、舐められたものですわね」
その瞬間、エレオノーラは決めた。
――軍を動かすと。
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ヴァルディエ家は代々、帝国陸軍を支えてきた軍事一門。
机上の貴族ではない。
現役将官、特殊部隊指揮官、諜報畑の化け物たちが、
親族として普通に食卓を囲む家系である。
「対象:ルーク・ハインツ元少佐」
「罪状:婚約破棄に伴う慰謝料未払い、名誉毀損、逃亡」
「加えて――私的に、許しがたい行為」
作戦会議室に、重い沈黙が落ちた。
「……捕縛ですか?」
「ええ。生きたまま」
エレオノーラは背筋を伸ばし、告げる。
「裁判に立たせます。逃げ得は、ヴァルディエが許しません」
三週間後。
山岳地帯の廃補給基地で、
ルークは包囲された。
「な、なんでここが……!」
「お久しぶりですわ、元・婚約者様」
月明かりの下、装甲車から降り立つエレオノーラ。
軍服姿の令嬢は、もはや花嫁ではない。
「ハニトラ? 敵国? 違いますわね」
彼女は静かに告げた。
「あなたは、慰謝料を払わず逃げた犯罪者です」
拘束具が嵌められ、軍事エリートだった男は、あっけなく地に膝をついた。
「裁判まで、しっかり護送します。 その間――逃げる権利は、ありません」
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後日。
帝国軍事裁判所にて、
ルーク・ハインツは有罪判決を受け、
莫大な慰謝料と終身的な社会的制裁を課された。
そしてエレオノーラは、
再び前を向く。
「……結婚?
ええ、いつかは。 ですが次は、逃げない方にしますわ」
軍靴の音を響かせ、
令嬢は新たな戦場へと歩き出した。
たまに「それハニトラかかってないよね」っていうことありますよね




