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ひまわり

作者: 桂木 京
掲載日:2025/11/12

お母さんは、私が小学生の時に死んだ。


交通事故。

私が帰ると、お父さんが真っ青な顔で私を迎えた。



お葬式の日。

親戚や近所のおばさん、お父さんもわんわん泣いていたけど、私は泣かなかった。

泣けなかった。



「こんなの、ドッキリだ」


そう、思っていたから。



実感したのは、それから何日かしてから。

お葬式から何日かは、おばあちゃんがご飯を作ってくれていた。


そんなおばあちゃんも家に帰って、その日の夕食は、小さい器に入った、唐揚げ弁当だった。


ご飯だけあったかくて、唐揚げは冷たく、固かった。

その時初めて、私は泣いた。


あぁ、お母さんは、もう戻ってこないんだな、って。


お父さんは、そんな私を見ながら、


「ごめんな……ちゃんとしてやれなくて、ごめんな」


って、謝ってた。




それから、私は出来ることは自分でやろう。不自由を感じるなら、感じないくらいに出来るようになろう、と頑張った……と思う。


仕事で忙しいお父さん。

家事は全部、私がやった。


掃除、洗濯。

料理だって、お父さんより上手くなった。


でも、いつ出ていくか、いつ帰ってくるか分からないほど忙しいお父さんに、弁当のひとつも作ることは出来なかった。


「適当に済ませるから大丈夫」


お父さんは、いつもそれ、だった。


ひとりでご飯を作り、出来立てのご飯をひとりで食べる。

そんな生活が続いた。


この時から、


私は、ひとり。


そう思うことにした。

お父さんが働く理由も知っている。

でも、下手に期待をしてしまったら、叶わなかったときに落ち込んでしまう。


だったら、最初からひとりだと思った方が、気が楽だ。


そう、思うことにした。





――――――――――




「ひまわり~、お見舞い来たよ!」



15歳になってすぐ、私は倒れた。

それまでは普通に遊んで、普通に運動する普通の女子中学生だった。


この前、風邪をひいた。


それっきり、私は入院した。


「ただの、風邪なんでしょ?」


そう聞いたら、お父さんは、


「他に悪いところが見つかっちゃったから、これから治していくんだって。……大丈夫、すぐに済むよ。」


と答えていた。



そんなお父さんとは、これまで以上に会わなくなった。

早朝から深夜まで働くお父さん。

私が家に居られなくなったから、余計に会わなくなった。

別に、苦労もないし、そんなもんだって思っていたから、怒りも悲しみも無かった。


大丈夫。私はもともとひとりだったんだから。


授業参観も、運動会も文化祭も、お父さんは仕事を理由に来なかった。

他の子のお父さんは、毎回笑顔で娘たちと接している。



━私に、お父さんはいなかった━


そう、割りきろう。

いつのまにか、私はそう思うようになった。



「ひまわり、どうしたのー?」


「……なんでもない。」



どうしてお父さんは……お母さんは、私の名前を『ひまわり』にしたんだろう。


ふと、思った。


こんなに卑屈で

こんなに性格が悪くて

下ばかり見ている私。


『ひまわり』とは真逆の、私……


「……自分の名前が、どんどん嫌になってく……」


つい、呟いた本音。


「なんでー?可愛くていいじゃん!」


うっかりしていた。周りには友達が来ていたのをすっかり忘れていた。


「……ひまわりの、イメージは?」


「んー、明るくて、元気で?……太陽の方をいつも向いてる!」


友達の率直な意見に、ついつい笑みがこぼれる。


「……でしょ?……私とは真逆じゃない。」


だから、嫌だったのだ。


こんな名前なんて。



『ひまわり』という名前なんて……。




――――――――――――――




それは、唐突だった。



入院して半月経ち、病院生活にもだいぶ慣れた。

そんな夜、少しだけ喉が渇いたので、ロビー脇の自動販売機まで、飲み物を買いに行った。



「……お父さん?」


ロビーの長椅子に座っていたのは、お父さんと、私の事を診てくれている先生だった。


思わず、物陰に隠れてしまう。

こちらからは、二人の会話は聞こえない。

でも……


お父さんが、泣いていた。

先生が、お父さんの肩に手を置き、何か励ましているように見えた。

それで、何となく、私は悟った。


「そっか……私は死んじゃうんだ……。」


胸が……心が軋んだ。


そのあと、どうやって病室に戻ったのかは覚えていない。


喉は渇いたままだったが、何も飲む気にならなかった。……というより、驚きすぎて何も買っていない。


その夜は……眠れなかった。



それから、お父さんは頻繁に病院に来るようになった。


病室にもちょくちょく来て、私に声をかけてくるようになった。

そんなお父さんが、私はとても嫌だった。


「ひまわり?……聞いてる?」


上の空の私に、お父さんが問う。

それが、引き金になってしまった。


「お父さん……仕事は?」

「いまは、ひまわりと話をしていたいんだ。」


「どうせ……私が死ぬからでしょ?」


お父さんの表情が、凍りついた。


「どうせ私がもうすぐ死んじゃうから、最期に父親として接しようってだけでしょ!……授業参観も、運動会も文化祭も……来なかったくせに!こういう時だけ父親面、しないでよ!!」


「ひまわり……お父さんはそんなこと、思ってないよ?」


困った顔で、ひきつった笑顔で……お父さんは言う。


「うるさい!私には最初からお父さんなんていない!……もうすぐ私は死ぬんだから!ひとりで死んで、勝手にみんなに忘れられるんだから!……もうほっといてよ!」



言いたいことを、父にぶちまけた。


━━パンっ━━


次の瞬間。

私の左頬に衝撃が走った。

それからじわじわと、痛みがついてくる。



「死なせるわけないだろ!……ひまわり、お前は絶対に、死なせないよ!!!」



振り絞るように叫ぶと、父は勢い良く部屋を出ていった。


私は……唖然とした。



お父さんに殴られたのも、怒鳴られたのも……



この日が、生まれて初めてだった。


お父さんに叩かれてからと言うもの、私と顔を合わせることが無くなった。


着替えとか、差し入れとかは、私が検診している間に病院に持ってくるらしい。


それでも、頻繁に病院に来ることは変わっていなかった。



ある日、私は担当の先生に、自分の病気について聞いた。


「肝芽腫といって、肝臓に出来る悪性の腫瘍です。癌のように転移することはありませんが、切除しないと生命に関わる事になりかねない。ひまわりさん、あなたはまさにその状態だ。」


まぁ、「死ぬ」と自分で思っていたのだから、どんな病気でも別に関係なかった。


「……そうですか。余命は?」


淡々と聞いて、答えた。


「歳を追う毎に悪くなる。それが何年先かは分かりませんが。」


つまりのところ、「分からない」と言うことらしい。


「治す方法はあるんですか?」


別にどちらでも構わなかったのだが、ためしに聞いてみた。


「生体肝移植。……適合するドナーが見つかりさえすれば、早めに手術をしたい。……ドナーが見つかれば、の話ですが。」


良く話を聞いてみたら、適合しない臓器で無理やり手術をすると、合併症などを起こして死ぬらしい。


しかも、だいぶ辛いらしい。


出来れば、私はもっと生きたい。

でも、この世は私ひとりで……そう思ったら、生きてても死んでも同じかな、って思ってしまった。


「簡単に……見つからないんでしょ?ドナーって。」


冷めた気持ち。

こんなに自分の事がどうでもいい、と感じたのは初めてかもしれない。


「家族でも、適合しない場合もあります。確率は、五分五分……。でも、世界は広い。何十億もの人がいるんですから、見つかりますよ。」


優しい笑顔で語る先生。


「……スケールの大きい話ですね……」


その優しさが、なんだか胸に異物をねじ込まれてるような、そんな違和感を生んだ。


「お父さんも、検査しましたよ?」


私は、一瞬……頭が真っ白になった。


「適合、するといいですね……」


この先生の言葉は、本心だったのかもしれない。でも、私は……


「するわけないですよ。……お父さんとは、しばらく話してないし……」


たぶん、この時の私は、すごく嫌な顔をしていたのだと思う。



「……あの人は、お父さんじゃないから。」





―――――――――――――――




生体肝移植。


私の肝臓のドナーを探して、1ヶ月が経った。

悪くなったからなのか、身体が毎日重くて、しょっちゅう熱が出るようになった。


病院のご飯も、何だか味が薄くて、美味しくないものが続いた。


友達も、そんな私に遠慮してか分からないけど、あまりお見舞いに来なくなった。


検査の時に、花瓶の花が時々取り替えられている。

身の周りに起こる変化はそのくらい。

何だか、疲れた。


そんなタイミングで。


「検査の結果、お父さんの肝臓は適合しませんでした。」


申し訳なさそうに、先生が私に告げた。


期待なんて、全然してなかったけれど、


「……やっぱりね。」


……そう言ったとき、何故か胸が痛んだ。



2日後、私が起きて病室にいたときに、お父さんが来た。


「……元気か?」


「……びょうき。」


「……そうだよな。」


つまらない会話。お父さんは花瓶の花を取り替える。


また、小さなひまわり。


目が合いそうになって、慌てて逸らして窓の外を見る。


……外は、真っ赤な夕焼けだった。


「……何しに来たの?」


「お父さんだからな。娘の顔を見に来たよ」


「今さら、お父さんって?」


「仕事は有給を取った。これからはもっとひまわりを……」


「……来ないで。」


夕焼けがキレイだったのに。

素直になれたはずなのに。


私は、父を突き放した。


「何がひまわりよ……もう死ぬのに、太陽を向けるわけ無いじゃない!……沈む夕日を見てた方がお似合いよ!」


苛立ちを

怒りを

絶望を

諦めを


まとめてお父さんにぶつけた。


「そうだよな……今まで、何もしてやれなかったもんな……。ごめんな、ひまわり。手術が成功するまで、顔、合わせないようにするよ。身体は……大切にな?」


立ち去ろうと踵を返そうとするお父さんの顔を、一瞬だけ見て、その時胸が締め付けられた。



お父さんは、泣いていた。

夕焼けが赤くなかったら

夕焼けが眩しくなかったら

きっと気づかなかっただろう、お父さんの涙。


頬を一筋、光らせて、お父さんは去った。



残された私と共にいたのは、夕焼けに照らされて、まるでオレンジ色の、小さいひまわりだけだった。




――――――――――



「ドナーが見つかりましたよ。」


さらに半月後、先生が私に告げた。


「……そうですか。」


いろんな事に疲れ、呆れていた私への朗報は、気休めでしかなかった。


「お父さん、検査の結果を見て涙を流して喜んでいましたよ?良かった……これで娘を助けてあげられる……って。」


その時の私は、どうしてお父さんが泣いて喜ぶのかが理解できなかった。


(来ないでって言ったら、本当に来ないほど放っておいたくせに……。)


「じゃぁ、手術まで穏やかな気持ちでいたいから、お父さんの話、これから一切しないで下さい。」


私が先生にそう言うと、先生は何かを言いかけた気がしたが、すぐにその言葉を飲み込み、


「手術は成功させますよ。最高のドナーを見つけましたから。手術、1週間後に行います。」



と、静かに出ていった。





そして1週間後。

手術の日。



「ひまわりさん、行きますよー」


明るい看護師さんにストレッチャーを押されて、手術室へ入る。


別にひとりで死ぬつもりだったから、何も怖くない、

……と思っていたけど、やっぱりひとりの手術室は、少し怖い。


「ねぇ……」


思わず、先生に声をかけていた。


「どうしました?」


「私……死ぬかもしれないから、言っとくね。」


先生は大丈夫って言ってたけど、生まれて初めての手術。何かあったら、と思うと話さずにはいられなかった。


「お父さんに……ちょっと酷いこと言ったかも。……私が死んだら、かわりに謝っておいて……」


私が死んでも、お父さんは楽になるから別にいいだろう。でも、あのときの、夕焼けの日のお父さんの涙は、正直キツかった。


「麻酔……打ちますよ。」


先生は何が可笑しいのか、笑いながら私に言った。


「謝りたいなら…………」


隣に、今回肝臓の半分を提供してくれる、ドナーのストレッチャーが並んだ。


「……手術が終わったら、自分の口で、言ってくださいね。」


微睡みかけながら、隣のドナーの顔を見る。


「頑張れ、ひまわり!……絶対に良くなるから!肝臓でも心臓でも、血液でも全部やるから!良くなってくれ……!」


もう眠くて。

視界はぼんやりしていて、隣の人の顔は見れなかった。




でも、




お父さんの声が聞こえた、気がした。




―――――――――――――――




手術は、無事成功した。


5時間にも及ぶ、長いものだったらしい。

しかし、肝臓は見事に適合し、術後も合併症は発症しなかった。


「あとは、ちゃんとお互いの肝臓が、ひとつのものとして機能してくれれば、もう今後は心配ないですよ。」


先生が、胸を張って笑顔で言う。


……ふたりに。


私のとなりには、お父さんがいた。

私と同じように、ベッドに。点滴を打たれながら。


「……なんで?」


私が聞く。


「肝臓をあげるって言ったら、要らないって言いそうだったから……」


お父さんは、ただ苦笑い。

先生が、たまらず助け船を出す


「私、言いましたよ?最高のドナーを見つけましたから、って。それに、検査の結果を見て、涙を流して喜んでいましたよ?ってね。」


いたずらっぽく笑う、先生。


やられた。



確かに聞いた。ただそれは、別のドナーの検査のことだと思っていた。別のドナーの検査の結果を聞いて、涙を流して喜んでいたのだと。


「しばらくお見舞いに来てたのは、お父さん自身の検査のためだったんです。娘さんのお見舞いに来ないのに、病院にいたら、あなたも不思議に思うでしょう?」


きっと、そうだった。

変に勘ぐって、また悪態をついたに違いない。


「手術前に会えなかったのは、お父さんにも術前準備が必要だったから。お父さんは、いつでもあなたの事を心配していましたよ。」


お父さんの様子が、勝手に浮かぶ。


そう言えば……何だかんだでいつでも私のため……だったんだな。仕事するのも、私に辛い思いをさせないため。


服や靴をねだって買ってもらう度、お父さんのお酒の量が減っていった、気がする。


「お父さん……」


何かを言おうとするが、言葉がでない。

散々、お父さんに悪態をついてきて、乱暴な言葉をぶつけて……


……今さら何を言えばいいのか。


「お父さんのことは、嫌いなままでいいよ。八つ当たりだってしていい。でもねひまわり……」


お父さんは、また涙を流した。


「死ぬなんて、お父さんには絶対に言わないでくれ……。お父さんは、ひまわりが生きていてくれるだけで、じゅうぶんだから。幸せだから。」



私は、自分の愚かさに腹が立った。

こんな愚かな娘に対しても、お父さんの愛情は小さいときから変わらなくて……


「ごめん……なさい!」


涙が止まらなかった。お父さんは、必死に手を伸ばし……



私の頭を、撫でてくれた。




―――――――――――――――




私たちは、ふたり揃って退院した。


入院中、お父さんとは、ずっと話した。

学校のこと、友達のこと、勉強のこと……

好きな人はいるのかとか、好きな芸能人はなんだ、とか……

いろいろお父さんに聞かれた。


私も、お父さんのことを聞いた。


仕事のこと

家計のこと

私のこと

……お母さんのこと。


お父さんは、照れたり苦笑いしながら、全てしっかりと濁さずに教えてくれた。



私たちの会話は、まるですれ違った何年もの溝を、少しずつ埋めてくれているようだった。



お父さんは、仕事の量を減らすことになった。

……というより、減らさざるを得なくなった。

自身の肝臓が半分になったことで、肝機能の低下は否めない。

これまで通りの仕事は負担が大きいから、最低限度、生活に支障がないくらいの仕事に抑えることとなった。



「お父さん……私、高校出たら、働くよ。」


「短大とか、大学は良いのかい?」


それでも、お父さんは、私のことばかり考えて。


「進学したいなら、すればいい。今の奨学金制度は親切なんだ。仕事が減ったからって、特に問題はないさ。」


一度は進学も考えた。奨学金を借りて、就職したら自分で返そうと思っていた。


でも、今はやりたいことが出来た。


「うん。働きたいの。……お父さんにもらった身体で、しっかり働きたいの。そうすれば……」


いつになるかは分からない、いつかそうなれば……いいなと思う。


「大変なことだって、きっと半分こになるよ。」


お父さんは、それを聞いたら、目に涙をためて。


「……歳をとると、ダメだね。涙もろくなっちゃう。」


と、笑ってみせた。



「ひまわりって名前はね、向日葵から取ったんだ。お父さんと、お母さんでね。」


突然、私の名前について、お父さんが口を開いた。


「雨に打たれても、風に吹かれても、しっかりと根をはって、太陽の方をしっかりと見据えて。大きくて眩しい花を咲かせるんだ。」


お父さんの手が、私の頬に触れる。

ざらざらしてて、ちょっと硬くて……


「私たちの娘が、そんな風に眩しく育ってくれたら、いいなって。……ひまわり、お父さんとお母さんの願いを叶えてくれて、ありがとうね。」




……涙が出ちゃうくらい、暖かかった。




――――――――――――――




手術から、2年が経った。



私は、お父さんと暮らしながら、広告代理店で働いている。

まだまだ下っぱ。嫌味な先輩と、お局様にストレスを感じながらも、同期と一緒になんとか、頑張っている。


「じゃぁ、行ってくるよ。」


「お父さん!!お弁当!!」



家事は、分担することにした。

ゴミ捨ては、お父さん。通勤路にごみステーションがあるから。

炊事は、私。お父さんよりも出勤時間が遅いし、早く帰ってくるから。

掃除は、休みの人が休みの日に少しずつやる。

洗濯は……それぞれ自分でやることになった。さすがに下着をお父さんに洗われるのは、抵抗があった。



緑色の袋に入れた、お弁当箱をお父さんに渡す。


「いつもありがとう。」


お父さんが、笑って受け取る。


「……いいえ、こちらこそ!」


私も、笑顔で返す。


「ひまわり、たまには外食でもしないかい?」


お父さんが、珍しいことを言う。


「ん?……記念日だっけ?」


私が問うと、お父さんは、


「……いや、何となく、外食したいな、って。」


なんだか苦笑い。私はそれが面白くて。


「お店、私に任せてくれたら、外食でもいいよ?」


お父さんは、良かったー、などと呟いて。


「どこに行きたいかは、メールで教えて。仕事終わったら真っ直ぐ向かうから。」


子供みたいな満面の笑み。


「うん、行ってらっしゃい!」


そんなお父さんを、笑顔で送り出し……

姿が見えなくなったところで、携帯を出す。


「もしもし、予約していた者なんですけど……」


外食は、最初からするつもりだった。

お父さんのお弁当も、今日は少しだけ豪華にした。

ガラじゃないけど、中には手紙をしのばせた。


「はい。お誕生日、おめでとう……で良いです。シャンパンは……ちょっと良いものを。支払いは、先に済ませたいのですが……」



今日は、お父さんの誕生日。


私に肝臓の半分をくれて、幸せを一杯くれた、大好きなお父さんの誕生日。


お弁当、ビックリしてくれるかな?

手紙読んで、泣いてくれるかな?


今日のディナーは、フルコースだよ?



私、昔から素直じゃないから、言葉に出すのは下手だけど。


大変なことをお父さんと半分こしながら生きていても、その分、たくさんの愛情と、幸せをもらってるんだよ?




お父さん、お誕生日おめでとう。





……いつも、ありがとう。







――――――――――――――――




《お父さんへ》



お父さん、お誕生日おめでとう!


お父さんに肝臓を半分もらってから、2年が経ちました。

やっぱり、私たちは、家族なんだね。 先生が言ってた。

お父さんにもらった肝臓、すっかり私のと1つになってるって。



でもね、今気づいたの。

お父さん、肝臓半分くれて、私はひとつ分丸々あるけど、お父さん、半分こしてくれた分、半分無いじゃない?


それがなんだか、申し訳ないなぁ……って。


だからね、


今は家事も仕事も半分こだけど、いつかは私がお父さんを支えてみせるよ。



昔、授業参観も、運動会も、文化祭も来てくれなかったって、私怒ったよね?


でも今の私は分かったんだ。


お父さんは、お仕事忙しくて確かに来れなかったけど、


授業参観のための新しい服も、

運動会の新しい靴も、

文化祭の準備で遅く帰ったときの夜食だって


いつだって用意してくれてたよね。


遠足のおやつだってそう。



それにね。


アルバム、見たよ。


入学式と卒業式、ちゃんと来てくれてたんだね。


すっごく小さい私の写真、大事に大事に挟んでた。

あれ見たときは、さすがに泣いちゃった。


お父さん、昔は酷いこと、たくさん言ってごめんなさい。

それでも変わらず、たくさんの愛をありがとう。

見捨てないでくれて、ありがとう。


これからは、辛いことはしっかり半分こして生きていこうね。

楽しいことや嬉しいことは……

……半分こするとちょっと、つまらなくなっちゃうから、2倍、3倍になっていけばいいなぁ……



お父さんとお母さんにもらった『ひまわり』って名前、今ではすごく大好きだよ!


辛くても、絶対に下は向かないよ!

前を見て、上を向いて、太陽に向かって背伸びするんだ。

負けないぞーって、元気に眩しい女でいるの!


だって、そうでしょう?


私の名前は『向日葵』から取ったんだから、ね!



ちょっとのんびりなお父さん。

お皿洗い、はじっこにソースいつも残してるお父さん。

靴下、裏返しでも気づかないお父さん。


笑顔が優しいお父さん。


いざというときは、ちゃんと男なお父さん。




どのお父さんも、大好きだよ!


これからも、ずっと、ずっと元気でいてね!





お誕生日、おめでとう。

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