⑨ オレンジ色に染まる空。夜道の不安。『ちょっとは僕に甘えてよ……』
会計を終え、アパレルショップをあとにした僕たち。
紙袋やトートバッグを抱え、ショッピングモール内の通路へと出た。
ふと天井を見上げると、ガラス越しに空がオレンジ色に染まっているのが見える。
「──あら、もうこんな時間だったのね。どうしましょうか……もう帰る?」
「そうだね……じゃあ、家まで送るよ。なんにしろ、和奏のマンションに戻らないと着替えられないし」
「……それなんだけれど……あのね、優。これ開けてみて……?」
早く帰ろうという僕に、和奏が一日中持ち歩いていたトートバッグを差し出してくる。
「いいの……? じゃあ開けるよ……」
「えぇ……」
今日一日、和奏が苦労して持ち歩いていたそのバッグ。そのジッパーを、恐る恐るスライドさせる。
「これって……!」
中をのぞき込むと。
そこには、男物の上着や下着類……。
──僕が女装する前に着てきた、着衣一式だ……。
「駅前のレンタルスペースとか借りて着替えればいいから、とりあえず持ってきたのよ……あたしはひとりでも帰れるから心配しないで。ね、優……?」
和奏のお言葉に甘えれば、僕の家には早く帰れる。
……だが、夜の帰り道。もしも和奏をひとりで帰して、万が一、暴漢に襲われでもしたら……?
──頭に浮かんでしまう最悪な事態。
「あたしの家まで行くと、また往復しないといけないでしょう? だから……」
「──駄目だッッ!」
「……ッッ、」
僕が大きな声を出すと、和奏の肩がびくりと跳ねる。
「……ねぇ、恋人なんだから、ちょっとは僕に甘えてよ……? 彼氏らしいこと、させてよ……?? 何より、大事な和奏に万が一のことがあったら、僕、絶対嫌だから……」
「ゆ、優……!」
和奏が驚きに目を見張り──ふっ、とその表情を緩める。
「──ええ、そうね……じゃあ、あなたのお言葉に甘えさせてもらうわ……」
「ありがとう……あ、」
「どうしたの……?」
「……やっぱり、和奏のお言葉に甘えて、着替えはさせてもらおうかな? 女の子ふたりで歩いてるように見えるより、こんな僕でも、男子と一緒なほうが安全だろうからね」
「フフッ……それもそうね……!」
何とか和奏へのフォローも入れた僕は、心の中で、ふぅ……と安堵の息をついた。
◆◆◆◆
男子バージョンの服に着替え終えた僕と、和奏。
駅に到着し、行きとは逆方向の電車に乗車。すいた車両を探し、ふたり並んで腰かける。
──知り合いが居ないだろうかと一瞬不安に思ったものの、どっと押し寄せるデートの疲れから、思考を放棄した。
……そっと、和奏が僕に肩を預けてくる。
「──今日はほんとに楽しかったわ……ずっと昔から、女の子同士でデートがしてみたかったの……」
「……だから、男子だって……」
「そうだけど……形だけは、ね」
和奏に求められるまま女装をしている僕。
──不意にモヤモヤとした感情が浮かび、手を胸に当てた。
女装している時とは違い、男子特有のたいらなその胸……。
「──優、ちょっと手繋いでもいい……?」
「うん……」
和奏が僕の手を取ると、彼女から自然に指を絡めてくる。
──いわゆる恋人繋ぎ。
「和奏……」
そのまましばらく彼女の手の温度を感じる。
和奏の心に、直に触れているかのようだ……。
「──次は、溝ヶ淵ー、溝ヶ淵ー、お出口は……」
電車が溝ヶ淵駅に差しかかる。
「優は、この駅なのよね……」
「ちゃんと和奏の家まで送るから」
「えぇ、ありがとう……」
──僕たちを乗せた電車は永遠にも似た時間を走っていく。
隣から流れてくる、和奏の甘い香り。
本日の余韻に浸る僕たちを乗せ、電車は彼女の自宅の方角へとレールの上を進んでゆくのだった……。




