⑥ 純喫茶プリン。時代家のメニュー帳。 『どうかしらね……。すごく、かわいらしいイラストだけど』
喫茶・時代屋の店内。
天井でくるくると回るシーリングファンの下、和奏と向かい合って腰かける、小さなふたり席。
ひとつのメニューを、和奏と一緒に覗き込む。
画用紙に大きく描いたイラストを切り抜き、茶色いスクラップブックに貼っているという仕様のメニュー帳だ。
そのカラフルに描かれたイラスト。細かいところまで丁寧に描き込まれいて、とても可愛いらしく。女性的な優しい雰囲気が感じられる。
「……ねぇ、和奏、このイラスト可愛いね……! さっきのウェイトレスさんが描いてるのかなぁ……?」
「どうかしらね……すごく可愛らしいイラストだけど」
僕の疑問に和奏は、やや訝しげな表情を浮かべて答える。
「あ。このプリン……!」
『時代家特製・純喫茶プリン』というメニューを指差し、和奏に示す。
銀食器に乗せられたプリンのイラスト。サクランボが、ひと粒添えられている。
時代家特製の熟成ソースをかけて食べるらしい。
味まで伝わってくるようなそのイラストに、僕の目は魅入られてしまう。
値段も、お小遣いとお年玉貯金でやりくりしている僕にも手が届く範囲の、安心の価格帯。
「……純喫茶プリン? それもいいわね……」
和奏が言いつつ、迷うようにメニューをめくった。
「あたしはこれにしようかしら……?」
秋限定の和栗のモンブランケーキ。
小さな栗の実が上に乗っており、こちらも可愛いらしい。
メニューも決まったので、ベルを鳴らす。
「──お待たせしました。ご注文お伺いします」
「あたしは、ハーブティーと、和栗のモンブランケーキを」
「ハーブティーと和栗のモンブランケーキですね。
かしこまりました。それでは——」
僕のほうへと向く、ウェイトレスさんの目。
「ぼ……、じゃなくて……あ、あたしは……」
──う、うまく答えられない……! ど、どうすれば……?!
「この子には、ホットコーヒーと、純喫茶プリンをお願いします」
「はい。ホットコーヒーに純喫茶プリンですね。ご注文以上でよろしいでしょうか?」
「えぇ」
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください」
和奏が咄嗟に注文してくれて助かった……。
「──ホットでよかったかしら……?」
「う、うん、大丈夫……助けてくれてありがとう。でもさっき、声で男だってバレなかったかなぁ……?」
明らかに女の子の声ではなかった……、と思う。
「あら。ハスキーボイスで可愛いじゃない」
「そういうもの、かな……?」
「えぇ、大丈夫よ……それにしてもこのお店、雰囲気いいわね」
和奏が店内を見渡す。
古道具屋を改装したのだろうか、ボンボン時計や、ショーケースに銀食器などが飾られている。
「……和奏の部屋もセンスあるよね」
僕は、落ち着いた雰囲気の、和奏の部屋を思い出した。
「ありがと……まあ、ここには負けちゃうかもしれないけど」
しばらくして、ウェイトレスさんが、注文したメニューを運んできてくれた。テーブルに並べていく。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう……あ、ウェイトレスさん、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
ウェイトレスさんが、可愛らしく首を傾げる。
「メニューのイラストは、誰が描いているのかしら?」
「あぁ、あのイラスト! よく聞かれるんですけど、実はマスターが描いてるんですよ?」
「……えっ?! あのマスターが、あんなに可愛らしいイラストを……っ??」
思わず立ち上がってしまう僕。
強面なマスターの意外な素顔に、うっかり、素の声をあげてしまう。
僕の声が聞こえてしまったのか、カウンターにいたマスターが、恥ずかしげに頬をポリポリと掻いていた。
「フフッ……驚いちゃいますよね。でも、私もあのイラスト、すきなんです。お客様たちと同様、女性に人気なんですよ?」
ニコニコとした笑顔を浮かべるウェイトレスさん。足取り軽く、マスターの元へ向かう。
「……ね、ねえ、
さっき素の声でしゃべっちゃったけど、
僕、男だってバれなかったかな……?!」
「大丈夫よ……あのウェイトレスさんの反応見る限り、特に気付いてはいないようだしね……それに、あなた、顔と服装だけ見たら、ほんとに女の子にしか見えないわよ?」
──声は、流石に誤魔化せない気がするけどな……。
そんなことを考えつつ、目の前の温かいコーヒーを口にする。
(──おいしい……!)
豆から挽いているからか、香りと味わいがいい。
大事に受け皿へ戻すと、カップのふちがキラキラと光ったのが見えた。どうやら、口をつけた際に、ピンクのリップがついてしまったらしい。
和奏を見ると、ハーブティーのカップのふちについた赤いリップを、指先でぬぐっていた。
「あら。隅に置いてあるのって、トランクかしら……?」
彼女が店内を見回したタイミング。
和奏に見つからないよう、こっそりコーヒーカップのリップをぬぐってみた。
(ふぅ……)
気持ちを落ち着け、目の前のプリンを、ひと口すくって食べる。甘さは控えめでしっとり固め。
「ちょっと固めで、おいしい……!」
思わず口元に手を当てる。
ちょっと甘めの熟成ソースを絡めると、ほどよい味わいとなる。
和奏も自身のモンブランケーキに側面からスプーンを入れて食べる。
「ちょうどいい甘みだわ……!」
ひと口食べて目を輝かせた。
そして、モンブランの上に鎮座する和栗をスプーンですくう。
「ねぇ……あたし、モンブランは好きだけど、栗の実まるごとは食べられなくて……もしよかったら、優が食べてくれるかしら……?」
僕に顔を近づけ、店の人には分からない小声で聞いてくる。
「うん、いいよ」
「じゃあ……あーん」
栗の実が乗ったスプーンを、僕の口に向けて差し出してくる。
「……っ! 自分で食べられるからっ!」
「早くしないと、店の人に気付かれるわよ?」
さいわいウェイトレスさんもマスターもこちらに背中を向けている。
(パクっっ……!)
はずかしさを覚えつつも、差し出されたスプーンから栗を食べる。
「……間接キス、ね」
ニヤニヤした表情を浮かべる和奏。
「だから、自分で食べられるって言ったのに……」
◆◆◆◆
メニューを堪能し終えた僕たち。
ちょっとゆっくりしながら、次の行き先について話をする。
「……このあと、どうする? もしよければ、あたし、服が見たいのだけれど」
「うん。じゃあ、このあと行こうか」
ウェイトレスさんにもすこし慣れてきたので、勇気を振り絞って伝票片手にレジへと向かう。
「はい、ありがとうございます。──円になります」
「は、はひっ……あっ、十円玉あったかな……」
慌てて財布の小銭を確認する僕。
「フフッ……焦らなくて大丈夫ですよ……」
終始優しいウェイトレスさん。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております!」
僕に向けられた、ウェイトレスさんの笑顔。
その優しい表情が、僕の目に眩しく映った。




