④ 茶葉から淹れた紅茶。心と裏腹な問い掛け。『僕よりも、凛のほうがよかった……?』
和奏と僕の秘密のお付き合いがスタートし、はじめて迎える週末の土曜日。
数日前に彼女からレインで、デートのお誘いを受けていた。
デートのお迎え&僕の着替え(女装)のため、和奏の住むタワーマンションへと再び赴く。
エントランスで和奏宅の部屋番号を呼び出し、ロックを解除してもらって、彼女の部屋にあがる。
「いらっしゃい、優」
「お邪魔します……」
本日の和奏は、ディープグリーンのセーターに、淡いブルーのスウェットパンツという、ラフな私服姿だ。
「……溝ヶ淵からだと、ここまで結構かかったんじゃないかしら?」
「三十分くらいだから、全然大丈夫だよ」
デートの誘いを受けた際、雑談で、溝ヶ淵駅が最寄りだという話をしていた。
しかし、和奏とデートできるなら、一時間や二時間、全く苦にはならないだろう。
玄関で靴を脱ぎ、出されたスリッパに履き替える。凛との会話通り、両親は不在のようだ。
「和奏は今ひとり暮らし中なの?」
「そうよ。お父さんが海外赴任中で、お母さんも付いて行っちゃって……あたし結構おっちょこちょいだから、たまに鍵かけ忘れそうになってね。防犯面ではオートロックにしたいのだけど……」
亜桜家の家庭内事情を聞きながら、奥にあるリビングへと通される。
「ソファーに座って、ゆっくりしててね」
大型テレビの前に、四人くらいは楽に座れる、大きなソファーが置かれている。
遠慮するのも悪いかと、そのまま腰かけた。
「飲み物持ってくるわ。紅茶でいいかしら?」
「うん、ありがとう」
キッチンに立つ和奏を見ると、ペットボトルなどの紅茶ではなく、きちんと茶茶から淹れはじめた。
しばらくしてカップをふたつ手にし、戻ってくる。ローテーブルにカップを並べると、僕の隣に腰かけた。
「──どうぞ?」
「ありがとう……いただきます」
ひとくち啜る。
──おいしい。
甘い香りと、心の温かみを感じる味に、思わず、自分の口元が、ふっと綻んだのが分かった。
「……お口にあったかしら?」
「すごくおいしいよ」
しばらく無言の時が流れる。
──そこへ和奏がふと漏らす。
「──あなたが、女装してもいいって言ってくれて、本当によかったわ……」
穏やかそうな彼女の横顔。
しかし、僕の胸にはある疑問が生じてしまう。
「……あのさ、和奏って女の子が好きなんだよね? だったら本当は、僕よりも、凛のほうがよかった……?」
「え……?」
「たぶん凛なら、和奏のこと嫌わないと思うし、もし一番仲のいい凛と付き合えたら、女装とか気にしなくていいんだよね……?」
本心では言いたくないことが、勝手に口をついた。
しかし、和奏はそんな僕に対し、ある問いかけをする。
「……もし、あなたが男性を好きなら、一番仲のいい相田くんと付き合うの……?」
「え? 航汰……?! うーーーん……」
僕が、航汰と付き合う……??
──航汰と手を繋いでの下校。
休日のラブラブなデート。
人目を盗んでの、キ、キス……ッ?!
「航汰と付き合うのは、ない……か……」
「……でしょう? 恋愛としての好きと、親友として好きは違うのよ」
「まあ、たしかにそうかも……」
「あたしにとってはね、凛は仲のいい女友達なの。恋愛感情はそこにはないわ。大体彼女だって、あたしに告白されたら困るでしょう? あっという間に、今の距離感では居られなくなるわ」
和奏が目を伏せ、紅茶をひとくち飲んだ。
◆◆◆◆
「……今日はあたしも着替えようかしら?」
クローゼットから女子制服一式が入った袋を取り出し、以前に僕が着たものと同じ種類のブレザーを広げた。
「そう言えばこの制服って、和奏が中学生だった時の物なの?」
うちの学校の制服は黒のセーラー服であり、スカートもデザインが全然違う。
「あら。これ、なりきり制服っていうのよ。校章も入ってないし、休日に制服デートしたりするために着るものなの」
大学生や社会人で制服を着る人たちは、こういうのを利用しているのかもしれない。
「それにしても、なんでこんなに色々持ってるの……?」
スタイルのいい和奏には必要のないパッド入りのブラや、ウィッグ、なりきり制服や、清楚な雰囲気の彼女には少し可愛いすぎる洋服に、ちょっと大人な服の数々……。
「……さあ、着替えはじめましょ」
僕の質問には答えず、和奏が音頭をとった。
◆◆◆◆
先日よりはサクサクと進む着替え。
ブラウスとスカートを身に着け、ボブカットのウィッグを着けたあと、化粧台の前で和奏にメイクを施してもらう。
──ピンクのリップだけは、和奏にお願いして、再び自分で塗った。まだドキドキするけど……。
「ねぇ、そのリップ、優にあげるわ。その子も優に使ってほしがってるみたいだから」
和奏からピンクのリップをいただいてしまった。
……ホントに僕、女の子になっちゃったみたいだな……。
手のひらの上のリップを見てそう思った。
前回と比べると早く着替えが済んだが、時計を見ると、やはり一時間くらいはかかってしまった。
和奏が、鏡の前に座る、綺麗に変身した僕の顔を見つめる。
「やっぱり、可愛いわぁ……♡♡」
抱きつき、頬ずりしてくる和奏。
彼女の巨乳が、僕のパッド入りの胸越しに当たっている。胸が触れているのに気付いていないのだろうか……?
しかし、凛にしていたのと同様、女友達とハグする程度の感覚なのかもしれない……。
「──やっぱり不織布パッドだと、ちょっと固いわね……あたしの胸は柔らかくて気持ちよかったでしょう?」
和奏が、僕のパッド入りの胸を見ながら聞いてくる。やっぱり、胸当たってるの気付いてたし……!
──そんな気持ちを切り替えるよう、彼女に訊ねる。
「……和奏は着替えないの?」
「そうね、あたしも着替えましょう」
パッ、と僕から離れると、おもむろにセーターへと手をかける。腕をクロスさせると、そのまま脱いだ。
その下のキャミも脱ぎ、彼女の大きな乳房を包む、淡いピンク色のブラジャーが露わになる。
細やかな刺繍が施されたそのブラジャー。その中の大きなふたつの膨らみ。航汰によれば、たしかバスト九十一……!!
──ゴクリ。
思わず、生唾を呑みくだす。
「ちょっ……! なに脱いでるのっ?!」
「なによ、ブラジャーくらいで……女の子同士でしょう?」
「女装だからっっ」
「……あんまり気にしないの」
和奏は気にせず、僕とお揃いの、なりきり制服に着替えていく。
僕へ背中を向けると、スウェットパンツを脱いだ。ショーツに包まれた綺麗なお尻が見え、慌てて目を逸らす。
──ショーツはブラとお揃いの淡いピンクだった。
スカートを穿き、ブラウスの上にブレザーを着る。
「和奏も準備できたことだし、行こうか?」
「──あ、ちょっといいかしら? 外で待ってて?」
「ん……? 分かった。玄関前に居るから」
五分ほど外で待っていると、大きなトートバッグを手に提げた和奏が出てきた。
「時間が、もったいないわ……早く駅に行きましょ!」
僕の手を取り、軽やかな足取りを奏でだす彼女。
──女の子と……和奏との、初デート……!
──女装したパッド入りの胸。
あるはずのないその胸が、こころなしか膨らんでいくのを感じるのだった……。




