㉓ 階下から聞こえる声。彼女のお見舞い。『風邪うつすとよくないから、帰ってもらって……?』
月曜、朝。
「三十七度九分……学校は休んだほうがいいわね……? 連絡入れるわ」
体温計を見た母さん。ポケットからスマホを取り出し、連絡をはじめる。
──土曜日。偶然から、和奏の裸を見てしまった僕。動転して雨の中、傘も差さずに帰り、見事に風邪を引いた。
──でも、ある意味助かった。今、和奏とまともに目を合わすのは難しいだろう……。
そのまま僕は、夢の中へと落ちていくのだった。
◆◆◆◆
「…………、…………」
──階下から、微かに声が聞こえてくる。
玄関に誰かいるようだ。話し声に目が覚める。起き上がるものの、まだ、少し節々が痛む。
誰かが部屋の扉を開ける気配。母さんだ。
「あっ、目が覚めたのね。いま、クラスの人がお見舞いに来てるんだけど」
「航汰……?」
「亜桜さんって子。素直で美人さんで、可愛いし、とってもいい子よね。優のことすごく心配してたわよ? まだ下にいるから、あがってもらう?」
──和奏がお見舞いに? 今は会いたくない……!
「ご、ごめん……悪いけど、風邪うつすとよくないから、帰ってもらって……?」
「まぁ、それもそうね……でも、学校行ったらちゃんとお礼言うのよ? 亜桜さんが持ってきてくれたプリント、ここに置いとくから」
「……ありがとう」
母さんが部屋から出ていく。
「……………、」
階下から短いやりとりの声。
──バタン。
玄関の閉まる音が聞こえた。どうやら帰ってくれたらしい。
──ふぅー……。
落ち着いていると扉の隙間から琥珀がそーっと部屋に入ってきた。
「……にいにい、さっき和奏お姉ちゃん、お見舞い来てたよ。あとね、プレゼントのお礼も言ったよ……お母さんには聞こえないように、こっそり」
「そうか……お母さんに内緒にしてくれてありがとな、琥珀。今度、兄ちゃんが写真撮ってあげるから、和奏お姉ちゃんに見せてあげよう。──風邪うつっちゃうから、もう下行ってような?」
「はーい」
ちょんまげに結った頭をひょこひょこさせながら部屋を出ていく。
◆◆◆◆
翌朝。
薬が効いたのか、熱が下がってしまった僕。
重い腰をあげ、学校へと向かった。
教室へ入ると、凛と話していた和奏と目が合ってしまう。思わず唇を噛んだ。
「また和奏と土曜日、一緒に遊べなかった……水泳、大会近くて練習辛い……和奏と一緒に遊びたいよぅ……」
「ごめんなさい、凛……」
(凛もああいってるんだ。僕なんか優先しないで、親友の凛と遊べばいいのに……)
席に着くと、航汰がたずねてきた。
「──優、風邪もう大丈夫なのか?」
「大丈夫……。心配かけてごめん」
「それはいいけどよ……、
お前、最近、亜桜と何かあったのか?」
「え、なんで」
航汰の言葉にドキリとする。
「昨日、亜桜がプリント届けに来ただろ?
最初は俺が行こうとしたんだけど、亜桜が、
『あたし行きます!』……って。
教室中、騒然としてたぞ?
亜桜は今まで、男子と全く関わろうとしなかったからな」
「……たぶん、僕、亜桜に男として見られてないからさ……」
「ん? 一度ふられてるからって卑屈になるなよ……。
まだチャンスはあるぞ? 実際、最近、肌つやもいいしモテ期きてるって」
それは和奏に勧められてやっている、化粧水の効果だろう。
「いやなら、ちょっとはかっこよく振る舞ってみるとか?」
「うーん……」
「……まあ、恩田にも、あんま心配かけるなよ?」
「恩田か……あれ? 航汰、恩田と交流あったっけ」
航汰と恩田が教室で話しているところはほとんど見たことがない。
「ま、人づてに聞いただけさ」
「ふぅん……」
「優が亜桜に告白する前、
罰ゲーム代わろうか、って提案しただろ?
……実は、その時俺、
恩田に告ろうと思ってたんだぜ?」
──航汰の衝撃告白。
「……そうなの?」
「俺、意外と恩田みたいに真面目で美人なのがタイプだからさ。まあ、今まで絡みがあんまなかったけど」
「へ、へーー……、そうなんだ……」
「優だって、罰ゲームとはいえ、亜桜に告白したってことは、彼女みたいなのがタイプなんだろ? 付き合ったら、亜桜とキスくらいは普通にするだろ?」
「航汰……、」
「ま、頑張れよ」
励ますように肩を叩かれた。
◆◆◆◆
「殿村くん、先生が呼んでるわよ」
昼休み。教室。
周りに人がいるにも関わらず、和奏に話し掛けられる。普段と違い、名字で呼んでくる彼女。
恩田が僕たちのほうを見ている。凛は居なかった。
教室を出て、廊下の隅、空き教室へと入り、扉をしめる。
「……優、風邪大丈夫?」
「もう大丈夫だけど……先生はどこ?」
「ただの方便よ。教室に人いたから、もっともらしい口実つけただけ」
「……和奏、プリント届けてくれてありがとう」
彼女と目も合わせず言う。
「……いいわよ。たまたまあのへんに用事あったし」
(絶対嘘だ……)
◆◆◆◆
ボーッと俯き、考えながら教室に戻る。
──ごつん!
「キャっ!」
「ご、ごめん……!」
前を見ておらず、扉前で誰かとぶつかってしまった。
顔をあげると、メガネをかけた真面目なクラス委員長の姿がある。
(──恩田麻音だ……)
「なんだ、殿村くんか……」
はぁ……、と、あからさまに嫌な顔をされる。
「……ねえ、殿村くん。あなた和奏に告白して、ふられてるんでしょう?
──もしかしてそのあと、なにかあったんじゃないの?」
(え……!?)
恩田から核心を突く発言。
動揺を悟られまいと努める。
「なにかって、なんだよ……」
「……逆に、和奏から告白されて、付き合いはじめたんじゃないのかってことよ。
彼女、何も教えてくれないから……」
「そんなこと、あるわけないでしょ……」
「……でも、なにかしらはあるんじゃないの? 和奏が男の子に興味を示すなんて、中学の頃から1度もなかったんだから……。まぁ、いいわ。和奏のことは今度あらためて。またね? 殿村くん」
自分の席へと戻っていく恩田。
──しかし、なんで恩田は、僕が和奏に告白したことを知ってるんだ……??
◆◆◆◆
夜。自宅。
ベッドに横になり、考えごとをする。
……このまま和奏から逃げ続けても関係は悪化するだけだ。
『いやなら、ちょっとカッコよく振る舞ってみるとか?』
航汰の言っていたことを思い出す。
──和奏に格好いい姿を見せて、僕が男なんだと意識させる。そして、僕にときめいた和奏が、キスしてきたり……?
そんなことを考えつつ、深い眠りへと落ちていった……。




