② 煌めくリップ。誰にも内緒なヒミツの恋人。『この関係は、他のみんなには秘密にしてほしいの……』
思わず亜桜からの女装を了承してしまった僕。
まずは、足や脇の体毛剃りと、メイク前の洗顔をしたほうがいいということで、風呂場に入れられた。服を脱ぎ、渡されたカミソリで、脇や脛、足首の体毛をすべて剃る。
今の季節が秋で良かった。夏だったら、短パン姿になった時に、ツルツルになった足をクラスメイトに囃されかねない。
体毛を剃り終え、シャワーで体を洗い流し、髪や身体を洗う。
最後に、風呂場でそのまま洗顔をする。皮脂の汚れを落とし、保湿剤を指にとって、顔に塗った。
風呂場を出て、着替えに渡されていた、亜桜父のシャツと短パン、トランクスを穿く。
全体的に僕には大きめで、彼女の父親の存在感が伝わってくるようだ。
◆◆◆◆
部屋へと戻ってきた僕。
彼女の視線が自然と、短パンから伸びる、剃毛したばかりの僕の足へと向かう。
「あなた、意外と足が長いのね……じゃあ早速着替えてみましょう?」
目の前のローテーブル上には、色とりどりの制服や下着類の山。
──女の子モノの衣類を前に、途方に暮れそうな気分となる。
「スカートとか穿いたたことないけど、どうしたらいいの……?」
「あたしが着替え手伝ってあげるわ……とりあえず、上脱いでくれるかしら?」
「分かった……」
仕方なくシャツを脱いだ僕のお腹。
亜桜が、ツーッと指でなぞる。
「くすぐったいってば……!」
身を捩って抵抗する僕をよそに、嬉しそうな彼女。
「ふふっ。本当の女の子みたいに、つるつるな肌ね。ねぇ……あたしのも触ってみる?」
亜桜が、自身のトレーナーに手を掛け、今にも脱ぎだしそうな仕草をする。
「かっ、からかわないで……!」
「ふふっ、冗談よ……」
居た堪れなくなった僕は、服の山の一番上に置かれていたブラジャーを何気なく手に取ってみる。
──しかし、これが一番最難関なのではないだろうか?
細やかな刺繍が施された、その女性用下着。
男子なのだから当然だが、ブラジャーなんて生まれてこの方、着けたことがない。
とりあえず、肩に紐を掛け、男子特有の平らな胸部に取り着けてみる。
背中に手を回して、ホックを……って、留められない。やり方が分からない僕は、早々に諦める。
「亜桜さん、お願いします……」
「仕方ないわね……」
亜桜に頼んで、背中のホックを留めてもらう。
──なんとなく胸に膨らみが出た、気がする。
どうやら、カップにパッドが入っているようだ……。
「将来的には、自分ひとりでブラジャーは着けられるようになってね?」
え……? 今日だけじゃなくて、これからも、女装するの……??
──ホックの留め方、その他エトセトラ……。
今後の先行きに不安を覚える……。
◆◆◆◆
「次は……これね」
上部に小さなリボンのついたショーツ。
女の子モノの、小さなパンティーを見せてくる。
「いや、流石にそれはやめたほうがいいんじゃ!?」
「パンツだけトランクスじゃ、ヘンよ……」
渋々、短パンを脱いで、トランクス一枚になる僕。しかし、ショーツは……ん?
──嫌な予感。
「あっ!」
──バサリ。
亜桜父のトランクス。
腰回りが僕には緩かったそれは、嫌な予感とともに床へとずりおちた。
「──ッッ!」
なんとか、すんでのところを手で覆い隠す。
──セ、セーフ……!
「……ごっ、ごめんなさい! あたしのお父さんのトランクスじゃ、サイズ大きかったわよね……!」
「だっ、大丈夫だから……! ちょっと部屋出ててもらえるかな……?」
「そ、そうね……、着替えたら呼んで……?」
「う、うん……、分かった……」
亜桜が部屋から出ていく刹那。
真っ赤に染まった彼女の横顔が見えた。
──僕も、恥ずかしい気持ちを押し隠すように、リボンのついたショーツに足を通すのだった……。
◆◆◆◆
着替えをはじめてから、しばらく。
僕の腰回りはスカート、上半身はブラウスにブレザー、首元にはライトグリーンのリボン。
何とか『女の子』の体裁が整ってきた。
「あとはウィッグなんだけど……。
あなたに女装してもらうなんて思ってなかったから、これしかないの」
亜桜の手元を見ると、やや短めの、ボブカットくらいのウィッグがある。
「ロングのほうが、あなただってバレにくいんでしょうけど……」
短い髪の毛の上にネットを被せられ。その上からウィッグを取り付けてもらった。
彼女が僕の手を取り、化粧台の前へと連れて行かれる。腰かけ、鏡の中を見る。
ショートカットだった僕の頭は、ウィッグにより、肩先までのサラサラなボブカットへと変貌していた。
亜桜が、僕の顔にメイクをつけていく。
ベースメイクを施し、アイシャドウ、アイライン……ビューラーでまつげをカールさせ、マスカラを塗る。
まるで、亜桜に渡された先ほどの少女マンガに出てきたヒロインのように、目元がバッチリと映える。
続いてチーク。赤みがさし、血色がよくなって、自然と気持ちも明るく華やかになる。
──丁寧にやっていくので、メイクだけでも、かなりの時間を要した。
「……ねっ、最後に、これ……自分で塗ってみて?」
彼女の指先には、小さなピンクのリップ。
「あっ……」
思わず、僕の手が震える。
しかし、亜桜が、震える僕の手をそっと、やさしく握った。
……震えが自然とおさまってゆく。
彼女は、僕の手の平へ、ピンクのリップを乗せた。
受け取った小さなリップをしっかりと指先で握り、自分のくちびるへと持っていく。
すーっと滑らすように、くちびるを彩る。
──鏡の中の自分の口元。
たちまちキラキラなピンクへと変身していく。
ラメ入りで、光り輝いて綺麗だ……。
「……さあ、完成ね」
亜桜に導かれ、姿見の前へ。
全身が映る鏡の中。ひとりの女の子がいる。
──その『カノジョ』の姿に、思わずハッと息を呑んだ。
上半身に纏う紺のブレザー。
首元には、かわいらしいライトグリーンのリボン。腰回りには、放射状に広がる赤いチェックのプリーツスカート。鏡に映る顔は、目元もチークも、淡いピンクにキラキラとして美しい……。
ひとりの可愛い女の子──にしか見えない、僕の姿。思わず、口元に笑みがこぼれる。
華やぐ目元。唇が、ピンクのラメ入りリップでキラキラと輝く。
──男の自分とは思えない……可愛らしい女子高生が鏡の中にいる……。
「……か、かわいいわ〜〜♡♡ あなた、ほんとうに綺麗な肌してるのね?! メイクのノリもホントにいいわよっ?!」
興奮を隠しきれない様子の亜桜。
「──あのね、殿村くん、あたしの『ヒミツ』を話したのは、あなたがはじめてだったの……告白を一度断っておいてなんだけれどね、あたしと付き合ってくれないかしら……?」
「……お願いします」
「ありがとうっ……!」
ギュッと、僕に抱きついてくる彼女。
パッドでない、本物の胸の感触が伝わってきた。
「……あのね、殿村くん……デートする時は、今と同じく、可愛く女装してね……?」
「わ、分かった……」
──こんな可愛い彼女と付き合えるなら、女装くらい安いものだ……。
「……そうだわ、一点気を付けてほしいのだけど……」
「うん……」
「この関係は、他のみんなには秘密にしてほしいの……特に、持月凛さん、あたしの親友の、凛には絶対に……」
僕たちと同じクラス、亜桜と一番仲のいい女友達、持月凛。
──つり目にウルフカット。いつも不機嫌そうな雰囲気を纏った少女の顔が頭に浮かぶ。
普通に亜桜と付き合うと知っただけで怒り出しそうなのに、女装してデートするだなんて、知られた日には……。
「うん、約束するよ……」
「よかったわ……ねぇ、殿村くん。あなたのこと、下の名前で呼んでいいかしら……っ? 優って呼んだほうが、かわいらしくて……ダメ……?」
可愛い、という理由に引っかかりを覚えるが、女の子に下の名前で呼んでもらうなんて、母親以外ではじめてだ。
「ううん、もちろんいいよ! でも、亜桜さんのことも、和奏って呼んでいい……?」
「もちろんよ!」
「──じゃあこれからよろしく……和奏」
「ええ、よろしく……優」
再び抱き合う僕たち。
ウィッグを付け、ボブカットになった僕の頭を、
優しく撫でてくる和奏。
傍から見れば、女の子同士の、よくあるハグ。女装男子の僕と、美しい百合の花の彼女。
──僕たちふたりだけが知っている『ヒミツの関係』がここに始まった……。




