① 玉砕覚悟の罰ゲーム。高嶺に咲いた百合の花。『僕なんて、ふられて当然だからなぁ……』
十月中旬。とある昼休みの賑やかな教室。
そんな教室内とは打って変わって、窓の外は薄曇りの空。強風にあおられた落ち葉が、校庭の上を舞っていく。
「はあ……」
思わず漏れた溜息。
僕──殿村優は、机の上に置かれたスマホへと視線を向ける。真っ黒な画面に映る僕の顔。
──もともと冴えないその顔が、本日の空模様のように曇っていた。
「大丈夫か、優……?」
「航汰……」
こちらへ申し訳なさそうな表情を向けてくる、親友の相田航汰。
──航汰は、身長百七十五、すらりとした細身に、アイドル並みのルックス。
さらに、成績は学年一位を誇る秀才という爽やか系インテリイケメンだ。
僕の元気がない理由。
──それは、今から二十分ほど前に遡る……。
◇◇◇◇
「──なぁ、このゲームやってみないか?」
親友の航汰からの提案。
昼食後、退屈していた僕と航汰含めた男子四人は、スマホの最新パーティーゲームをプレイすることになった。
まずは、性別、年齢等を入力し、無料登録。
百種類以上あるミニゲームの中から、適当なゲームを選択。今回僕たちが選んだのは、徐々に膨らむ風船を順番に回していき、破裂時に手元にあった人が負け、というゲームだ。
なお負けた人には、登録時に入力した情報を元に、自動で罰ゲームが指定されるという地味に嫌な機能が含まれていた。
──早速、風船を回していく僕たち。膨らむ風船に緊迫する面々。
僕の操作するキャラから、隣の航汰のアバターに風船を渡そうとした。その瞬間。
──パンッ!!
「あっ……!」
画面上には、割れた風船と、気絶した僕のアバター。
『優さんへの罰ゲームです:同じ学年の美人に、校舎裏で告白する』
スマホの画面に表示された、その罰ゲーム。
──僕の頭には、とある『清楚美人』の顔が思い浮かんでいた……。
◇◇◇◇
「……なぁ、俺が代わりに告ろうか? 元はと言えば俺が原因だし……」
「いや、僕が負けたんだから、気にしなくていいよ……もう、告白相手も決まってるし……」
「──もしかして、美人な上に、クラス委員長も務めてる、恩田か?」
「いや、亜桜さんだよ。罰ゲームで告白なんて悪いけど……」
「……黒髪清楚で人気の亜桜和奏か。美人な上に、バストはEカップの九十一センチ。まさに、高嶺に咲く一輪の花ってやつだな」
航汰の言うとおり、高嶺の花である亜桜。
しかも、僕と亜桜の関わりは、これまでほとんど無い。
昨年、高一だった頃、グループワークで一緒になった際、たまたまレインの連絡先を交換した程度の仲だ。
──対して、僕、殿村優の外見は、パッとしない。
千円カットのショートヘアに、身長も百六十センチ程度。
そして、格好いいとは言えない平凡な顔立ち。小さな頃は女の子にもよく間違われた、よく言えば中性的な顔。
イケメンとは程遠く、あえて褒めるなら可愛い寄り……本当に良く言えば、だが。
そんな僕は、当然、異性との恋愛経験はこれまで一度もない。
「──俺が聞いたところだと、これまで、サッカー部のエースや、バスケ部部長とか錚々たる面々が告白しては、こっぴどくふられてるらしいぞ」
亜桜の席へと視線を向ける。
彼女は、親友の持月凛とおしゃべりに興じていた。
「……凛、ほっぺにご飯粒ついてるわよ? 取ってあげるわね」
「え……ありがとう、和奏……!」
──持月凛は、つり目にウルフカットが特徴の少女。
身長は百五十ほどと小柄。
胸も、巨乳の亜桜とは対照的に小振り。
しかし、特徴的なつり目で睨みを利かし、周囲の男子を威圧している。
ある意味、告白クラッシャーの亜桜とは双璧を成していた。
──実は、水泳部期待のホープであり、水泳部でも、スイミングスクールでも練習に励んでいるらしい。
しかし、そんな威圧的な彼女だが、亜桜にはとても懐いている。
ふたりの関係を、バカップルなんて呼ぶ人もいるくらいだ。
「──まあ、僕なんて、振られて当然だからなぁ……」
スマホのレインを立ち上げ、『放課後、校舎裏に来てほしい』と、亜桜にメッセージを送る。
彼女のスマホが僕からのレインの着信をうけて光るが、亜桜はそのままスルーした。
「……優、告白頑張れよ」
「ありがと……航汰」
僕は、航汰の言葉に、力なく礼を返すのみだった。
◆◆◆◆
放課後、校舎裏。
レインには既読しか付かなかったため、本当に来てくれるか分からない。
──彼女を待つこと約一時間。
ヒュうぅーー……!
「さ、寒っ……!」
流石に、もう来ないのでは……?
──そう思った刹那。
「殿村くん……」
「あ、亜桜さん……!」
目の前に現れた彼女──亜桜和奏。
美しい百合の花を思わせる、大和撫子然とした佇まい。
背は僕よりも数センチ低いが、ぴしりと伸びた背筋に、実際よりも高く見える。
秋風に舞い上がる、腰まで伸びたサラサラの黒髪。
折り目正しく身に着けられた学校指定の黒のセーラー服。九十一センチあるという、大きく膨らんだふたつの胸。
首元には、学年を示す赤いリボンが鮮やかに映える。
「──亜桜さん、ごめん。急に呼び出したりして」
「いえ……こちらこそ、レインに返事もできずに、遅くなってごめんなさいね。持月さんが、なかなか離してくれなくて……それで、あたしに何の用かしら……?」
若干緊張を帯びた声音。
──薄々、何を言われるかは察しているのかもしれない……。
「あ、亜桜さん……! 僕と付き合ってください……っ」
「──ごめんなさい。あなたとは付き合えないの……」
──予想通りの答え。
しかし、こちらを気遣うような、躊躇いがちな断りの言葉に多少救われる。
「……わ、分かった。突然ヘンなこと言ってゴメンね………!」
──振られると分かりきっていたが、やはり辛くなる気持ちをグッと堪え、この場をあとにしようと歩き出す。
「──待って!」
「え、な、何……??」
──僕に近づく亜桜。驚いている僕の顔を、彼女が上目遣いに見つめている。
「……ちょっと付いて来てもらえるかしら……?」
──僕の手へを取り、歩き出す亜桜。
彼女の柔らかな手のひらから伝わる感触。
これから何かがはじまる。そんな予感がした……。
◆◆◆◆
亜桜に手を掴まれたまま、ふたりで校門を抜ける。
「ね、ねぇ……誰かに見られるよ……??」
「今は誰も居ないから大丈夫よ……バスが来てるから急いで!」
停車中のバス停へとダッシュして乗車。後方の席にふたり並んで腰かける。
「…………」
無言の亜桜。
彼女は文庫本を取り出して読み始めてしまったので、僕はすることがない。
──バスに乗り込んでから二十分ほど。タワーマンションが前方に見える。
「──ここで降りるわよ」
先ほどのタワーマンションの横で停車。バスを降りると、彼女は一直線にタワーマンションのエントランスへと入っていく。
「亜桜さん、ここって……」
「あたしの住んでるマンションよ。最上階がうちの部屋だから……」
エレベーターに乗り込むと、数十秒で最上階へと到着。共有通路を進むと、一番端にある部屋の前で立ち止まる。
バッグから鍵を取り出し、扉を開ける。
──部屋の中は真っ暗だった。
「入って……?」
「お、お邪魔します……っ!」
「今、家族いないから、安心していいわよ……」
「え……?!」
──その言葉に、心臓が一拍、ドクンと跳ねる。
廊下を進み、突き当たり。
【wakana】と書かれたルームプレートのかけられた部屋。
「あたしの部屋よ……入って?」
緊張しつつも、彼女の私室へと足を踏み入れる。
部屋に漂う甘い香り。
白を基調に揃えられた、ベッドや本棚、ローテーブル等の調度類。
「ちょっと、この本読んで待っててもらえるかしら……?」
本棚から本を二冊取り出し渡される。
そのまま部屋から出ていってしまう亜桜。
「どうしよう……?」
先ほど渡された本に目を落とす。
──タイトルは、『岬トライ&アングル』。上下巻になっており、上巻の表紙には、ふたりの少女のイラストが描かれていた。
「読んでみるか……」
登場キャラは、主人公の岬と、親友の、触愛。
──普通の少女マンガかと思って読んでいたら、岬と触愛がキスをしたり、ベッドの上で抱き合ったりするシーンが出てくる。
「百合……?」
亜桜って、こういう百合系のマンガが好きなのかな……?
──シャーー……。
扉を隔てた先から、シャワーらしき水音が聞こえてくる。
「……えっ?! シャワー浴びるの??」
同級生のシャワーを浴びる音。
ドキドキしつつも、気を紛らすよう、とりあえず目の前のマンガに集中する。
「…………!」
──何気なく読みはじめたものの。
アッと言う間に、作品の世界に引き込まれていた。
女の子同士の恋の駆け引き。
予想外の展開の連続に続きが気になり、時間を忘れてページをめくる。
──ふと、気付くと、下巻の最終ページまで来ていた。
ヒロインたち、女の子同士のすさまじい恋愛模様。その儚く切ない感傷。
読み終えたばかりの僕の胸が、ドキドキしている……!
ふと、腕時計を見ると、読みはじめてからすでに一時間半ほどが経過していた。
「えっ?! もう、こんな時間……!?」
「お待たせ……」
ちょうど、部屋着に着替えた亜桜が部屋に戻ってきた。右手には紙袋を携えている。
──上はグレーのトレーナー、下は紺のスウェットパンツ。湯上がりの、まだ乾ききっていないサラサラの長い黒髪に、火照る身体から香るシャンプーの匂い。
「お待たせしちゃって、ごめんなさいね……」
「だ、大丈夫……」
「……あら? もしかして、もう読み終わったのかしら?」
亜桜が、僕の手に握られたマンガへと目を向ける。
「う、うん……なんだか夢中で読んじゃった……」
「そう、いいわよね……女の子同士の恋。──ねぇ、殿村くん、なんであたしに告白しようと思ったの……?」
「え……」
──罰ゲームだなんて言えるわけがない……。
「やっぱり、みんなと同じく、あたしの胸が大きいから、とか……?」
「……ち、違うよ……! ──何だか、優しそうな雰囲気の人だなって、前から思ってたから……」
──彼女に対して抱いていた感情。
優しそうな雰囲気……嘘ではない。
本気でそう思っていた。
「そう……? あのね、殿村くん。ちょっと大事な話、聞いてくれるかしら……?」
真剣なまなざしの亜桜の顔。
「……う、うん。聞くよ……」
「──ありがとう。あたしね、小学五年生の頃、はじめて好きな人ができたの……すごく可愛い、女の子だった……でもね、その子は普通に男の子が好きだったし、同性愛は苦手だった……あなたも、告白した相手が同性愛者だなんて、やっぱり嫌かしら……?」
「……いや、そんなことはない。引く必要もないよ……」
──僕には彼女の、その真摯な気持ちを否定することはできない。
誰かを好きになる、恋慕を抱くというのは、性別に捕らわれない、真摯な感情だと思う。
目の前の彼女に告げたのは、僕の素直な気持ちだ。
「……そんな風に言ってくれるなんて思わなかったわ……ありがとう、殿村くん。で、もしよかったらなんだけどね……」
言い淀む亜桜。
意を決したように、傍の紙袋から『何か』を取り出すと、ローテーブルの上に並べはじめた。
「あのね……これ着てみてくれないかしら……??」
テーブルの上には、畳まれた衣類の山が出来ていた。スカートやブレザー、ブラジャーに、小さなリボンのついたショーツ……。
「えっ、これって……!」
「そう……女の子モノの、制服や下着よ……」
「これを、僕が……??」
「……ねぇ、殿村くん。あなた、なかなか、可愛らしい顔してるわよね……? 昔、あたしが好きだった子みたいに……」
「……ッッ!」
亜桜が、僕の顔に、そっと手を這わせた。
──くすぐったくも、得も言われぬ感覚が全身を走り抜ける。
「──あたし、なんだかあなたのこと気に入っちゃったわ……ねぇ? あなたも、可愛いらしい姿に『変身』してみましょうよ……?」
「……わ、分かった……」
蠱惑げな彼女の声音。
圧倒された僕は、思わず頷いてしまう。
──これから、どうなっちゃうんだろう……。




