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キミヲメグル

作者: 瀧原リュウ
掲載日:2025/10/12

【※注意】


 この作品を書いた作者は本作のジャンルを恋愛……というより恋愛の延長線上? として執筆しました。ですので読み終わった後、思っていたのと違うと思われる方もいるかもしれませんが、ご了承ください。

 あとちょい鬱かもです。

「――――懐かしいな、この場所」

「あの日……もう四年くらい前かな? 君がボーっとしてて手に持ってたアイス落っことして叫んでたの、今でも覚えてるよ」

「ふふっ」


 夜の公園、すでに時刻は零時を回っており、平日故に世の人々のほとんどは家に帰り、寝静まっている。近所の住宅の明かりはほとんど消えており、路上やこの公園の古びた電灯がなんとも寂しく光る。


「それにしても、君とこうしてゆっくり歩くのも久しぶりな気がするよ……最近は、かなり忙しかったからね」

「ようやっと付き合い始めたっていうのに色々すれ違いがあって、喧嘩して、ちょっと口も利かなくなっちゃった時もあって…………」


 そこで、様々な思いが頭の中で駆け巡っているのか、彼の言葉が止まる。今こうして話していると、過去にあった、二人の様々な思い出が蘇ってきたのだ。


 高校二年生、夏の訪れを感じ始めた頃。夜でも少々蒸し暑く、ベトリとした汗が肌から滲み出る。しかしながら、蝉はまだ地に潜り、自動販売機で毎年のようにお目にかかるスポーツドリンク味の炭酸飲料だってまだ並んでいない。


「俺、あれ結構好きなんだよね。周りの奴らは不味い不味いって言うけど、気付けば毎年十本は自販機見つけては買って飲んでる気がする」

「それにしても、結構高くなっちゃったよね。前は缶一本百円で買えてたのに、今じゃ百四十円。自販機の商品が全部二百円以上になるのも時間の問題かも」

「もう遊園地価格と変わんないな」


 他愛のない話を続ける。忙しい毎日の中で、こんな時間がずっと続けばいいのにと考えてしまうのは、やはり皆同じなのだろうか。


 何もせず、のんびりと。そう願っても、この世界の”常識”という二文字がそれを邪魔する。働かなければゴミとされ、勉強せねば特に理由もなく叱られる。仮にこちらが勉強を怠けたからと言って怒った人間の人生が良くなるわけでもないというのに、周りの人間に気を遣う自分に酔いしれるために皆がそうしているのだ。自分は良い人間であると。自分は他人の人生の事だって考えてあげることが出来るのだと。そうやって自分の評価を上げるために、他人に優しくする。他人に厳しくする。


 まだ十七歳であるというのに、人間は結局そうものなのだと彼はどこか達観するように空を見上げた。


 今日、日中は曇り空、昼前には雨も降っていたのに、今となっては雲一つない。星の煌めく夜空を見て、彼はふと思った――――誰か、自分を見ているんじゃないかって。


「…………さて、行こうか。もっと、巡ろう……」

「……うん。巡ろう」


 風も吹かない、靜かな夜だった。まるで時が止まっているかのように感じてしまうほどに。そしてきっと、そうなのだ。そうであると願いたい。この世界には、きっと二人しかいないのだと。











「入っちゃっていいのかな?」

「まぁ、バレたら素直に怒られるよ……大丈夫。怒られるのは俺だけだ」


 公園を後にして、次にやって来たのは学校。それも、中学校だ。


 二人が卒業した母校。コの字型のこの地域では比較的大きな校舎に、それに囲まれたグラウンド。小学校とは違い遊具がほとんどない事が、入学時は印象的だった。体育館もよくある形だ。災害時の避難場所になっている故か、二階に飲み水が段ボール何箱分もあったのをよく覚えている。


 流石に教職員は皆退勤しているようで、駐車場には車が一台も無い。こういった場所には警備員でもいるのだろうかと考えたが、どうやらいないようだ。監視カメラのようなものが設置されていないのも、当時在学中に知っていた。


「まぁ、今はどうなってるか分かんないけどね」

「……警察に突き出されるかな?」

「なくても先生や親には怒られるだろうなぁ」


 それが分かっていても、巡ることを止めるつもりはなかった。今日、今夜でなければ駄目なのだ。そうでなければ、きっと一生、今以上に様々なものを引き摺って生きていくことになる。今日やりたいことは、今日やるのだ。


「わ、なんにも変わってないなぁ」

「そりゃあそうか。卒業してから二年くらいしか経ってないもんな」

「でも、多少改修工事はされたっけ。今の中学生、皆黒板じゃなくてホワイトボードだったりプロジェクターだったり」

「……うん、たしかにそっか。小学校はどうなんだろ?」

「分かんないなぁ……まぁいいや。あっ、そう言えば、君と初めて出会ったの、あそこじゃない?」


 そう言って指差したのは、体育館横にあるプール。おなじみの二十五メートル、六レーンのプール。その入り口である更衣室へと続く建物の入り口あたり。


「ははっ……あんまり思い出したくない思い出かも…………いや、やっぱり……いい思い出だな」

「時が過ぎれば笑い話ってやつ……なのかもね」


 忘れもしない、中学一年の頃。水泳部に入部希望していた彼は、意気込んでその建物のドアを開け――――その先で競泳水着に着替えていた女子生徒達と鉢合わせ、その結果、当時校内の一事件となったそれを引き起こしてしまったのだ。そしてその着替えていた女子の中に居たのが、その時まさに着替える直前であった彼女――風星(かざぼし) 芽久瑠(めぐる)であった。

 

 当時別のクラスであったために接点が無かった二人。にも拘わらず、目が合ったその時、まさに水着を着ようとしていた直前――全裸での顔合わせとなってしまったのだった。


「……というかそもそも、このプールの入り口の色。男子更衣室が赤で女子更衣室が青なのがおかしい」

「あの事件が起こってからはすぐに職員会議の議題に上がって塗り直されたけどね」

「結局あの後俺は水泳部には気まずくて入れず、三年間芽久瑠以外の女子水泳部には汚物を見るような目で睨まれ続けましたとさ……」


 正直に言ってしまえば、それが彼の性の目覚めであったのかもしれない…………そう考えた直後、彼は物凄い罪悪感に襲われることとなった。多分、あのやらかしで生まれたモヤモヤは、今後一生消えることは無いだろう。


「……消えちゃだめだ。消えるなんて許さない……許したくない…………」

「…………」


 彼が突然そんなことを繰り返すも、プールの話題もそこで終了。様々な思い出が残るこの場所……もう二度と足を踏み入れることがないであろうその場所に、とうとう別れを告げた――――――











 そうこうしているうちに、時刻は午前四時を過ぎた。公園に中学校、訪れた場所は少ないが、思い出を語り、物思いに耽っていたからというのもあったのだろう。思っていたよりも、現実世界で流れている時間というものを早く感じることとなった。


「歩いてここまで来たから、思ったよりも時間かかっちゃったね」

「…………覚えてる? もう、あれから半年経ったんだよ」

「……そっか、もうそんなに…………」


 徐々に空が明るくなり始めたその頃。街の坂を登ってやってきたのは、街を一望できる有名な観光スポット。


 とはいえ、実際はかなりこじんまりとしている。よくサイクリストやバイク乗り、観光客などがこの場所を訪れるが、そこでほとんどの人間が同じことを口にする。「思ってたほどじゃなかったな」と。


 たしかに、皆の言うことも尤もかもしれないと、彼はおよそ半年ぶりにこの場所に来て感じた。雑誌などで度々紹介される割には、ただ山の一部を整備し、ベンチを置いただけの場所。周囲には車が五台ほど駐められる駐車場と、一台の自動販売機があるのみ。町全体を一望でき、その眺めは確かに絶景と言えるだろうが、それは基本的にどんな街の山の上でだって眺められるようなもの。それほど特別感があるというわけではない。


 しかし彼にとっては、ここは一生忘れることなどない思い出の地。半年前、彼はここで芽久瑠にその思いを伝えたのだ。


 それ以前、恋愛経験など一切無かった彼が人生で最も勇気を振り絞った瞬間でもあった。なんてことのない普通の帰り道、たまたま彼女と高校の正門前で鉢合わせ、なんとなく話しながら歩き、そしてこの場所に辿り着いた。


 そして――――告白した。中学の頃から、あなたのことがずっと好きでしたと。高校では互いに、ただの友人。それほど特別な関係でもなかったが、彼はその誠意を、この気持ちは本心であると、芽久瑠に伝えた。例え今後、友達として一緒に居られなくなったとしても、胸の奥底に宿ってしまったその気持ちに、嘘はつきたくなかったから。


 芽久瑠は少し驚いたような表情を見せた。だがそれも一瞬のこと。すぐさま微笑んで、うんと縦に頷いた。


 ――そこからは、話す時間も増えた。彼は中学と変わらず帰宅部で、芽久瑠は水泳部。彼女が練習が終えるのを彼が待ち、そこから一緒に帰るというのが日課だった。


 部活が休みの日は一緒に遊びに行ったり、どちらかの家でのんびり過ごしたり……そんな、珍しい事など一つもない、穏やかなお付き合い。そしてそれが彼にとって、一番幸せな時間であった。


「でも、俺が生徒会に入ってからはこっちの方が帰る時間遅くなったり、一緒に帰ることが減ったり…………ごめん……本当にごめん……」


 少しでも自分を変えたい。もっと芽久瑠に相応しい男になりたいと自ら入った高校の生徒会。しかし待っていたのは、想像以上の激務。人員の不足、一部の生徒の問題行動の後始末に、各部活動の運営方針まで、時には教師の仕事まで肩代わりさせられるというブラックっぷり。辞めようにも後釜がおらず、先輩にも迷惑をかけることは出来ないという責任と重圧からいつしか彼の心は荒み、彼女である芽久瑠にも当たってしまうこともあった。


「……ごめん……ごぉめ……っ、ぅぐっ……」


 ごめん。そんな言葉をふと口にした瞬間――ここまで抑え込んでいた感情が、彼の中から一気に溢れ出した。どうしようもない、向ける場などこの世に存在しないような悲しみであった。




「もっと一緒に居ればよかった……こんなに後悔する前に、君ともっとたくさん思い出を作りたかった……! いつか働いて、結婚して、君と笑いながら、ずっとずっと一緒に……っ……!!」


「……………………」


 叫び、泣いて、内に秘めていたこと全てを吐露しながら、彼は”彼女”を強く、強く抱きしめた。何も出来なかった後悔が、社会の現実に囚われ、本当に大切であった、本当に守らねばならなかったものを忘れかけていたというその思いが、その”もの”への締め付けを更に強くする。


 …………それでも、彼女は何も言わない。言えるわけがない。だって、彼女、風星 芽久瑠は――――――

























 ――――――もう、この世にはいないのだから。






 死んだのだ。二日前――いや、三日前に。水泳部が休みであった学校の帰り道……風も強く雨も降る中、河口で遊んで強い波に巻き込まれることになってしまった、見ず知らずの子供三人を助けるために、彼女は自ら荒波に飛び込んでいったと目撃者の人間から聞いた…………相も変わらず夜遅くまで生徒会の仕事をこなし、そんなことがあったとも知らず、家に直帰し呑気に寝て起きた、その数時間後に。


 子供は全員無事だった。芽久瑠の葬式の際、彼は同じくその場にいた三人に会った。三人は芽久瑠へ溢れんばかりのありがとうとごめんなさいを、泣き崩れながら言っていた。彼らもきっと、その日の事は永遠に忘れないだろう。


「……何が芽久瑠に相応しい男になるだよ……いくら学校での信頼を積んだところで、人として……芽久瑠の恋人として、何も……! っ……なんっにも……出来てねぇじゃねぇかよ…………」


 今になって、何度も何度も考える。もしも、もっと彼女の事を考えていたならばと。なんとなくの正義感と向上心で特別入りたいというわけでもない生徒会に入ることなく、前と同じように共に帰り道を歩いていたならば……その現場に自分も居合わせることが出来たのならば、もっと違う道が……子供達も助け、芽久瑠も命を落とすことがない未来があったんじゃないかと。


「…………やり直したい……やり直したいよ……芽久瑠…………」


 やり直したい。だが、そんなことは叶わない。ここは現実世界だから。死ねば生き返らないし、もしも芽久瑠がどこかで違う人間として生まれ変わっていたとしても、生きている間に再び巡り合うことなどない。


「っ……あぁ……ああああぁぁ……!」






 ベンチに座り、強く抱きしめていた”彼女”――――その骨が納められた壺の入った包みに、彼の涙が滲む。


 泣いた。それはもう泣いた。誰もいない展望台で、彼は泣きじゃくった。




 …………そんな頃――気付けばすでに街の先、海の向こうでは朝日が顔を出し初め、淡い光は二人を照らした。


 誰もいない。雲一つない、静かな朝。現実世界の時は止まらず、今日も昨日と変わらぬ世界が……人の、全ての生命が巡る世界が訪れた。




 ――この場所は、そんな世界から見ればあまりにも小さな場所。そんな場所に設置されている自販機、その付近に捨てられていた、いつの物かも分からない――――――二つ転がっていたスポーツドリンク味の炭酸飲料の空き缶が……淡く、弱々しく、朝日の光をそこで浴びていた。

本作に登場する台詞は、全て()()()()です。

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