魔法少女というジャンルの確立 第2話:魔法の国から来たサリー
作者のかつをです。
第十六章の第2話をお届けします。
記念すべき魔法少女アニメの第一作『魔法使いサリー』。
商標権の問題でタイトルが変わったというのは有名な話ですが、その中身には、作り手たちの「女の子への優しさ」が詰まっていました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
動画配信サイトで、レトロアニメの特集が組まれている。そのサムネイルには、ほうきに跨った、赤い服の女の子が描かれている。彼女の髪型は特徴的なポニーテール。その姿を見て、祖母と孫が「これ知ってる!」と声を揃える。半世紀以上の時を超えて愛されるキャラクターデザインの力強さ。
私たちは、その「魔法使いの女の子」というアイコンを、普遍的なものとして認識している。
しかし、そのアイコンが初めてテレビに登場した時、作り手たちがどれほど繊細に「女の子の夢」を紡ごうとしていたかを知る者は少ない。
1966年。
東映動画は、横山光輝の原作『魔法使いサニー』のアニメ化を進めていた。
しかし、直前になって問題が発生する。「サニー」という名前の商標権を、家電メーカー(ソニー)と自動車メーカー(日産)がすでに持っていたのだ。
スタッフたちは急遽、名前の変更を余儀なくされた。
会議室で幾つもの案が出され、そして決まった名前が「サリー」だった。
『魔法使いサリー』。
日本初の少女向けテレビアニメのタイトルは、こうして決定した。
制作現場では、演出家や脚本家たちが議論を重ねていた。
「魔法を使って何をするか」が最大のテーマだった。
男の子向けのアニメなら、魔法で悪者をやっつければいい。しかし、女の子が求めているのは暴力的な解決ではないはずだ。
「魔法は、困っている人を助けるために使うべきだ」
「あるいは、ちょっとした悪戯や、素敵なドレスを出すために」
彼らが目指したのは、友情や思いやり、そして「道徳」を説くドラマだった。
魔法の国から来た王女サリーが、人間の友達よし子ちゃんやすみれちゃんと交流し、人間の心の温かさを学んでいく。
魔法はあくまで、その交流を彩るスパイスに過ぎない。
そして、映像面でも東映動画の職人技が光った。
ディズニー映画で培った「フルアニメーション」の精神は、サリーのスカートの翻りや、魔法をかける時の指先の優雅な動きに生かされた。
背景美術も、パステルカラーを基調とした、メルヘンチックで温かみのある世界観が構築された。
1966年12月5日、放送開始。
「マハリク マハリタ ヤンバラヤンヤンヤン」
キャッチーな呪文と共に、サリーちゃんは日本中の女の子たちの心を鷲掴みにした。
テレビの前で、女の子たちは息を呑んだ。
自分たちと同じくらいの年の女の子が、空を飛び、家を建て、不思議な力で活躍する。
それは、おままごとや人形遊びでは決して味わえない、圧倒的な「自由」と「全能感」の体験だった。
「私も、サリーちゃんになりたい!」
その純粋な憧れが、日本中に魔法少女ブームを巻き起こした。
サリーは、単なるアニメキャラクターではなかった。
彼女は、戦後の日本に生まれた女の子たちに、「夢を見る」という新しい遊びを教えてくれた、最初の親友だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
サリーちゃんの足首がない(ように見える)デザインは、当時のアニメーターが「足首を細く描きすぎた」という説や、「白いブーツを履いている」という説など諸説ありますが、そのスタイルの良さも女の子たちの憧れの対象でした。
さて、魔法使いという「異邦人」の次は、普通の女の子が魔法を手に入れる物語が生まれます。
次回、「変身という名の願望」。
あの有名なコンパクトが登場します。
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