『ガンダム』、リアルロボットという革命 第4話:視聴率という名の敗北
作者のかつをです。
第十五章の第4話をお届けします。
歴史は繰り返す。
ヤマトと全く同じ視聴率低迷そして打ち切りという悲劇。
今回はそんなガンダムが迎えた最も暗い時代の絶望感を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある深夜アニメの放送終了後、SNSのタイムラインはファンの絶賛の声で埋め尽くされている。「今週も神回だった!」「円盤予約した! 絶対に二期をやってほしい!」。その熱狂とは裏腹に数日後、そのアニメの円盤の売り上げが振るわなかったというニュースが流れる。そして続編が作られることはなかった。ファンの熱量と商業的な成功が必ずしも一致しない。
私たちは、その残酷な現実を当たり前の市場原理として受け入れている。
しかし、かつてその市場原理の前に一度は完全に敗れ去りながらも、奇跡の復活を遂げた伝説の物語があった。
1979年4月7日、土曜日、午後5時30分。
様々な問題を抱えたまま『機動戦士ガンダム』はついにその放送を開始した。
富野由悠季と彼の率いるスタッフたちの魂は、そのフィルムの一コマ一コマに確かに込められていた。
しかしそのあまりにも大人びた物語は、やはり時代を先取りしすぎていた。
放送時間帯のメインターゲットである小学生低学年の子供たち。
彼らが求めていたのはマジンガーZのような分かりやすい勧善懲悪のヒーロー物語だった。
難解な政治劇、複雑な人間関係、そして主人公の苦悩。
その全てが彼らにとって退屈なものに映った。
「ガンダム、面白くない」
子供たちの正直な反応はそのまま残酷な「数字」となって現れた。
視聴率は名古屋地区で平均5.3%。
関東地区でもそれと大差ない悲惨な数字だった。
それはゴールデンタイムのアニメ番組としてはおよそ考えられない記録的な低さだった。
スポンサーであるクローバーの怒りは頂点に達した。
「見たまえ、富野監督! これが君の理想の結果かね!」
「言わんこっちゃない。あんな地味なロボットが子供に受けるはずがないんだ!」
彼らが発売したガンダムの玩具も全く売れなかった。
それは当然だった。
彼らは自分たちの信じる「スーパーロボット」のフォーマットを無理やりガンダムに当てはめた、奇妙な商品を作ってしまったのだ。
アニメの設定を無視した派手な色。原作には存在しない謎の合体ギミック。
そのちぐはぐな商品はファンの心をも掴むことができなかった。
テレビ局、スポンサー、そして制作会社であるサンライズ。
その全ての場所から富野は集中砲火を浴びた。
そしてついに非情な宣告が下される。
『宇宙戦艦ヤマト』と全く同じ悲劇。
当初全52話の予定だった物語は43話での放送終了が決定。
「打ち切り」である。
制作現場は絶望の淵に突き落とされた。
「……やはり俺たちのやっていたことは、独りよがりのマスターベーションだったのか」
富野の心は完全に折れていた。
彼は打ち切りが決まった後のストーリーを自暴自棄に書きなぐった。
主要な登場人物たちが次々と無惨に死んでいく皆殺しの展開。
それは彼のテレビ業界への、そして自分を理解しなかった全ての人間への復讐の鎮魂歌のようだった。
こうして一つの革新的な物語は誰にもその真価を理解されないまま、テレビの歴史の闇へと葬り去られようとしていた。
しかしその闇の中でいくつかの小さな光が灯り始めていたことを、絶望の淵にいた彼らはまだ知らなかった。
『アニメージュ』に代表されるアニメ雑誌の片隅で。
そして模型業界の王者「バンダイ」の会議室で。
伝説の復活への歯車はすでに静かに回り始めていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
打ち切りが決まった後のガンダムの終盤の展開のすさまじさは今や伝説となっています。富野監督の怒りと絶望が、あの奇跡のラストを生み出したのかもしれません。
さて、一度は死んだはずのガンダム。
しかしその亡霊は全く別の場所から復活の狼煙を上げます。
次回、「プラモデルが語り始める」。
もう一つの玩具メーカーが奇跡を起こします。
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