『ガンダム』、リアルロボットという革命 第1話:無敵のロボットはもういらない
作者のかつをです。
本日より、第四部「熱狂編 ~ファンと文化の誕生~」の第三章となる、第十五章「『ガンダム』、リアルロボットという革命」の連載を開始します。
今回の主役はついに登場した『機動戦士ガンダム』。
しかし物語はその輝かしい栄光ではなく、全ての常識への反逆から始まります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京・秋葉原。
ホビーショップのショーウィンドウ。ガラスケースの中に一体の精巧に作られたロボットの模型が静かな威圧感を放っている。ミリ単位で施されたウェザリング(汚し塗装)。コーションマーク(注意書き)の小さなデカール。その佇まいはもはや子供向けの玩具ではない。それは架空の歴史の中に確かに存在するはずの一つの「兵器」としてのリアリティを追求した、大人のための芸術品だ。そのロボットの名はガンダム。
私たちは、「リアルロボット」というジャンルの存在を当たり前の文化として享受している。
しかし、かつてテレビに登場するロボットが全て勧善懲悪の物語の中で必殺技を叫ぶ無敵のヒーローでしかなかった時代があった。そのあまりにも牧歌的な常識に強烈な違和感を抱き、「そんな子供だましはもうたくさんだ」と叫んだ一人の鬼才がいた物語である。
物語の始まりは『宇宙戦艦ヤマト』が日本中に熱狂の嵐を巻き起こしていた1970年代後半。
その熱狂を横目に一人の若きアニメ監督が冷徹な目で時代を見つめていた。
彼の名は富野由悠季。
彼はすでに『海のトリトン』や『勇者ライディーン』といった作品で、その非凡な演出家としての才能を示していた。
そして彼が監督を務めた巨大ロボットアニメ『無敵鋼人ダイターン3』は、そのケレン味溢れる派手なアクションとコミカルなキャラクター描写で高い人気を博していた。
しかし彼の心は決して満たされてはいなかった。
むしろ強烈な自己嫌悪と焦燥感に苛まれていた。
『マジンガーZ』が作り上げた黄金の方程式。
主人公が叫び必殺技を放てば、どんな強大な敵も木っ端微塵になる。
その「お約束」のカタルシスを自分はただなぞっているだけなのではないか。
スポンサーである玩具メーカーの顔色を伺い、子供たちに分かりやすい嘘を垂れ流しているだけなのではないか。
彼の魂はもっと別の物語を描きたいと叫んでいた。
彼が本当に描きたいのは単純明快なヒーロー物語ではなかった。
彼が描きたいのはもっと複雑で矛盾に満ちた「人間」そのもののドラマだった。
そしてその人間たちが殺し合う醜くそして悲しい「戦争」という現実だった。
ヤマトは確かにそれに近づいた。
しかし、まだ足りない。
もっと徹底的にリアルな物語を作りたい。
そんな彼の元に一つの新しい企画が舞い込んできた。
日本サンライズが企画する新しい宇宙SFロボットアニメ。
当初の企画名は『フリーダムファイター』。
宇宙を舞台にした『十五少年漂流記』のような物語だった。
富野は直感した。
これだ。
この企画を土台にするならば、自分の本当に描きたい物語を描けるかもしれない。
彼は企画会議の席で宣言した。
「無敵のスーパーロボットはもういらない」
「僕が描きたいのはヒーローではない。戦争の中で生きるただの少年兵の物語だ」
その言葉は会議室の空気を凍りつかせた。
スポンサーの意向を完全に無視したあまりにも過激なマニフェスト。
しかしその鬼才の瞳には狂気とそして確信の炎が燃え盛っていた。
彼はこれから自らが作り上げてきた巨大ロボットアニメというジャンルの常識そのものを、内側から破壊しようとしていたのだ。
革命の火蓋は切って落とされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十五章、第一話いかがでしたでしょうか。
富野由悠季監督のこの強烈な作家性そして反骨精神こそが、ガンダムという奇跡の作品を生み出す原動力でした。彼は常に戦っていたのです。
さて、全ての常識を破壊すると宣言した富野。
彼の頭の中では一体どんな新しい戦争の形が描かれていたのでしょうか。
次回、「これは戦争だ」。
伝説のモビルスーツが産声を上げます。
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