ヤマト、発進せよ! 第1話:打ち切りアニメの烙印
作者のかつをです。
本日より、第四部「熱狂編 ~ファンと文化の誕生~」の第二章となる、第十四章「ヤマト、発進せよ! ~再放送が起こした奇跡~」の連載を開始します。
今回は一度は「失敗作」の烙印を押された作品がいかにして不死鳥のように蘇ったのか、その熱狂の記録です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
SNSのタイムラインが悲しみの声で溢れている。「マジかよ…〇〇(作品名)、打ち切り決定…」「面白いと思ってたのになんでだよ!」。あるアニメ作品の放送話数短縮のニュースがファンコミュニティを駆け巡っていた。タイムラインには「#〇〇を救いたい」「#円盤買おうぜ」といったハッシュタグが飛び交う。ファンは嘆くだけではない。自らの購買行動によって作品の未来を変えようと行動する。
私たちは、「打ち切りは終わりではない」という文化を当たり前の敗者復活戦として知っている。
しかし、かつて打ち切りが作品にとって完全な「死」を意味していた時代があった。その冷徹なテレビ業界の常識に、たった一隻の宇宙戦艦が壮絶な反逆の狼煙を上げた物語である。
物語の始まりは1974年10月6日。
その夜、日本中のお茶の間に一つの新しいアニメが産声を上げた。
その名は『宇宙戦艦ヤマト』。
企画・製作を担ったのは西﨑義展。
アニメ業界の常識にとらわれない異端児として知られる野心的なプロデューサーだった。
彼が目指したのは子供向けのロボットアニメとは一線を画す、本格的なSF大河ロマンだった。
イスカンダルへの14万8千光年の旅。地球滅亡までのタイムリミット。愛する人々との別れと死。
そのあまりにも重厚でビターな物語は、確かに一部のSFマニアや年齢層の高い中高生たちの心を捉えた。
しかしその声はあまりにも小さかった。
放送時間は日曜の夜7時半。
まさに家族団らんのゴールデンタイム。
その時間帯のテレビの前の主役はまだ幼い子供たちだった。
彼らにとってヤマトの物語はあまりにも難解でそして暗すぎた。
そして何よりも不運だったのがその裏番組だった。
ヤマトが放送されていたその全く同じ時間に、もう一つのチャンネルでは一本の国民的名作アニメが放送されていたのだ。
その名は『アルプスの少女ハイジ』。
家族で安心して観られるハイジの牧歌的な世界。
それに比べヤマトの硝煙の匂いが漂うハードな世界は、あまりにも分が悪かった。
視聴率は惨憺たる結果となった。
一桁台を低迷し、テレビ局やスポンサーからは連日厳しい叱責の声が飛んだ。
「西﨑さん、もっと話を分かりやすくできないのかね」
「毎週人が死ぬような暗い話ばかりでは子供が怖がるだけだ」
西﨑は必死に抵抗した。
これはただの子供だましではない、人間のドラマなのだと。
しかし視聴率という絶対的な数字の前にはどんな理想も無力だった。
そして非情な宣告が下される。
当初一年間全51話の予定で構想されていた壮大な物語は、その半分26話での放送終了を余儀なくされた。
「打ち切り」である。
制作現場は絶望に包まれた。
自分たちの信じた新しいアニメの形は時代に受け入れられなかった。
俺たちの挑戦はただの独りよがりな夢物語だったのか。
プロデューサー西﨑義展の胸には深い屈辱と、そして燃えるような悔しさが刻み込まれた。
打ち切りという烙印を押された一隻の宇宙戦艦。
その物語は誰にも知られることなく、テレビの歴史の闇へと静かに沈んでいくかに見えた。
しかしそれは壮大な伝説のほんの序章に過ぎなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
裏番組が『アルプスの少女ハイジ』。これはあまりにも相手が悪すぎました。しかしこの本放送での失敗がなければその後の伝説も生まれなかった。まさに歴史の皮肉です。
さて、一度は海の藻屑と消えたヤマト。
しかしその物語を再び地上へと引き上げる一筋の光が差し込みます。
次回、「深夜の再放送」。
奇跡の逆転劇が静かに始まります。
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