戦時下、国策アニメの光と影 第2話:空襲警報下の作画机
作者のかつをです。
第二章の第2話をお届けします。
アニメ制作という平和な営みと戦争という極限状況。
そのあまりにも残酷なコントラストの中でクリエイターたちが何を思っていたのか。
今回はそんな彼らの日常に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
都心にそびえ立つ近代的なアニメスタジオ。空調の効いた快適な部屋でアニメーターたちが液晶タブレットに向かい黙々と作業を進めている。疲れたらカフェスペースで一息つき仲間と談笑する。そこには創造性を最大限に引き出すための平和で安全な環境が整えられている。
私たちは、その環境を当たり前のものだと思っている。
しかし、かつて日本のクリエイターたちが自らの命の危険を感じながら鉛筆を握りしめていた時代があったことを知る者は少ない。
1944年、東京・大船。
瀬尾光世が監督を務める長編アニメ映画の制作拠点、松竹動画研究所には全国から腕利きの若きアニメーターたちが集められていた。
彼らの心は日本初の長編アニメを作るという歴史的なプロジェクトに参加できる、誇りと興奮に満ちていた。
しかし彼らを待っていた現実はあまりにも過酷だった。
戦争はもはや遠い大陸での出来事ではなかった。
B-29爆撃機が日本の本土を日常的に襲うようになっていたのだ。
ウウウウゥゥゥーーーーー。
不気味なサイレンの音が街に鳴り響く。空襲警報だ。
その瞬間スタジオの空気は一瞬で凍りつく。
「退避!」
誰かの怒声が飛ぶ。
しかし彼らがただ自分の身一つで防空壕へ駆け込むことは許されなかった。
彼らの腕には今描き終えたばかりの何十枚もの原画の束が固く抱きしめられていた。
この一枚一枚が国家の威信をかけた映画の命そのものなのだ。
一枚でも欠ければ映画は完成しない。
彼らは貴重な原画をまるで我が子のように抱え、土の匂いが充満する薄暗い防空壕へと身を滑り込ませた。
遠くで爆弾が炸裂する地響きが伝わってくる。
いつこのスタジオの真上にそれが落ちてきてもおかしくはない。
恐怖と寒さに震えながら、彼らはただ警報が解除されるのを待つしかなかった。
日常もまた戦いだった。
絵の具や鉛筆といった基本的な画材すら不足していた。
食事も満足にはとれない。誰もが空腹を抱えながら机に向かった。
スタジオに集められた若者たちの多くは徴兵を免除されていた。そのことへの負い目もあった。戦地で戦う友がいるのに自分たちはここで絵を描いている。
「俺たちは本当に国の役に立っているのだろうか」
そんな拭いがたい葛藤を抱えながらも彼らはペンを止めなかった。
いや止められなかった。
空襲の恐怖も飢えも葛藤も。その全てを振り払うかのように、彼らはただひたすらに目の前の紙に線を描き続けた。
絵を描いている間だけは戦争という残酷な現実を忘れられる気がした。
この一本の線が未来に繋がると信じたかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際に空襲のたびにセル画や原画を疎開させる作業は大変な苦労だったそうです。まさに命がけで一枚の絵を守っていたのです。
さて、そんな極限状況の中、監督である瀬尾光世はある壮大な野心を燃やしていました。
次回、「ディズニーを超えろ」。
彼の芸術家としての魂が国策映画という枠組みを超えようとします。
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