『アニメージュ』創刊とファン世代の覚醒 第4話:売れるわけがない
作者のかつをです。
第十三章の第4話をお届けします。
最終的な決断を下すトップの度量。
今回はそんな組織論の核心にも触れながら、運命のプレゼンテーションの緊迫感を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
あるベンチャー企業の若き起業家が投資家たちの前で自社の新しいサービスについてプレゼンテーションしている。「このニッチな市場にはまだ誰も気づいていませんが、そこには熱狂的なユーザーが確実に存在します。彼らの潜在的なニーズを掘り起こせば巨大なビジネスチャンスが生まれるはずです」。
私たちは、「見えざる市場を可視化する」という挑戦をイノベーションの本質として理解している。
しかし、かつてデータや前例が全く存在しない暗闇の中で、自らの直感と情熱だけを頼りにその見えざる市場の存在を証明しようとした、一人の編集者の孤独な戦いがあった。
徳間書店の役員会議室。
その場所は最終決戦の場と化していた。
鈴木敏夫はこれが最後のチャンスだと覚悟を決めていた。
彼の前には徳間書店の創業者であり絶対的な権力者である徳間康快社長が腕を組んで座っていた。
鈴木は全てをぶつけた。
『宇宙戦艦ヤマト』が証明した中高生以上のファンの存在。
彼らが求めているのは子供向けの情報ではなく作り手の魂に触れるような深度のあるジャーナリズムであること。
富野由悠季監督をはじめクリエイターたちもまた自らの言葉を発信する場所を求めていること。
彼のプレゼンテーションは熱を帯びていた。
それはもはや単なるビジネスの提案ではなく、新しい文化を創造するのだという革命の檄文だった。
しかし他の役員たちの反応はやはり冷ややかだった。
一人のベテラン役員が冷たく言い放った。
「鈴木君、君の熱意は分かった。だがビジネスは熱意だけでは成り立たない。具体的な数字を示してくれたまえ。君が言う『見えない市場』とやらは一体どれくらいの規模なのだね? 広告は本当に取れるのか? 書店は本当に君の言うそのマニア向けの雑誌を置いてくれるのかね?」
それはあまりにも正論だった。
鈴木はぐっと言葉に詰まった。
前例がないのだ。具体的な数字など示せるはずもなかった。
万事休すか。
会議室が諦めの空気に包まれたその瞬間だった。
それまで黙って話の行方を見守っていた徳間社長が重々しく口を開いた。
「……面白い」
そのたった一言。
その一言が会議室の空気を一変させた。
徳間康快は稀代の経営者であると同時に、規格外の勝負師でもあった。
彼は鈴木の瞳の奥に自分と同じ匂いを感じ取っていた。
常識を疑いまだ誰も見ぬ荒野に一番乗りの旗を立てようとする、フロンティアスピリットの匂いを。
「よし、分かった。やらせてみよう」
役員たちが息を呑む。
「ただし」
徳間は続けた。
その目は笑ってはいなかった。
「創刊に必要な資金は会社が出す。しかしもしこの企画が失敗し会社に損害を与えた場合は、鈴木君、君が全責任を取ることになる。いいな?」
それはあまりにも重い言葉だった。
自分の編集者としての人生そのものを賭ける覚悟を問われていた。
鈴木は一瞬ためらった。
しかし彼の心はすでに決まっていた。
「……はい。その覚悟はできております」
彼は深々と頭を下げた。
こうして日本初の本格的アニメ専門誌『アニメージュ』の創刊は正式に決定した。
それは一人の若き編集者の人生を賭けた、あまりにも無謀でそしてあまりにもロマンに満ちた船出の瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
徳間康快社長のこのトップダウンの決断がなければ『アニメージュ』は決して生まれませんでした。そして後のスタジオジブリの設立にも彼の存在は不可欠でした。まさにキーパーソンです。
さて、ついに創刊の許可を得た鈴木。
いよいよその伝説の雑誌が形を持ち始めます。
次回、「創刊号、書店へ」。
歴史が動くその瞬間です。
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