『アニメージュ』創刊とファン世代の覚醒 第2話:徳間書店、若き編集者の野望
作者のかつをです。
第十三章の第2話をお届けします。
いつの時代も新しいビジネスは周囲の無理解との戦いです。
今回は伝説の編集者、鈴木敏夫がいかにして『アニメージュ』という革命的な企画を立ち上げたのか、その孤軍奮闘の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
大手出版社がアニメ事業部を設立し自社でアニメの企画・製作に乗り出す。あるいはIT企業が全くの異業種からアニメスタジオを買収しコンテンツビジネスに参入する。新しい市場の可能性を見出しそこに大胆な投資を行う。それは現代のビジネスの世界では当たり前の光景だ。
私たちは、「新しい市場を開拓する」という企業の挑戦を当たり前の経済活動として認識している。
しかし、かつてアニメというジャンルがまだ巨大な市場になるとは誰も信じていなかった時代。その見えざる鉱脈をたった一人で掘り当てようとした若き編集者の、孤独な野望の物語があった。
1977年夏。
日本のエンターテイメント史を揺るがす一つの事件が起きた。
テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版が公開され、社会現象と呼ぶにふさわしい空前の大ヒットを記録したのだ。
テレビでの本放送時は視聴率が振るわず打ち切りの憂き目にあった作品。
それが深夜の再放送をきっかけに中高生を中心とした若者たちの心を掴み、そのファンの熱狂がついに映画会社を動かした。
映画館には若者たちの長蛇の列ができた。
彼らは何度も劇場に足を運び主題歌を合唱し、そして感動のあまり涙した。
徳間書店の若き編集者、鈴木敏夫は、その熱狂の渦を呆然と、しかし興奮と共に見つめていた。
「……やはり俺の読みは間違っていなかった」
アニメはもはや子供だけのものではない。
中高生や大学生、そして大人までを巻き込む巨大な文化のうねりなのだ。
そしてそのうねりの中心にいる熱狂的なファンたちは、自分たちの「好き」という気持ちを語り合い共有するための「場所」に飢えている。
今こそその「場所」を作る時だ。
彼は決意を固めた。
そして数ヶ月に渡り練り上げてきた一つの企画書を握りしめ、編集長そして社長の元へと向かった。
その企画書のタイトルはこうだった。
『月刊・アニメージュ、創刊企画』
アニメーションの「アニメ」とフランス語で「画像」や「映像」を意味する「イメージ」。
その二つを組み合わせたその言葉には、彼の野心の全てが込められていた。
それは単なる子供向けのテレビ雑誌ではない。
アニメーションを一つの映像芸術として真正面から捉え、その歴史、技術、そして何よりも作り手の思想までを深く掘り下げる日本で初めての本格的なアニメーション専門誌。
彼は熱弁した。
『宇宙戦艦ヤマト』の熱狂。
コミックマーケットに集う若者たちのエネルギー。
今この見えざる市場に誰よりも早く旗を立てるべきなのだ、と。
しかし役員たちの反応は冷ややかだった。
「鈴木君、気持ちは分かるがね。ヤマトのブームはしょせん一過性のものだろう」
「そんなマニア向けの雑誌が毎月コンスタントに売れるとは到底思えない」
「失敗した時のリスクが大きすぎる」
社内は反対の嵐だった。
誰もが彼の企画を若者の熱に浮かされた無謀な夢物語だと決めつけた。
しかし鈴木はたった一人諦めてはいなかった。
彼の目には他の誰にも見えていない未来の景色がはっきりと見えていたからだ。
それはファンが作り手と繋がり共に物語を育てていく幸福な未来。
アニメが日本が世界に誇る巨大な文化産業へと成長していく輝かしい未来。
彼の孤独なしかし熱い戦いが始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『宇宙戦艦ヤマト』の熱狂がなければ『アニメージュ』は生まれなかった。そして『アニメージュ』がなければ後の『風の谷のナウシカ』も生まれなかった。まさに全ての歯車が噛み合った奇跡の瞬間でした。
さて、社内の分厚い壁に阻まれた鈴木。
彼がその壁を打ち破るために掲げた武器。
それは「作り手の顔が見たい」というファン心理でした。
次回、「作り手の顔が見たい」。
鈴木の革命的な編集方針の核心に迫ります。
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