戦時下、国策アニメの光と影 第1話:海軍省からの指令
作者のかつをです。
本日より、第二章「桃太郎、海を征く ~戦時下、国策アニメの光と影~」の連載を開始します。
今回の主役は、戦争という時代の大きな波に翻弄されながらも、アニメーションの可能性を信じたクリエイターたちです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
シネマコンプレックスの巨大なロビーは子供たちの熱狂的な喧騒に包まれている。彼らのお目当ては今日から公開されるヒーローアニメの劇場版だ。最新のCG技術で描かれた迫力のアクション、仲間との絆を描く王道のストーリー。アニメは現代において最も影響力のあるエンターテイメントの一つとして確固たる地位を築いている。
誰もがアニメを娯楽として享受している。
しかし、その「当たり前」が当たり前ではなかった時代があったことを知る者は少ない。
一本のアニメ映画が国家の威信そのものを背負い、戦場の兵士たちと同じ重圧の中で作られていた知られざる物語である。
物語の始まりは、太平洋戦争の暗い影が日本全土を覆い尽くしていた1943年。
アニメーターの瀬尾光世は、東京のスタジオで複雑な思いを胸にペンを握っていた。
彼は前年に公開されたアニメ『桃太郎の海鷲』で監督として大きな成功を収めていた。真珠湾攻撃を題材にしたこの作品は子供たちの人気を博し、国威発揚に大きく貢献したと評価されたのだ。
その成功が彼を新たな、そしてさらに巨大なプロジェクトへと導くことになる。
ある日彼の元を海軍省の制服に身を包んだ厳格な顔つきの役人たちが訪れた。
彼らが瀬尾に下した指令。それは前作を遥かに凌駕する長編アニメーション映画の製作だった。
「今度は海軍の落下傘部隊の活躍を描いてもらいたい」
それは国家からの絶対的な命令だった。
与えられた予算は破格の27万円。当時の金額としてはまさに国家プロジェクトと呼ぶにふさわしい巨額の資金だった。
そしてその期待の裏には、日に日に悪化していく戦況への焦りがあった。この映画でもう一度国民の士気を高揚させ、少年たちを戦場へと鼓舞する。それがフィルムに託された重い重い使命だった。
瀬尾はアニメーターであると同時に一人の芸術家だった。
彼の心の中にはウォルト・ディズニーが作り上げた『ファンタジア』のような、芸術性の高いアニメーションをいつかこの日本で作りたいという熱い野心が燃えていた。
国家からの巨大な期待。潤沢な予算。そして最高のスタッフを集められるというまたとない機会。
それは彼の野心を実現するための千載一遇のチャンスかもしれなかった。
しかしそのフィルムの向こう側には本当の戦争がある。
自分のペン先から生み出されるキャラクターたちが、若者たちを死地へと誘うその一助になるのかもしれない。
芸術家としての野心と戦争に加担することへの静かな葛藤。
瀬尾はその二つの感情の狭間でただ黙って、海軍省からの指令書を握りしめるしかなかった。
日本初となる長編アニメーション映画の制作が今始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第二章、第一話いかがでしたでしょうか。
娯楽であるはずのアニメが国家の道具として作られる。そんな数奇な運命を背負ったのがこの『桃太郎 海の神兵』でした。監督の瀬尾光世は、この巨大なプロジェクトに複雑な思いで挑むことになります。
さて、国家的なプロジェクトとして始まったアニメ制作。
しかしその現場は想像を絶するほど過酷なものでした。
次回、「空襲警報下の作画机」。
戦火の中でアニメーターたちは何を描いたのでしょうか。
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