撮影台が魔法を生んだ日 第5話:画面に宿る一筋の光(終)
作者のかつをです。
第十一章の最終話です。
一つの偉大なアナログ技術が時代の波の中でその姿を変え、しかしその魂を次世代のデジタル技術に受け継いでいく。
その少し切なくも美しい歴史の連鎖を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあのCG制作会社。
若きコンポジターが最終的なチェック作業を行っている。
彼のモニターには何十もの「レイヤー」が表示されている。キャラクターのレイヤー、背景のレイヤー、光のエフェクトのレイヤー。彼はその一つ一つのレイヤーの表示不表示を切り替え、色味や明るさを微調整していく。
その仕事はかつて撮影台の上で行われていたアナログの魔法と驚くほどよく似ていた。
私たちはデジタル化によって効率化された撮影の工程を当たり前のものとして見ている。
しかし、そのデジタルのレイヤーの一枚一枚に、かつてアナログの職人たちが血の滲むような努力で積み上げてきた知恵と経験の魂が宿っていることを知る者は少ない。
1990年代後半。
アニメ制作の現場にデジタル化の巨大な波が押し寄せた。
撮影監督たちの聖域だった「撮影台」はその役目を終えようとしていた。
あの巨大な鉄の塊は一台また一台とスタジオの片隅へと追いやられ、やがて粗大ゴミとして処分されていった。
ワセリンもストッキングももはや必要ない。
PhotoshopやAfter Effectsといった画像編集ソフトが、それ以上の魔法をボタン一つで可能にした。
アナログの時代は終わった。
多くのベテラン撮影監督たちが時代の変化に対応できず、静かにその仕事場を去っていった。
一つの偉大な職人の文化が失われようとしていた。
しかしその技術は決してゼロにはならなかった。
彼らが長年の経験で培ってきた「光」と「影」のセンス。
「このシーンではこういう光を当てれば観客の感情が高まるはずだ」
「このレンズの歪みがキャラクターの心の歪みを表現するのだ」
そのアナログの時代に培われた普遍的な「演出」の思想。
それは若いデジタル世代のクリエイターたちに確かに受け継がれていったのだ。
デジタルの世界ではどんな表現も可能だ。
しかしその無限の選択肢の中から物語にとって最適なただ一つの「正解」を選び取る感性。
その感性を育んだのは間違いなく、アナログの制約の中で必死に知恵を絞り続けた先人たちの戦いの歴史だった。
歴史は遠い資料館の中にあるのではない。
あなたが今心を奪われているあの美しいアニメのワンシーン。
その画面の片隅に差し込む一筋の光。
そのキャラクターの瞳に宿る小さな輝き。
その光の中にそれは確かに息づいているのだ。
かつて撮影台という暗闇の中でたった一人物理的な光と格闘し、映像に魔法をかけようとした名もなき錬金術師たちの静かでしかし熱い魂が。
CGがどんなに進化しても。
その画面に魂を宿すのはいつの時代も作り手の人間としての感性なのだ。
そのアナログの魂が宿る限りアニメの光は決して消えることはない。
(第十一章:光と影の錬金術 ~撮影台が魔法を生んだ日~ 了)
第十一章「光と影の錬金術」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
デジタルネイティブの若いクリエイターの中には今改めてこのアナログ時代の撮影技術の「味」に注目し、自らの作品に取り入れようとする動きも出てきています。歴史は繰り返すのですね。
さて、アニメの表現を豊かにする職人たちの物語が続きました。
次なる物語は、その表現の自由を巡る作り手と「スポンサー」との熱い戦いの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第十二章:7色のヒーロー ~スポンサーと戦った『マジンガーZ』~**
「おもちゃを売るためのアニメ」。
その絶対的な使命とクリエイターの表現欲はいかにしてぶつかり合い、そして融合していったのか。
「人が乗り込む巨大ロボット」という一大ジャンルを確立した男たちの知られざる激闘が始まります。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それではまた新たな物語でお会いしましょう。
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