撮影台が魔法を生んだ日 第2話:光の透過、ワセリンの滲み
作者のかつをです。
第十一章の第2話をお届けします。
CG全盛の現代から見ればまるで魔法のように信じられないアナログの撮影技術。
今回はそんな失われた職人技の驚くべき世界に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
あるアニメのメイキング番組が放送されている。CGアーティストがパソコンの画面の上でキャラクターの瞳に輝きを加える作業を実演している。「瞳にハイライトを入れるだけでキャラクターの生命感がぐっと増すんですよ」。彼はそう言うと特殊なフィルターを使い、瞳の中にキラリと光る星を描き加えた。画面の中のキャラクターはまるで魂を宿したかのように生き生きと輝き始めた。
私たちはデジタルで作り出される美しい「光」の表現を当たり前の技術として見ている。
しかし、かつてその光の輝きが物理的な光そのものを操ることによって生み出されていた、魔法のような技術があったことを知る者は少ない。
撮影監督たちの仕事場である撮影台。
そのガラスのステージの下にはもう一つの重要な装置が隠されていた。
それは下からセル画を照らし出すための強力なライトボックスだった。
この「光の透過」こそが、撮影監督たちが使う最も基本的でそして最も強力な魔法の源泉だった。
例えばキャラクターの瞳を輝かせたい時。
彼らはまず瞳の部分だけをくり抜いた黒いマスク素材を用意する。
そしてそのマスクを通して下から強い光を当てるのだ。
するとフィルムには瞳の部分だけが白く発光しているかのような映像が焼き付けられる。
さらにその光の前に星形のフィルターを置けば、瞳の中にキラリと輝く星を生み出すこともできた。
少女漫画のあのキラキラとした瞳の輝きはこうして物理的に生み出されていたのだ。
ロボットの目や計器類を光らせるのも同じ原理だった。
さらに彼らは光だけでなく「物質」そのものを使って魔法を生み出した。
キャラクターが過去を回想するシーン。
画面全体が柔らかくぼやけたような幻想的な雰囲気に包まれるあの演出。
撮影監督はおもむろにポケットから小さな瓶を取り出す。
中に入っているのはごく普通の「ワセリン」だ。
彼はそのワセリンを少量指に取り、カメラのレンズの表面に薄く塗り広げていく。
するとどうだろう。
ワセリンの油分が光を乱反射させ、撮影される映像はまるで夢の中の光景のように柔らかく滲んだ独特の質感を持つようになるのだ。
あるいはもっと過激な方法もあった。
レンズの前にストッキングを一枚張る。
それだけで画面に絶妙なソフトフォーカスの効果を生み出すことができた。
透過光、ワセリン、ストッキング。
そのどれもが最新のデジタル技術とは無縁の、あまりにもアナログで原始的な手法だった。
それは科学というよりむしろ家庭の主婦の知恵袋のような世界だった。
しかしその手作りの魔法は、CGが作り出すどんな完璧な光よりもどこか温かく、そして人間的な質感を画面に与えていた。
それは効率や計算だけでは決して辿り着けない、職人たちの経験と勘、そして遊び心だけが生み出すことのできる奇跡の光だった。
彼らの指先から生まれるそのアナログの光こそが、日本のアニメに独特の詩情と抒情性を与えていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ワセリンやストッキングを使うという手法はもちろんアニメだけの専売特許ではありません。実写の映画撮影の現場で培われた様々な知恵がアニメの世界にも応用されていたのです。
さて、幻想的な光を生み出した魔法使いたち。
彼らの次なる挑戦はアニメの華である「破壊」の表現でした。
次回、「ビームはこうして輝いた」。
SFアニメの特殊効果の秘密に迫ります。
ブックマークや評価、お待ちしております!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




