撮影台が魔法を生んだ日 第1話:セル画を撮るだけじゃない
作者のかつをです。
本日より、第十一章「光と影の錬金術 ~撮影台が魔法を生んだ日~」の連載を開始します。
今回の主役はアニメ制作の最後の砦、「撮影」の技術者たち。
CGがなかった時代に彼らがいかにしてアナログな手法で映像に魔法をかけていたのか。その驚くべき職人技の世界に光を当てます。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
CG制作会社のオフィスで一人のコンポジター(撮影担当)がパソコンのモニターの上でキャラクターのデータと背景のデータを重ね合わせている。彼はマウスを数回クリックし「レンズフレア」というエフェクトを加える。すると画面の中にまるで本物の太陽光が差し込んだかのようなリアルな光の筋が現れた。さらに「被写界深度」のパラメーターを調整しキャラクターにピントを合わせ、背景を美しくぼかしていく。
私たちはデジタル合成によって生み出される無限の映像効果を、当たり前の技術として享受している。
しかし、かつてそれらの全ての魔法がコンピュータではなく、巨大な鉄の塊の上で人間の手作業によって生み出されていた時代があったことを知る者は少ない。
物語の始まりは1970年代。
テレビアニメがSFやロボットアニメといったジャンルを中心に、その映像表現を飛躍的に進化させていた時代。
子供たちはブラウン管の中で繰り広げられるビーム兵器の閃光や、巨大ロボットの爆発シーンに胸を熱くさせていた。
しかし、その華やかな特殊効果は一体どうやって作られていたのだろうか。
アニメの制作工程の最終段階に「撮影」という仕事がある。
その言葉の響きから多くの人々はこう想像するかもしれない。
アニメーターが描いたセル画と美術スタッフが描いた背景画。それをただ重ね合わせてカメラで一コマ一コマ撮影していくだけの単純な作業だ、と。
初期のアニメ制作においては確かにそうだった。
撮影はあくまでそれまでの工程の結果をフィルムに定着させるだけの「記録」の仕事だった。
しかしテレビアニメの表現が高度化するにつれて、その役割は劇的に変化していく。
撮影はもはや単なる記録係ではなくなった。
それは作画と美術という二つの世界を繋ぎ、そこに新たな「光」と「影」を与えることで映像に魔法をかける錬金術師の仕事へと進化していったのだ。
その錬金術の舞台となったのが「撮影台」と呼ばれる巨大な装置だった。
それは高さ数メートルにも及ぶ巨大な鉄の柱にカメラが垂直に取り付けられた、モンスターのような機械だった。
その真下にガラスのステージがあり、そこに背景画と何枚ものセル画を重ねてセットする。
カメラの位置をミリ単位で上下させ(ズーム)、ステージを前後左右に動かす(パン)。
この巨大な鉄の塊を自在に操り映像に魔法をかけていたのが、「撮影監督」と呼ばれる職人たちだった。
彼らは決して表舞台に立つことはない。
しかし彼らの知恵と工夫がなければ、日本のアニメのあの独特のケレン味に溢れた映像表現は決して生まれることはなかっただろう。
彼らはカメラのレンズの前に立ち、たった一人で光と影を錬成する孤独な魔法使いだった。
その知られざる驚くべきアナログの魔法の数々。
その秘密の扉が今開かれようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十一章、第一話いかがでしたでしょうか。
「撮影」という地味な言葉のイメージとは裏腹に、その仕事の中身は驚くほどクリエイティブでそして実験的なものでした。まさに映像の錬金術師でした。
さて、アナログの魔法使いたち。
彼らは具体的にどんな魔法を使っていたのでしょうか。
次回、「光の透過、ワセリンの滲み」。
その驚くべきテクニックの秘密に迫ります。
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