国産アニメーション、最初の一歩 第6話:あなたが観る、その一秒(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の天才が生み出した発明がいかにしてその後の文化全体の「当たり前」になっていったのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、国産アニメーション最初の開拓者たちの物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1917年(大正6年)。
下川凹天、幸内純一、北山清太郎。
三人の開拓者たちがそれぞれの魂を削って作り上げた国産初のアニメーション作品群は、ついに相次いで映画館のスクリーンで公開された。
下川凹天の『芋川椋三 玄関番の巻』。
幸内純一の『なまくら刀』。
北山清太郎の『猿蟹合戦』。
その日暗闇の中でスクリーンを見つめていた観客たちは歴史の証人となった。
自分たちがいつも漫画雑誌で読んでいたあの日本のキャラクターたちが。
侍が、猿が、蟹が、確かにスクリーンの中で生き生きと動き物語を紡いでいたのだ。
「おおっ!」
「動いておるぞ!」
館内は驚きと感嘆の声に包まれた。
それは海外作品を見た時の物珍しさとは違う、もっと身近で温かい感動だった。
この国の人間がこの国のために作った初めての「動く絵物語」。
その歴史的な一歩を観客は心からの拍手で祝福した。
しかしその熱狂の裏側で、開拓者たちの戦いはあまりにも大きな代償を彼らに強いていた。
下川凹天は公開からわずか半年でアニメーション制作の現場を去ることになる。
彼の視力はもはやアニメ制作の過酷な作業に耐えられる状態ではなかった。
彼は再び漫画家としての道に戻っていった。彼の胸に去来したものは達成感だったのか、それとも無念だったのか。今となっては知る由もない。
彼らが切り拓いた道は決して平坦ではなかった。
その後もアニメーション制作は常に予算と人材と技術の不足という高い壁に阻まれ続けることになる。
しかし彼らが灯した小さな小さな火は決して消えなかった。
その情熱は次の世代の作り手たちへと確かに受け継がれていったのだ。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあの青年。
彼は今あるアニメのワンシーンに心を奪われている。
キャラクターが涙を流すたった一秒ほどの短いカット。
彼は知らない。
今自分の心を震わせているその滑らかなアニメーション。
そのたった「一秒」の映像が、かつて一世紀前の開拓者たちが自らの健康と人生を賭してようやく手に入れようとした夢の結晶そのものだということを。
歴史は遠い博物館の中にあるのではない。
あなたが今当たり前のように見つめているその画面の一秒一秒に、確かに息づいているのだ。
青年は次のエピソードへと指を滑らせる。
下川凹天が始めた終わりなき物語は確かに続いていく。
(第一章:線画が躍る夜 ~国産アニメーション、最初の一歩~ 了)
第一章「線画が躍る夜」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
彼らが作った貴重なフィルムはその多くが関東大震災や戦災で失われてしまいました。しかし彼らがいたという事実とその情熱は決して消えることはありません。
さて、国産アニメーションは産声を上げました。
しかしその揺りかごはやがて「戦争」という巨大な嵐に見舞われます。
次回から、新章が始まります。
**第二章:桃太郎、海を征く ~戦時下、国策アニメの光と影~**
国威発揚のために作られた日本初の長編アニメーション。
空襲警報が鳴り響く中でアニメーターたちは何を思い何を描いたのか。
時代の波に翻弄されたもう一つの創世記が始まります。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それではまた新たな物語でお会いしましょう。
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