美術監督、世界観の創造 第2話:未来都市の空気の描き方
作者のかつをです。
第十章の第2話をお届けします。
CGがなかった時代。
アナログな画材だけを武器に、いかにしてSF的な世界観を作り上げていったのか。
今回はそんな背景美術の職人たちの、驚くべきテクニックの一部に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
CG制作会社のオフィス。一人の若きアーティストが、3Dソフトを駆使して架空の未来都市の風景を作り上げている。高層ビル群のメタリックな質感。宙を飛び交うエアカーの光の軌跡。彼はソフトに内蔵された膨大なテクスチャやエフェクトを組み合わせ、まるで写真のようにリアルな世界を構築していく。
私たちは、CGによって無限の表現が可能になった時代を当たり前のものとして生きている。
しかし、かつて、たった一本の筆と数色の絵の具だけで、まだ誰も見たことのない未来の空気感そのものを描き出した、魔法使いのような職人たちがいたことを知る者は少ない。
1970年代。
テレビアニメの世界はSFブームの真っ只中にあった。
『マジンガーZ』、『科学忍者隊ガッチャマン』、『宇宙戦艦ヤマト』。
子供たちはブラウン管の向こう側に広がる、胸のすくような未来の世界に熱狂した。
しかし、その華やかな世界の創造は、美術監督たちにとって全く新しい挑戦を意味していた。
それまでのアニメの舞台は、『ハイジ』のアルプスの山々や、『フランダースの犬』の田園風景のように、手本となる現実の風景があった。
しかし未来都市には手本がない。
全てをゼロから想像力だけで作り上げなければならないのだ。
その難題に挑んだのが、小林七郎や中村光毅といった当時の美術監督たちだった。
彼らの武器は驚くほどシンプルだった。
紙と鉛筆、そして『ポスターカラー』。
学生が美術の授業で使うような、あの安価な不透明水彩絵の具。
たったそれだけで、彼らは壮大なSFの世界観を構築していった。
彼らの仕事場はさながら建築事務所のようだった。
まず未来都市の緻密な設計図を描き上げる。
パース(遠近法)を駆使し、巨大な建造物が林立する空間の奥行きを計算する。
そして、その設計図を元にポスターカラーで色を乗せていく。
彼らが最もこだわったのは「空気感」の表現だった。
ただビルを灰色に塗るだけではない。
遠くにあるビルは空気の層で霞んで見えるはずだ。
彼らは白をわずかに混ぜた薄い灰色を何度も何度も塗り重ねることで、その大気の存在を表現した。
ビルの窓の光。
彼らはマスキングテープで窓の部分を覆い、エアブラシで光が漏れているような柔らかいグラデーションを作り出した。
アスファルトの質感。
彼らは絵の具が乾く前に目の粗い布で表面を叩く「タタキ」という技法を使い、ざらついた路面の質感を生み出した。
その全てが、CGのような便利な機能のない時代に、人間の手と知恵だけで編み出された驚くべき職人技だった。
彼らは単に絵を描いているのではなかった。
彼らは光と影を操り、紙の上に存在しないはずの世界の「空気」を錬成していたのだ。
その魔法のような技術が、日本のアニメに独特の詩情と奥行きを与えていくことになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
エアブラシやマスキングといった、模型作りに使われるような技術がアニメの背景美術の現場でも多用されていました。まさに異分野の技術の融合でした。
さて、未来都市を描き上げた職人たち。
彼らの次なる挑戦は、一枚の絵の中に「物語」そのものを描き込むことでした。
次回、「一枚の絵に物語を」。
背景美術が演出の領域にまで足を踏み入れます。
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