美術監督、世界観の創造 第1話:キャラクターがいない絵
作者のかつをです。
本日より、第十章「ポスターカラーの宇宙 ~美術監督、世界観の創造~」の連載を開始します。
今回の主役は、キャラクターの後ろに広がる「世界」そのものを描き続けた、美術監督と背景スタッフたち。
そのあまりにも繊細で、そして奥深い職人の世界に光を当てます。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京・国立新美術館。
「新海誠展 ―きみのいる世界―」。その展覧会の会場は、平日にもかかわらず多くの観客で賑わっている。彼らのお目当ては、緻密に描き込まれたアニメーションの「背景美術」だ。都会の雑踏のアスファルトに反射するネオンの光。夏の入道雲の向こう側に広がるどこまでも青い空。そこにキャラクターの姿はない。しかしその一枚の絵は、キャラクターが生きる世界の空気、匂い、そして時間そのものを雄弁に物語っている。
私たちは、「背景美術が芸術作品である」という価値観を当たり前のものとして受け入れている。
しかし、かつて背景美術が単にキャラクターを引き立たせるための「書き割り」として軽んじられていた時代があった。その動かない絵の中に、キャラクターと同じくらいの「魂」を吹き込もうと戦った名もなき職人たちの物語である。
物語の始まりは1960年代。
テレビアニメが勃興し、毎週何本もの作品が作られていた時代。
しかしその主役はあくまで、アトムやレオといった魅力的な「キャラクター」だった。
アニメーターたちは、キャラクターをいかに生き生きと動かすかに全ての情熱を注いでいた。
その結果、キャラクターが立つ舞台である「背景」は二の次になりがちだった。
当時の背景美術は「動画」の担当者が片手間で描くことも珍しくなかった。
空はただ青く塗られているだけ。
森はただ緑の塊として描かれているだけ。
そこに雲の流れや木漏れ日のきらめきといった繊細な表現はほとんど存在しなかった。
それはまさしく舞台演劇の『書き割り』だった。
キャラクターが演技をするための最低限の状況説明。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
しかしそんな風潮に静かな反旗を翻す一人の男がいた。
彼の名は小林七郎。
東映動画でキャリアをスタートさせ、やがて独立し自らの美術スタジオを立ち上げた若き美術監督だった。
彼は信じていた。
背景美術は単なる書き割りではない。
それは物語の「世界観」そのものを創造する極めて重要な仕事なのだ、と。
キャラクターがどんな場所に生まれ、どんな空気を吸い、どんな光を浴びて生きているのか。
その世界の質感がキャラクターの人格を形作り、物語に深みを与えるのだ。
彼は一本の線にも妥協しなかった。
例えば一本の電信柱を描くにも、ただまっすぐな線を引くのではない。
雨風に晒され少し古びた木の質感。
そこに貼られた古い広告の跡。
その電信柱がその場所に何十年も立ち続けてきた「時間」そのものを描き込もうとした。
しかしそのあまりにもストイックなこだわりは、週一放送という時間に追われる制作現場としばしば衝突した。
「小林さん、もっと早く上げてくれないか!」
「背景はどうせキャラクターの後ろに映るだけなんだから、そんなに凝らなくてもいいんだよ!」
制作進行からの催促の電話が鳴り止まない。
それでも彼は決して筆を急がせようとはしなかった。
自分はただの背景屋ではない。
物語のもう一人の主役である「世界」を創造しているのだ。
その誇りが彼を支えていた。
キャラクターがいない絵。
その静かなキャンバスの上で、彼はたった一人で壮大な宇宙を創造しようとしていた。
日本のアニメが独自の美しい「世界観」を手に入れるための、孤独な戦いが始まっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十章、第一話いかがでしたでしょうか。
小林七郎さんは、『ど根性ガエル』、『ガンバの冒険』、そして、『うる星やつら』など、数々の名作の美術監督を務めた、まさに生きる伝説です。彼の登場が、アニメの背景美術の地位を大きく向上させました。
さて、自らの信念を貫こうとする美術監督。
彼はいかにして、限られた画材と時間の中で、壮大な世界を描き上げていったのでしょうか。
次回、「未来都市の空気の描き方」。
その驚くべき職人技の秘密に迫ります。
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