「声優」誕生の物語 第6話:俳協という名の砦
作者のかつをです。
第九章の第6話をお届けします。
どんな職業もその地位を確立するためには、個人の力だけでなく組織の力が必要です。
今回は声優という職業の発展の礎を築いた「俳協」という砦の物語に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある大手声優事務所の公式サイトが更新される。そこには何百人もの所属声優たちの華やかな宣材写真と詳細なプロフィールが並んでいる。アニメ、ゲーム、ナレーション、海外ドラマの吹き替え。彼らの仕事は多岐に渡り、そのマネジメントは事務所によって手厚く管理されている。
私たちは、その「声優事務所」という安定したシステムの存在を当たり前のものとして認識している。
しかし、かつて声優たちが何の保証もないフリーランスとしてテレビ局や制作会社と対等に渡り合わなければならなかった時代があった。その弱い立場を守るために彼らが自らの手で築き上げた、小さな「砦」の物語である。
1960年代、テレビの勃興と共に「声の仕事」は急速にその需要を増やしていた。
しかし、その仕事を担う俳優たちの立場は依然として弱いままだった。
ギャラの交渉はテレビ局や制作会社が提示する言い値で決まる。
出演料の未払いといったトラブルも少なくなかった。
何よりも彼らには、自分たちの権利を主張しそして守るための「組織」がなかったのだ。
俳優たちはそれぞれが孤独な個人事業主として、巨大な放送業界という荒波に立ち向かわなければならなかった。
このままではいけない。
我々も団結し、自分たちの声を上げるべきだ。
そんな危機感が声の仕事に携わる俳優たちの間で日に日に高まっていった。
その中心にいたのが海外ドラマの吹き替えの第一線で活躍していた中堅俳優たちだった。
そして1960年。
彼らの長年の悲願はついに形となる。
日本で初めての俳優の生活と権利を守るための協同組合が設立されたのだ。
その名は「東京俳優生活協同組合」。
通称「俳協」である。
それは決して大きな組織ではなかった。
都心の小さなビルの一室に間借りした、ささやかな船出だった。
しかし、その砦が持つ意味はあまりにも大きかった。
俳協は組合員である俳優に代わって、テレビ局とのギャラ交渉を一手に引き受けた。
個人では決して言えなかった「適正な対価」を組織として要求したのだ。
さらに俳協は単なる利益団体ではなかった。
それは「声優」という新しい専門職を育成するための「学校」としての機能をも果たしていった。
まだ声優を専門に養成する学校など存在しなかった時代。
俳協は独自の養成所を設立した。
そこでは吹き替えの第一線で活躍するベテランたちが講師となり、自らの経験と技術の全てを惜しげもなく若い後進たちに伝えていった。
発声、滑舌といった基礎訓練。
そしてマイクの前での立ち振る舞い、台本の読み解き方といった実践的なノウハウ。
この小さな砦から、やがて第二世代、第三世代の数多くのスター声優たちが巣立っていくことになる。
俳協は声優たちにとって自らの生活を守るための盾であり、自らの技術を磨くための道場であり、そして何よりも自らの仕事への誇りを共有できる心の故郷となった。
顔の見えない役者たちが初めて手に入れた自分たちの城。
その城壁の中で、彼らは来るべきスターダムの時代へと静かに、しかし確かにその翼を広げ始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
俳協はその後マネジメント部門を独立させ、「アーツビジョン」や「81プロデュース」といった数々の大手声優事務所を生み出していく母体となります。まさに声優業界の全ての源流がここにありました。
さて、ついに自らの砦を築き上げた声優たち。
その声に宿った魂は現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「あなたの好きな、あの声(終)」。
第九章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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