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国産アニメ創世記~絵を動かした開拓者たち~  作者: かつを
第3部:表現の深化編 ~魂を吹き込む職人たち~
54/126

「声優」誕生の物語 第5話:キャラクターが、初めて人格を持った日

作者のかつをです。

第九章の第5話をお届けします。

 

どんな世界にも時代を変える一人の天才が現れるものです。

今回は声優界におけるその最初で最大の天才、野沢雅子の登場がいかにして全てを変えたのか、その衝撃を描きました。

 

※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

2025年、東京。

 

「このキャラクターには絶対に〇〇さん(人気声優)の声しか考えられない」。

新作アニメのキャスティングが発表されるたびに、SNSではそんなファンの熱い声が飛び交う。声優の声はもはや単なる演技ではない。その声優が持つ唯一無二の声質、個性、そしてカリスマ性そのものが、キャラクターの人格と分かちがたく結びついている。

 

私たちは、その「キャラクターと声優の幸福な一体化」を当たり前の奇跡として享受している。

 

しかし、かつてアニメのキャラクターがまだ個性的な「人格」を持つには至っていなかった時代。その線画の人形に初めて血の通った「魂」を吹き込んだ一人の天才がいたことを知る者は少ない。

 

 

1960年代後半。

テレビアニメの制作本数は爆発的に増加していた。

しかし、そのクオリティは玉石混交だった。

 

特にキャラクターの描き分けはまだ発展途上だった。

多くのヒーローはただ正義感が強く熱血漢。

多くのヒロインはただ優しく健気。

その声の演技もまた、どこか画一的でステレオタイプなものが多かった。

 

そんな時代に彗星の如く現れたのが、一人の若き女性声優だった。

彼女の名は野沢雅子。

 

彼女はそれまでの声優の常識を全て破壊した。

 

彼女の声は決して美しいソプラノではなかった。

むしろ少しハスキーでざらついた少年のような声。

しかし、その声には他の誰も持ち得ない圧倒的な生命力が宿っていた。

 

彼女がひとたびマイクの前に立てば、ただの線画だったはずのキャラクターが、まるで人格を持ったかのように生き生きと暴れ出す。

 

その真骨頂が発揮されたのが、『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公、鬼太郎役だった。

彼女が演じる鬼太郎はただの正義のヒーローではなかった。

どこか気だるげで世の中を斜めに見ていて、しかしその心の奥底には誰よりも熱い正義の炎を宿している。

その複雑で奥行きのあるキャラクター像を、彼女は声だけで完璧に表現してみせたのだ。

 

彼女の演技はもはやアフレコではなかった。

それは「憑依」だった。

 

彼女は台本を読むのではない。

キャラクターの魂と一体化し、そのキャラクターとしてマイクの前に立ち、そして叫ぶのだ。

 

「うわあああああっ!」

 

台本にはただそう書かれているだけの悲鳴。

しかし彼女の口から発せられるその叫びは、聞く者の鼓膜を突き破り、魂を直接揺さぶるような凄まじいエネルギーを持っていた。

 

アニメーターたちは戦慄した。

自分たちが描いた絵の表現力を、彼女の声の力が遥かに凌駕してしまっている。

 

脚本家たちも舌を巻いた。

自分たちが書いた平凡なセリフが、彼女の声に乗った瞬間、忘れられない名台詞へと生まれ変わる。

 

野沢雅子の登場は事件だった。

 

彼女は声優という仕事が単に絵に声を合わせるだけの技術職では断じてないことを証明した。

それは声だけでゼロからキャラクターの人格を創造する、極めて高度な芸術なのだ、と。

 

アニメのキャラクターは、この日初めて本当の意味での「人格」を手に入れた。

それは線画の人形が生身の人間へと生まれ変わった、奇跡の瞬間だった。

 

そして、その奇跡を目の当たりにした多くの若者たちが、声優という新しい表現の世界に憧れを抱き、その門を叩くことになる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

野沢雅子さんはその後、『ど根性ガエル』のひろし、『銀河鉄道999』の星野鉄郎、そして何よりも『ドラゴンボール』の孫悟空と、数々の国民的キャラクターの声を演じ、まさに生きる伝説となります。

 

さて、ついにスターを手に入れた声優界。

彼らは自分たちの権利と地位を守るため、一つの「砦」を築き上げます。

 

次回、「俳協という名の砦」。

声優たちの組合の物語です。

 

ブックマークや評価、お待ちしております!

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もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。


▼作者「かつを」の創作の舞台裏

https://note.com/katsuo_story

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