「声優」誕生の物語 第4話:俳優たちのプライド
作者のかつをです。
第九章の第4話をお届けします。
全ての革命はまず自らのアイデンティティを確立することから始まります。
今回は「声優」という言葉がいかにして俳優たちのプライドと葛藤の中から生まれてきたのか、その誕生の瞬間に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある若手舞台俳優のインタビュー記事がネットに掲載されている。「いつか〇〇さん(有名声優)のように、舞台も声の仕事も両方で活躍できる表現者になりたいです」。声優という仕事はもはや俳優のキャリアパスの中で、一つの憧れの対象として確固たる地位を築いている。
私たちは、その「俳優と声優の幸福な関係」を当たり前の光景として見ている。
しかし、かつてその二つの職業の間には深くそして冷たい断絶があり、声の仕事に携わる俳優たちが自らのアイデンティティを賭けて戦っていた時代があったことを知る者は少ない。
1960年代、テレビアニメの勃興期。
アニメのアフレコという仕事は確かに増えていた。
しかし、その仕事を担う俳優たちの社会的地位は決して高いものではなかった。
彼らの多くは劇団に所属する舞台俳優だった。
彼らにとって本業はあくまで舞台の上で肉体を使って演じること。
声だけの仕事は、その合間に行う副業という意識が根強く残っていた。
そして、その意識は彼ら自身の問題だけではなかった。
演劇界の権威ある先輩や演出家たちから、彼らは公然と、あるいは陰でこう揶揄されることが少なくなかったのだ。
「なんだ君は。最近舞台の稽古に顔を見せないと思ったら、そんな子供向けの漫画映画の仕事ばかりやっているのか」
「声だけの演技など本当の芝居ではない。安っぽい金のために魂を売ったのかね」
その言葉は、彼らの俳優としてのプライドを深く傷つけた。
悔しかった。
自分たちは決して手を抜いているわけではない。
生放送の吹き替えで培った技術と経験の全てを注ぎ込み、声だけでキャラクターに命を与えるという新しい表現の可能性を切り拓いているのだ。
この仕事の専門性と芸術性をなぜ誰も認めてくれないのか。
そんな葛藤の中から一つの新しい動きが生まれ始めた。
「我々は単なる俳優ではない」
「我々は『声の演技』を専門とする新しいプロフェッショナルなのだ」
その自分たちの仕事への誇りとアイデンティティを示すための、新しい「名前」を彼らは求め始めた。
「ボイス・アクター」「アクター・声」
様々な候補が上がる中、やがて一つのシンプルで力強い言葉が自然発生的に使われるようになっていく。
「声」の「俳優」。
すなわち、「声優」。
誰が最初に言い出したのか。
それは定かではない。
しかし、その言葉は彼らの心の拠り所となった。
それは既存の俳優という枠組みからの「独立宣言」だった。
そして自分たちの仕事が俳優の下位互換などでは断じてない、一つの確立された専門職なのだという誇り高き宣言でもあった。
まだ世間的には全く認知されていない小さな産声。
しかし、その言葉が生まれた瞬間から、彼らはもはや単なる「顔の見えない役者」ではなくなった。
彼らは「声優」になったのだ。
その新しい名前を胸に、彼らは自らの仕事の価値を世に問い、そして自らの手でその地位を向上させていくための長い長い戦いを始めることになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「声優」という言葉の語源には諸説ありますが、放送局のディレクターが俳優と区別するために使い始めたという説が有力です。いずれにせよ、新しい現象には新しい名前が必要だったのです。
さて、ついに自らの名前を手に入れた声優たち。
彼らはいかにしてその専門性を世に示していったのでしょうか。
次回、「キャラクターが、初めて人格を持った日」。
一人の天才の登場が全てを変えます。
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