「声優」誕生の物語 第2話:生放送とアドリブ地獄
作者のかつをです。
第九章の第2話をお届けします。
今では考えられない「生放送での吹き替え」。
今回はそんな狂気の時代に、声優たちの神業がいかにして育まれていったのか、その壮絶な舞台裏に迫りました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
アニメのアフレコスタジオ。広々とした防音室の中で何人もの声優たちがマイクの前に立っている。正面の巨大なモニターには完成間近の美しい映像が映し出されている。彼らは台本を手に何度もリハーサルを繰り返し、監督と音響監督の細かい指示の元、完璧なタイミングと感情でセリフを吹き込んでいく。
私たちは、その緻密に計算され尽くしたアフレコの風景を当たり前のプロの仕事として認識している。
しかし、かつて映像も音響も全てが生放送、一発勝負という狂気の戦場で、その神業のような技術を磨き上げた先駆者たちがいたことを知る者は少ない。
1950年代、テレビ放送の黎明期。
まだVTRが非常に高価だった時代。
ドラマも音楽番組も、そして海外ドラマの吹き替えも、そのほとんどが「生放送」で行われていた。
それはまさに失敗が許されない綱渡りのような現場だった。
スタジオの薄暗い一室。
俳優たちはヘッドホンをつけ、目の前の小さなモニターに映し出される海外ドラマの映像を食い入るように見つめている。
手元には翻訳された台本。
ディレクターのキューを合図にフィルムが回り始める。
もう後戻りはできない。
俳優たちは画面の中の役者の口の動き(リップシンク)に完璧に合わせながらセリフを読んでいく。
コンマ数秒でもタイミングがずれれば、視聴者はたちまち物語から醒めてしまう。
しかし本当の地獄はそこからだった。
生放送の現場では予期せぬトラブルがつきものだった。
フィルムが突然切れる。音声が途切れる。
あるいは翻訳されたセリフの尺が、元の役者のセリフの尺と微妙に合わない。
そんな時、俳優たちに求められたのは驚異的な「アドリブ」の能力だった。
フィルムが切れ画面が真っ暗になった数秒間。
彼らはその沈黙を埋めるために即興でセリフを作り出し、会話を続けなければならない。
「おい、ジョージ、停電か?」「いや、ビル、何かの罠かもしれないぞ」
セリフの尺が足りなければ、原作にはない咳払いやため息、あるいは気の利いた一言を付け加えて時間を稼ぐ。
それはもはや単なる吹き替えではなかった。
声だけでゼロからドラマを生み出す高度なラジオドラマの技術であり、機転と瞬発力が問われるスポーツのような世界だった。
この生放送という地獄のような戦場で、彼らは否応なく鍛え上げられていった。
どんなトラブルにも動じない鋼の精神力。
キャラクターの人格を瞬時に理解し、その役として即興で言葉を紡ぎ出す深い読解力と表現力。
この過酷な経験こそが、彼らを単なる「声の役者」から、アニメのキャラクターに血の通った「魂」を吹き込むことができる唯一無二のプロフェッショナル集団、「声優」へと進化させるための最高の訓練場となったのだ。
彼らが生放送の修羅場で流した冷や汗。
その一滴一滴が未来の声優文化の豊かな土壌を育んでいったのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
当時の吹き替え俳優の中には、わざとアドリブを多用し共演者を笑わせてNGを誘う、という猛者もいたそうです。まさに生放送ならではのスリリングなエピソードですね。
さて、神業を身につけた彼ら。
その新たな戦場となったのが「アニメ」でした。
しかし、そこにはまた全く別の困難が待ち受けていました。
次回、「アニメの口に合わせる技術」。
「リップシンク」との新たな戦いが始まります。
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