国産アニメーション、最初の一歩 第5話:三人の開拓者
作者のかつをです。
第一章の第5話をお届けします。
どんな歴史にも一人だけではない複数のキーパーソンが存在します。
今回は下川凹天だけでなく同じ時代に奮闘した幸内純一、北山清太郎という他の二人の開拓者に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
下川凹天が孤独な戦いを続けていたまさに同じ頃。
彼の他にも同じように「絵を動かす」という無謀な夢に取り憑かれた男たちがいた。
彼らは互いに顔も知らず連絡を取り合うこともなかったが、同じ荒野をそれぞれのやり方で切り拓いていた。
一人は幸内純一。
政治風刺漫画家としてすでに名を知られていた彼は、アニメーションに新しい物語の可能性を見ていた。
彼が目指したのは単に絵が動くという目新しさだけではない。
そこに風刺やユーモア、そしてしっかりとした起承転結のある「物語」を与えることだった。
彼の作品『なまくら刀』は侍が切れ味の悪い刀を買わされて、試し斬りに失敗するという短いながらも見事な喜劇に仕上がっていた。
それは日本のアニメが単なる「動く絵」から、観客を笑わせ楽しませる「エンターテイメント」へと進化する可能性を秘めていた。
そしてもう一人、北山清太郎。
彼は洋画家出身という異色の経歴の持ち主だった。
彼がアニメーションに見出したのは芸術的な可能性、そして「教育」という新しい役割だった。
彼が作った『猿蟹合戦』は誰もが知る昔話を子供たちに分かりやすく伝える教育映画としての側面を持っていた。
彼の工房には若い才能が集い、後の日本のアニメ界を支える人材がここから巣立っていくことになる。
彼は個人技だけでなく「組織」としてアニメーションを作り上げていく、その礎を築こうとしていた。
下川凹天、幸内純一、北山清太郎。
アプローチはそれぞれ違っていた。
漫画家としての表現を追求した凹天。
物語作家としての完成度を求めた幸内。
芸術家そして教育者としての視点を持った北山。
彼らはライバルだった。
誰が日本で最初に商業アニメを公開するのか。
誰が観客から最も高い評価を得るのか。
その競争意識が彼らを突き動かし技術を磨かせたことは間違いない。
しかし同時に彼らは同じ夢を追う見えざる同志でもあった。
同じようにフィルムの価格に頭を悩ませ、同じように撮影の失敗に枕を濡らした。
「絵を動かしたい」という純粋な情熱。
その一点において彼らの魂は確かに固く結ばれていたのだ。
この三人の開拓者たちのそれぞれの奮闘があったからこそ、日本のアニメーションはその黎明期において多様な表現の可能性の芽を持つことができたのである。
歴史は決して一人の天才だけで作られるものではなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この三人のうち誰の作品が「日本初」のアニメーションだったのかは、資料の散逸もあり今も完全には確定していません。しかし彼ら全員が国産アニメの父と呼ぶにふさわしい偉大な功績を残したことは間違いありません。
さて、それぞれの場所で極限の戦いを続けた開拓者たち。
彼らの血と汗の結晶はついに観客の元へと届けられます。
次回、「あなたが観る、その一秒(終)」。
第一章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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