アニソンが“ビジネス”になった日 第5話:あなたが口ずさむ、その歌(終)
作者のかつをです。
第八章の最終話です。
一人の男の小さな賭けが、いかにして一つの巨大な文化と産業を作り上げていったのか。
その壮大な連鎖を描きながら物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
定額制の音楽配信サービスで今週のヒットチャートを眺める。その上位10曲のうち実に3曲がアニメの主題歌だ。ロックバンド、アイドル、ソロシンガー。様々なジャンルのトップアーティストたちがアニメというメディアのために最高の楽曲を提供し、そしてそれが時代の音楽シーンを作り上げていく。
私たちは、「アニソンがJ-POPの中心にある」という幸福な時代を当たり前のものとして享受している。
しかし、その輝かしい光景がかつてたった一枚のレコードから始まった壮大な革命のゴールであったことを知る者は少ない。
『宇宙パトロールホッパ』の主題歌レコードの予想外の大ヒット。
その小さくも確実な成功は、日本コロムビアの重役たちの分厚い常識の壁をついに打ち破った。
「子供の歌は売れない」。
その鉄の掟はもはや過去の遺物となった。
会社の態度は180度変わった。
若きディレクター木田の元には潤沢な予算と優秀な人材が与えられた。
そして彼が責任者を務める新しい部署が設立された。
その名は「テレビまんが課」。
日本で初めてアニメソングを専門に制作し販売するプロフェッショナル集団が産声を上げたのだ。
その誕生は業界の勢力図を塗り替える号砲となった。
木田と彼のチームは次々と歴史に残る名曲を世に送り出していく。
『魔法使いサリー』、『ひみつのアッコちゃん』。
少女たちの心を掴む華やかでポップなメロディ。
『ゲゲゲの鬼太郎』、『妖怪人間ベム』。
子供たちの心にトラウマを植え付ける恐ろしくも美しい旋律。
そしてその最大の金字塔となったのが『巨人の星』と『タイガーマスク』だった。
熱血スポーツ根性アニメの主題歌はもはや子供だけの歌ではなかった。
それは高度経済成長期を戦う父親たちの心を熱く震わせる人生の応援歌となったのだ。
「アニソンはビジネスになる」。
その事実はもはや誰も疑うことはなかった。
他のレコード会社もその巨大な市場に我先にと参入してきた。
アニメの主題歌を歌う専門の歌手、「アニソンシンガー」という新しいスターも生まれた。
かつてレコード店の片隅で日陰者のように扱われていたアニメのレコード。
それは今や店の最も目立つ場所で歌謡曲のスターたちと肩を並べて輝きを放っていた。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあのカラオケボックス。
一人のサラリーマンがネクタイを緩め、目を閉じて熱唱している。
それは彼が子供の頃に夢中で観ていたロボットアニメの主題歌だった。
彼は知らない。
今自分が当たり前のように口ずさんでいるその歌が、かつて一人の若きレコード会社の男が自らのクビを覚悟で会社と戦い、世に送り出した執念の結晶だということを。
歴史は遠い資料館の中にあるのではない。
あなたが今何気なく口ずさむその一曲一曲のメロディの中に、それは確かに息づいているのだ。
彼の歌声はサビに差し掛かり最高潮に達した。
それはあの頃の熱い魂を呼び覚ます魔法の呪文だった。
(第八章:レコード会社の賭け ~アニソンが“ビジネス”になった日~ 了)
第八章「レコード会社の賭け」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
日本コロムビアのこの成功がなければ、水木一郎やささきいさおといった伝説的なアニソンシンガーたちも生まれなかったかもしれません。まさに全ての礎を築いた偉大な一歩でした。
さて、アニメは歌を手に入れ、その翼をさらに大きく広げました。
次なる物語は、そのアニメのキャラクターに「魂」を吹き込んだ役者たちの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第九章:声に魂を宿した役者たち ~「声優」誕生の物語~**
今やアイドル的な人気を誇る「声優」。
しかし、かつてそれが顔の見えない日陰の仕事と見なされていた時代がありました。
彼らがいかにして自らの仕事を専門職として確立し、スターダムへと駆け上がっていったのか。その知られざる黎明期の物語が始まります。
引き続き、この壮大な旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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