アニソンが“ビジネス”になった日 第4話:レコード店の片隅で
作者のかつをです。
第八章の第4話をお届けします。
どんな大きなムーブメントもその始まりは、たった一人の熱心なファンの「好き」という気持ちからなのかもしれません。
今回はそんな静かでしかし確実な革命の始まりの瞬間を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京・新宿。
タワーレコードの巨大な店舗の一角に設けられたアニソン専門コーナー。そこは週末になると若いアニメファンたちでごった返している。彼らは目を輝かせながらお目当てのアーティストのCDを手に取り、視聴機で音楽に聴き入っている。豪華なジャケット、特典のDVD。CDはもはや単に音楽を聴くためのメディアではない。ファンにとってそれはコレクションすべき宝物なのだ。
私たちは、CDが当たり前に音楽ショップの一等地で売られている光景を知っている。
しかし、かつてたった一枚のアニメのレコードが、レコード店の最も目立たない片隅で誰にも気づかれずに埃をかぶっていた時代があったことを知る者は少ない。
会社の猛反対を半ば無視する形で、若きディレクター木田の執念はついに実を結んだ。
1965年、『宇宙パトロールホッパ』の主題歌は、日本コロムビアから一枚のシングルレコードとして正式に発売された。
それは当時の「テレビまんがのうた」としては異例づくめの豪華な仕様だった。
ペラペラのソノシートではない。
ずっしりと重い本格的なビニール盤。
ジャケットにはアニメの躍動感溢れるカラーイラストが大胆に印刷されている。
そして何よりもその音質は、当時最高峰の技術で録音され、歌謡曲のレコードと比べても全く遜色のないクオリティを持っていた。
木田は自分の全てをこの一枚に賭けた。
しかし発売日のレコード店の反応は、彼の期待とは裏腹にあまりにも冷ややかなものだった。
ほとんどの店はそもそもこのレコードを入荷すらしてくれなかった。
「子供の歌は売れない」。
その鉄の掟はそう簡単には崩れない。
数少ない協力的な店も、そのレコードを歌謡曲のスターたちの華やかなジャケットが並ぶメインの棚には置いてくれなかった。
それは店の最も奥、誰も目もくれないような「童謡」コーナーの片隅に数枚だけひっそりと置かれた。
まるで日陰者のように。
誰にもその価値を気づかれないまま忘れ去られていく運命にあるかのように。
木田は絶望的な気持ちになった。
自分の賭けはやはり無謀な夢だったのか。
しかし奇跡はその誰も見ていない片隅から静かに起こり始めた。
アニメを観てあの勇壮なメロディの虜になった子供たちが、親の手を引きレコード店へとやってきたのだ。
「お父さん、ホッパのレコード欲しい!」
最初親たちは渋い顔をした。
しかし子供たちのあまりにも真剣な眼差しと、そして実際に店でその曲を耳にした時のクオリティの高さに驚き、やがて財布の紐を緩めた。
一枚、また一枚と、そのレコードは確実に売れていった。
そしてその噂は子供たちの口コミだけでじわじわと広がっていった。
「あのレコード、すごいぞ」
「ソノシートとは音が全然違うんだ」
レコード店の店主たちもその予想外の反響に驚きを隠せなかった。
最初は店の片隅に置いていたそのレコードを、少しずつ目立つ場所へと移動させ始めた。
それは派手なチャートアクションを起こすような爆発的なヒットではなかった。
しかし硬いアスファルトを突き破って芽を出す一輪の花のように、それは確かに力強くそして静かに世の中に根を下ろし始めていたのだ。
木田の賭けはまだ終わってはいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この『宇宙パトロールホッパ』のレコードは最終的に10万枚を超えるヒットを記録したと言われています。当時の常識では考えられない大成功でした。
さて、ついに常識の壁に風穴を開けた木田。
その小さな一歩はやがて業界全体を揺るがす大きなうねりへと変わっていきます。
次回、「あなたが口ずさむ、その歌(終)」。
第八章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




