アニソンが“ビジネス”になった日 第2話:子供の歌は売れない
作者のかつをです。
第八章の第2話をお届けします。
いつの時代も新しいアイデアは古い常識の壁に阻まれるものです。
今回はそんな社内での孤立無援の戦いを強いられた開拓者の、苦悩と情熱を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
巨大な音楽フェスのステージに、アニメから生まれた声優ユニットが登場する。数万人の観客が一斉にペンライトを振り上げ、地鳴りのような歓声を上げる。彼女たちのCDやライブグッズは飛ぶように売れ、その経済効果は年間数十億円にも及ぶという。キャラクターと音楽が一体となったそのビジネスモデルは、音楽業界において最も成功したフォーマットの一つとして確固たる地位を築いている。
私たちは、「アニソンが巨大なビジネスになる」という事実を当たり前の常識として認識している。
しかし、かつて「子供向けの歌は金にならない」という冷徹な常識にたった一人で反旗を翻し戦った男がいたことを知る者は少ない。
日本コロムビアの企画会議室。
重苦しい空気がテーブルを支配していた。
若きディレクターの木田は額の汗を拭いながら、目の前に座る年配の重役たちに向かって必死にその情熱を訴えかけていた。
「ですから部長。今子供たちの間で一番流行っているのは歌謡曲ではありません。テレビまんがの主題歌なんです。この歌をちゃんとしたレコードにして本気で売れば、必ず大ヒットします!」
彼の熱弁に対し、企画部長はやれやれと言った表情でため息をついた。
「木田君、君はまだ分かっていないのかね。レコードを買うのは誰だ? 自由に使えるお金を持っている大人たちだ。子供たちがいくら歌を気に入ったところで、彼らには高価なレコードを買う金はない。親が子供の歌のためにわざわざ財布の紐を緩めるかね?」
「子供の歌は売れない」。
それは当時のレコード業界の誰もが疑うことのない鉄の掟だった。
ビジネスとは金を持っている大人を相手にするものだ。
子供は市場ではない。
「しかし!」
木田は食い下がった。
「時代は変わってきているんです。テレビの普及で子供たちが文化の中心になりつつある。そして親たちも豊かになり子供に物を買い与えることに喜びを感じるようになっている。そこに新しい市場が生まれる可能性があるんです!」
彼のその言葉はもはや音楽の話ではなかった。
社会の変化、時代の空気の変化を敏感に読み取ったマーケティングの視点だった。
しかし古い成功体験にしがみつく重役たちの耳に、そんな若者の戯言は届かなかった。
「話にならん。そんな博打のような企画に会社の金は一円も出せんよ。君はもっと売れる歌謡曲の新人歌手でも探してきたまえ」
会議は無情にも打ち切られた。
木田は自分の企画書を握りしめ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
悔しかった。
なぜ分かってくれないのか。
机の上の数字しか見ていない大人たちには、街に溢れている子供たちのあの熱狂的な歌声が聞こえないのか。
彼は諦めなかった。
会社が動かないのなら自分一人でも動いてみせる。
彼はその日から足が棒になるまで街のレコード店を一軒一軒歩いて回った。
そして店の主人に頭を下げて頼み込んだ。
「もしうちがテレビまんがのレコードを出したら、お店に置いてくれますか?」
ほとんどの店主は渋い顔をした。
しかし何人かの進歩的な考えを持つ店主が興味を示してくれた。
「まあ子供たちがそれほど言うのなら、試しに何枚か置いてみてもいいかもしれんな」
小さくも確かな手応え。
木田はその現場の声を武器に、もう一度会社と戦うことを決意した。
彼の孤独な賭けはまだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「子供は市場ではない」という考え方は当時のあらゆる業界に共通する常識でした。その常識を打ち破ることこそが革命の第一歩だったのです。
さて、現場の声を武器に再起を誓った木田。
彼の耳に一つの運命的なメロディが飛び込んできます。
次回、「このメロディには力がある」。
歴史を変える一曲との出会いの物語です。
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