国産初のカラーテレビアニメ 第5話:テレビの前の息を呑む音
作者のかつをです。
第七章の第5話をお届けします。
全ての苦労が報われるカタルシスの瞬間。
今回は作り手とそして視聴者が一体となって歴史の転換点を目撃した、その奇跡の一夜を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
あるアニメ制作会社の公式X(旧Twitter)アカウントが活発に更新されている。「いよいよ今夜24時から第一話放送開始です!」「放送まであと1時間! 原画スタッフが描いてくれたカウントダウンイラストを公開!」。ファンはその投稿をリポストし、ハッシュタグをつけて期待のコメントを書き込む。作り手とファンが一体となって放送のその瞬間を盛り上げる。それは現代のアニメ文化の幸福な祝祭の風景だ。
私たちは、その作り手の顔が見えるインタラクティブな関係を当たり前の楽しみとして享受している。
しかし、かつて作り手たちが自分たちの血と汗の結晶が一体どう受け止められるのか全く分からない深い闇の中で、ただ固唾を飲んでその審判の時を待っていた物語があったことを知る者は少ない。
1965年10月6日、水曜日、午後7時。
その日は日本のアニメーション史、いや日本のテレビ史そのものにとって特別な一日となった。
国産第一号。
総天然色テレビアニメシリーズ『ジャングル大帝』。
その記念すべき第一話が放送される運命の瞬間だった。
富士見台の虫プロダクション。
その小さな砦の中は異様な静寂と熱気に包まれていた。
手塚治虫をはじめ全てのスタッフが仕事の手を止め、スタジオに一台だけある貴重なカラーテレビの前に集まっていた。
彼らの顔には疲労とそして誇りが刻まれていた。
色の洪水との戦い。
映らない色との戦い。
アメリカのプロデューサーからの執拗な修正要求との戦い。
その全ての地獄を彼らは乗り越え、そして今この日を迎えたのだ。
彼らは祈るような思いでブラウン管を見つめていた。
自分たちが作り上げたこの色彩の世界は、果たして日本中のお茶の間に正しく届くのだろうか。
そしてその瞬間は訪れた。
ファンファーレと共に画面に映し出されたのはアフリカの広大なサバンナだった。
燃えるような夕日を浴びて大地は黄金色に輝いている。
キリンの首がゆっくりと動き、シマウマの群れが地平線の彼方へと走り去っていく。
そしてオープニングの最後に崖の上に雄々しく立つ若き白いライオン、レオの姿が映し出された。
その白い毛並みは決してピンク色ではなかった。
それは彼らが何度も何度も調整を繰り返した、気高くそして美しい純白だった。
「……おお」
スタジオの誰かから感嘆の声が漏れた。
それはやがて大きな歓声と、そして万雷の拍手へと変わっていった。
抱き合って喜ぶ者。その場にへたり込んで静かに涙を流す者。
その熱狂は虫プロの中だけのものではなかった。
その瞬間、日本中の家庭で同じ奇跡が起きていた。
まだほとんどの家庭が白黒テレビだった時代。
それでもその画面から溢れ出す生命力は確かに伝わった。
そして数少ないカラーテレビを持っている家庭や、あるいは街頭テレビの前では。
人々は生まれて初めて目にする国産のカラーテレビアニメの、そのあまりにも鮮やかな色彩の暴力にただ息を呑んでいた。
白黒のアトムが切り拓いたテレビアニメの荒野。
そのモノクロームの大地にレオという白い獅子が、初めて豊かな色彩の種を蒔いたのだ。
その種はやがて芽吹き育ち、未来の日本のアニメーションというカラフルな大森林を作り上げていくことになる。
その全ての始まりの音をテレビの前の誰もが確かに聞いていた。
それは日本中の人々が息を呑む音だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この『ジャングル大帝』の第一話が放送された時の衝撃は、当時の子供たちの心に鮮烈な記憶として刻み込まれました。まさにテレビの歴史が変わった一日でした。
さて、ついにお茶の間に色が灯りました。
その輝かしい光は日本のアニメをどう変えていったのでしょうか。
次回、「世界に色が溢れ出す(終)」。
第七章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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