国産初のカラーテレビアニメ 第4話:色が映らない
作者のかつをです。
第七章の第4話をお届けします。
作り手がコントロールできないハードウェアの問題。
それはいつの時代もクリエイターを悩ませる大きな壁です。
今回はそんな当時の技術的な限界との知られざる戦いを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
アニメの色彩設計を担当する女性が、コーヒーを片手にノートパソコンの画面を眺めている。「監督、このシーンの夕焼けの色ですが、もう少し赤みを強くしたこちらのパターンはいかがでしょう?」。彼女が数回クリックすると画面の空の色がリアルタイムで変化していく。監督はその画面を見ながらオンラインで指示を出す。「うん、いいね。それでいこう」。色を確認し決定するプロセスは驚くほどスムーズで正確だ。
私たちは、モニターで見たままの色がそのままお茶の間に届けられるという技術を、当たり前の前提として作品を作っている。
しかし、かつて作り手が魂を込めて作り上げた美しい色が、テレビのブラウン管という気まぐれな魔物によって全く別の色へと姿を変えられてしまう、理不尽な戦いがあったことを知る者は少ない。
セル画と絵の具の洪水。
その地獄のような混乱を乗り越え、『ジャングル大帝』の彩色はなんとか軌道に乗り始めていた。
色彩設計のスタッフたちは連日連夜議論を重ね、アフリカの壮大な自然を表現するための最高の色を作り上げていた。
燃えるような夕焼けのオレンジ。
深いジャングルの木々の緑。
そして主人公レオの穢れのない純粋な白。
その一枚一枚のセル画は、それ自体がもはや芸術品と呼ぶにふさわしい美しさを放っていた。
そしてついに、テスト撮影された第一話のフィルムが完成した。
手塚治虫をはじめ虫プロの全スタッフが、期待に胸を膨らませ試写室のスクリーンを見守った。
やがて画面に色が灯る。
しかしその瞬間に試写室は歓声ではなく、どよめきそして絶望的な沈黙に包まれた。
「……なんだ、これは」
誰かが絞り出すように呟いた。
スクリーンに映し出されていたのは、彼らが心血を注いで作り上げたはずのあの鮮やかな色彩の世界では全くなかった。
燃えるようなオレンジだったはずの夕焼けは、まるで泥水のような、くすんだ茶色になっていた。
瑞々しい緑だったはずのジャングルは、色褪せた枯れ草のような色合いになっていた。
そして何よりも衝撃的だったのがレオの色だった。
純粋な白だったはずの彼の毛並みは、なぜか薄汚れたピンク色になってしまっていたのだ。
「色が映らない……!」
原因は複数あった。
一つは撮影に使うフィルムの性能の問題。当時の国産のカラーフィルムはまだ性能が安定しておらず、特定の色を正確に再現することが極めて苦手だったのだ。
そしてもう一つのより根本的な問題。
それはテレビのブラウン管そのものの限界だった。
セル画にどんなに美しい色を塗っても、それを最終的に映し出すテレビの側が、その豊かな色彩情報を完全に再現するだけの能力を持っていなかったのだ。
それはあまりにも理不尽な裏切りだった。
最高の料理を作ったのに、それを食べる客の舌がその味を感じてくれない。
そんな絶望的な状況だった。
彩色のスタッフたちは泣いた。
自分たちの数ヶ月に及ぶ苦労が全て水の泡になったように思えた。
しかし神様は諦めなかった。
手塚はスタッフを前にして言った。
「そうか。ならばもう一度やり直そう。テレビに映した時に最高の色に見えるように、我々の方が色を調整すればいいだけのことだ」
くすんで見えるのならもっと派手な色を塗ればいい。
ピンクに見えるのなら最初から青みがかった白を使えばいい。
それは出口の見えないトンネルの中で新たな地図を作り直すような、気の遠くなる作業の始まりだった。
彼らは自分たちの感性ではなく、ブラウン管という気まぐれな機械の性能を信じて色を作り続けなければならなかったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「テレビに映した時の色を計算して彩色する」というノウハウは、「色パカ」など後のテレビアニメ特有の色彩表現を生み出すきっかけにもなっていきます。失敗もまた新たな発明の母なのです。
さて、幾多の困難を乗り越えついにフィルムは完成します。
いよいよ日本中のお茶の間に初めて色が灯る、その歴史的な瞬間が訪れます。
次回、「テレビの前の息を呑む音」。
運命の第一話放送です。
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