国産初のカラーテレビアニメ 第3話:セル画と絵の具の洪水
作者のかつをです。
第七章の第3話をお届けします。
カラー化が制作現場にどれほどのインパクトを与えたのか。
今回はその想像を絶する物量の増加と現場の混乱に焦点を当てました。
デジタル時代に生きる私たちには想像もつかない苦労がそこにありました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
アニメスタジオのデジタル作画部。一人の若いアニメーターが液晶タブレットの上で軽やかにペンを滑らせている。カラーパレットには1677万色もの無限の色彩が広がっている。キャラクターの髪のハイライトに微妙なグラデーションをかける。背景の空の青さを心ゆくまで調整する。色を選び塗るという作業は、かつてないほど自由でそして効率的なものとなった。
私たちは、その無限の色彩が当たり前に使える環境でアニメを作っている。
しかし、かつてたった一色を作るために絵の具を混ぜ合わせ、その膨大な現物を管理するためにクリエイターたちが悪戦苦闘していた時代があったことを知る者は少ない。
NBCとの契約が成立し、『ジャングル大帝』のカラーでの制作が正式に決定した虫プロダクション。
スタジオの中は新たな挑戦への期待と高揚感に包まれていた。
しかしその祝祭のような空気は、実際の制作が始まった瞬間、一転して地獄のような混乱へと姿を変えた。
「色が足りない!」
最初に悲鳴を上げたのはセル画に色を塗る「彩色」部署のスタッフたちだった。
白黒の『鉄腕アトム』の時代。
彼女たちが管理すべき絵の具は、黒と白そして数段階の灰色だけでよかった。
しかし今目の前にあるのは、『ジャングル大帝』のあまりにもカラフルな世界だった。
主人公レオの白い毛並み。しかしそれはただの白ではない。光の当たる部分は輝くような純白。影になる部分は少し青みがかった白。
ライオンのたてがみの黄色。木々の葉の緑。空の青。
その一つ一つの色に、全て違う色合いが求められた。
色彩設計の担当者はキャラクター一人一人、そして背景の木や岩一つ一つにまで、使用する全ての色を指定した「色指定表」を作成した。
その色の総数は数百色にも及んだ。
彩色のスタッフたちはその膨大な色指定表に従い、毎晩毎晩絵の具を混ぜ合わせ新しい色を作り続けなければならなかった。
赤と黄色を何対何の割合で混ぜれば指定通りのオレンジ色になるのか。
ミリグラム単位の精密な作業が求められた。
そして作り出した何百色もの絵の具の瓶を管理するだけでも一つの重労働だった。
「32番のレオの影用の白はどこ!?」
「57番の夕焼けの赤がもう無くなりそうよ!」
スタジオの一角はさながら化学の実験室のような様相を呈していた。
そしてその色の洪水はセル画の管理体制そのものを崩壊させた。
白黒時代はキャラクターの線画が描かれた一枚のセル画だけでよかった。
しかしカラーになるとそうはいかない。
キャラクターの肌の色、服の色、そして影の色。それらを全て別のセル画に塗り分け、撮影時に重ね合わせる必要があったのだ。
一つのカットを作るために必要なセル画の枚数が、3倍、4倍へと爆発的に膨れ上がった。
制作進行たちはその天文学的な枚数のセル画の管理に追われ悲鳴を上げた。
白黒からカラーへの移行。
それは単に絵に色がつくという単純な話ではなかった。
それはアニメ制作の全ての工程を根底から覆し、現場を大混乱に陥れるあまりにも巨大なパラダイムシフトだったのだ。
砦の中はセル画と絵の具の洪水に飲み込まれようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この膨大な色を管理するノウハウは、後の日本のアニメの「色彩設計」という専門職を生み出す礎となっていきます。この混乱の中からしか生まれ得ない知恵があったのです。
さて、なんとか色を塗り終えたスタッフたち。
しかし彼らを待っていたのはさらにたちの悪い裏切りでした。
次回、「色が映らない」。
最高の作ったはずなのに、なぜかテレビの画面はくすんでいた。その謎に迫ります。
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