国産アニメーション、最初の一歩 第4話:強すぎる光、消えゆく線
作者のかつをです。
第一章の第4話をお届けします。
華やかな世界の裏には必ず誰かの犠牲や苦労があります。
今回はアニメ制作の過酷さ、その原点とも言える開拓者の肉体的な苦闘に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
下川凹天の戦いは壮絶を極めていた。
彼の最大の敵は皮肉にも、絵に命を与えるために不可欠な「光」だった。
撮影スタジオは灼熱地獄だった。
頭上からは太陽のように強烈なアーク灯が彼を睨みつけている。
汗が滝のように流れ落ち原稿用紙の上にポツリと染みを作る。彼はその度に舌打ちしながら描き直しを余儀なくされた。
しかし問題はそれだけではなかった。
ある日彼は現像されたフィルムを見て愕然とした。
滑らかに動くはずのキャラクターが不自然にぶるぶると震えている。
「なぜだ……? 絵は完璧だったはずなのに」
原因はすぐに判明した。
撮影用のライトが発するあまりにも強すぎる熱。その熱によって薄い原稿用紙が撮影の途中で微妙に伸び縮みしてしまっていたのだ。
コンマ数ミリの紙の膨張。
それがスクリーン上では無視できないほどの「線のズレ」となって現れたのである。
彼は頭を抱えた。
これはもはや絵の技術の問題ではない。自然現象との戦いだ。
彼は様々な紙を試し撮影時間を極限まで短くする工夫を重ねた。だが決定的な解決策は見つからないまま、貴重なフィルムだけが無情に消費されていった。
そしてその光は彼の身体そのものも容赦なく蝕んでいった。
強烈な光を長時間見つめ続けた彼の視力は急速に悪化していった。
かつて繊細な線を描き出すことを得意とした彼の目に、今はぼやけた霞がかかっている。
目の痛みと終わりの見えない作業による過労。
彼の心身は明らかに限界に近づいていた。
それでも彼はペンを置かなかった。
これは自分が始めた物語だ。途中で投げ出すわけにはいかない。
製作会社との契約もある。そして何より活動写真のスクリーンで自分の絵が動くあの感動を、もう一度観客に届けたい。
その一心だけで彼は燃え尽きようとする命をかろうじて繋ぎ止めていた。
光が強ければ影もまた濃くなる。
国産アニメーションの黎明という華々しい光の裏側。
そこには一人の開拓者が自らの視力と健康を犠牲にして戦った、壮絶な影の物語が隠されていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
下川凹天が後にアニメ制作の第一線を退いた理由の一つに、この視力の悪化があったと言われています。まさに命を削るような仕事だったのです。
さて、心身ともに追い詰められていく凹天。
しかしこの無謀な挑戦をしていたのは彼一人ではありませんでした。
次回、「三人の開拓者」。
同じ時代に同じ夢を追ったライバルたちの物語です。
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