制作進行、地獄の誕生 第5話:フィルムは誰が運ぶのか
作者のかつをです。
第六章の第5話をお届けします。
クリエイターを支える裏方の仕事。
その仕事への誇りと、同時に誰もが一度は感じるであろうクリエイターへの劣等感。
今回はそんな制作進行たちの複雑な胸の内に迫りました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
アニメ制作会社の打ち上げ会場。監督がマイクを手に取りスタッフたちの労をねぎらっている。「素晴らしい作画をありがとう」「最高の音楽をありがとう」。そして彼は会場の隅に座る若い制作進行の鈴木の肩を叩いた。「そして鈴木君。君がこの地獄のスケジュールを管理してくれたからこの作品は完成した。本当にありがとう」。鈴木は照れ臭そうに、しかし誇らしげに頭を下げた。
私たちは、そのチーム一丸となって作品を作り上げるという美しい物語を知っている。
しかし、そのチームの中でクリエイターではない自分自身の存在価値に深く悩み苦しんだ、名もなき若者たちがいたことを知る者は少ない。
『鉄腕アトム』は国民的なヒーローとなった。
虫プロダクションの名前は一躍日本中に知れ渡った。
スタジオには毎日日本中の子供たちから、感謝のファンレターが山のように届いた。
「アトム、かっこいいです!」
「手塚先生、いつも面白いお話をありがとう!」
その手紙の一通一通を制作進行の佐藤は、どこか複雑な思いで眺めていた。
もちろん嬉しかった。
自分もこの歴史的なプロジェクトの一員なのだ。
日本中の子供たちに夢を届けているのだ。
その誇りが彼の過酷な毎日を支えていることは間違いなかった。
しかし同時に彼の心の中には、常に一つの拭いがたい空虚感があった。
ファンレターの中に「制作進行の佐藤さんへ」と書かれたものは一通もない。
当たり前だった。
子供たちが憧れるのはアトムを生み出した神様・手塚治虫であり、アトムの格好いいアクションシーンを描いた天才アニメーターたちだ。
誰もそのフィルムを運んだ人間のことなど気にも留めない。
ある深夜。
回収した原画のチェックをしていた時のことだった。
それはあるベテランアニメーターが描いた、アトムの横顔のアップだった。
たった数本のシンプルな線。
しかしその線の一本一本には、アトムの優しさとそしてロボットとしての哀しみが見事に表現されていた。
「……すごい」
佐藤は思わず息を呑んだ。
自分には逆立ちしたってこんな人の心を震わせる線は一本も引くことができない。
彼はクリエイターではなかった。
絵を描く才能も物語を生み出す才能も彼にはなかった。
彼はただ才能あるクリエイターたちが生み出した輝かしい創造物を、右から左へと運んでいるだけのただの「運び屋」なのではないか。
俺は一体この物語の中で何を作っているのだろう。
その問いはクリエイターになれなかった、全ての制作進行たちが胸に抱える永遠の問いだった。
そんな彼の思いを見透かしたかのように、徹夜明けのスタジオで一人の先輩アニメーターが佐藤の肩を叩いた。
「佐藤君、いつもご苦労さん。君がきっちりスケジュールを守ってくれるから、俺たちは安心して絵に集中できるんだ。君は俺たちの命綱だよ」
その何気ない一言。
その一言が佐藤の心の空虚感をすっと満たしてくれた。
そうだ。
自分はただの運び屋じゃない。
クリエイターたちが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整える。
この混沌とした戦場で彼らが迷わずに前に進めるように道を切り拓く。
それもまた一つの創造的な仕事なのではないか。
俺はフィルムを運んでいるのではない。
アニメの未来を運んでいるのだ。
彼は少しだけ胸を張って立ち上がった。
そして次の回収先へと向かうため、ライトバンの鍵を強く握りしめた。
彼の顔にはもう迷いはなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「自分はクリエイターではない」という葛藤は、プロデューサーや営業などアニメ業界のあらゆる非クリエイター職に共通するテーマかもしれません。しかし彼らがいなければアニメは決して完成しないのです。
さて、自らの仕事への誇りを見出した制作進行たち。
彼らが築いたその泥臭い礎は、現代にどう繋がっているのでしょうか。
次回、「今日もアニメは放送される(終)」。
第六章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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