制作進行、地獄の誕生 第4話:放送事故との戦い
作者のかつをです。
第六章の第4話をお届けします。
「放送日の朝にまだフィルムができていない」。
今では信じられないような話ですが、当時のアニメ制作の現場ではそれが日常茶飯事でした。
今回はそんな狂乱の一日を追体験する物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある人気アニメの最新話が放送された直後。SNSのタイムラインは阿鼻叫喚の巷と化していた。「今日の作画ヤバすぎだろ」「背景が白いままのカットがあったぞ」「これ放送事故じゃね?」。ファンの鋭い目はどんな些細なミスも見逃さない。そしてその声は瞬く間に拡散され、制作会社の評判を大きく傷つける。
私たちは、その完成された映像が届けられることを当たり前の前提としてアニメを見ている。
しかし、かつてその「当たり前」を守るために、文字通り命を削るようなギリギリの競争が毎週毎週繰り広げられていたことを知る者は少ない。
火曜日の朝。
それは虫プロの制作進行たちにとって一週間で最も悪夢のような時間の始まりだった。
『鉄腕アトム』の放送はその日の夕方6時15分。
残された時間はもう10時間もない。
しかし彼らの手元にあるフィルムはまだ全く完成していなかった。
昨晩ベテラン原画マンの家で土下座をして、ようやく手に入れた最後の原画。
それを大急ぎでスタジオに持ち帰り、徹夜で動画と彩色の作業を終わらせた。
そして朝日が昇ると同時に、その何百枚ものセル画の束を撮影スタジオへと持ち込む。
そこからが本当の時間との戦いだった。
撮影技師が一枚一枚セル画を撮影台にセットし、フィルムに焼き付けていく。
カタ、カタ、というカメラのシャッター音が、まるで死へのカウントダウンのように聞こえる。
全ての撮影が終わったのはすでに昼過ぎだった。
「できたぞ!」
技師からまだ生温かいフィルムの缶を受け取ると、制作進行の佐藤はスタジオを飛び出した。
しかし、まだ安心はできない。
このフィルムを現像所に持ち込み現像し、そして最終的な編集作業を行わなければならないのだ。
現像所での作業が終わったのは午後4時。
放送まであと2時間。
佐藤は完成したばかりのフィルム缶をひったくるように受け取ると、ライトバンのエンジンをかけた。
最後の目的地は九段下にあるフジテレビの放送局だ。
しかしその日の東京の道は非情なまでに混雑していた。
夕方のラッシュアワーが始まっていたのだ。
車は数メートル進んでは止まり、また数メートル進んでは止まる。
チク、タク、チク、タク……。
時計の秒針の音が佐藤の心臓を締め付ける。
間に合わない。
このままでは絶対に間に合わない。
放送事故。
その三文字が彼の頭の中でぐるぐると回り始める。
テレビの画面が真っ暗になるあの悪夢。
日本中の子供たちの期待を裏切るあの絶望。
そうなればもう二度とこの仕事は続けられないだろう。
彼は意を決した。
対向車線へとハンドルを切り、アクセルを床が抜けるほど強く踏み込んだ。
クラクションの嵐。罵声の嵐。
そんなものはもう彼の耳には入っていなかった。
歩道を走り一方通行を逆走し赤信号を無視した。
そして午後6時10分。
放送開始5分前。
ライトバンはタイヤをきしませながらフジテレビの玄関に横付けされた。
佐藤はフィルム缶を固く抱きしめ、よろめきながら階段を駆け上がった。
「アトム、第〇話です! お願いします!」
放送室の担当者にフィルムを手渡した瞬間。
彼の全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。
遠くのモニターからあの聞き慣れた主題歌が聞こえてくる。
今日も無事にアトムは空を飛んだのだ。
その当たり前の奇跡の裏側で、毎週毎週名もなき若者がこうして命懸けのレースを繰り広げていることを、テレビの前の誰も知ることはない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この納品にまつわる武勇伝は、当時の制作進行経験者たちが誰もが口を揃えて語る伝説です。本当にいつ大事故が起きてもおかしくない状況だったのです。
さて、そんな命懸けの仕事を彼らはなぜ続けることができたのでしょうか。
次回、「フィルムは誰が運ぶのか」。
彼らの仕事への誇りとそして葛藤に迫ります。
ブックマークや評価、お待ちしております!
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