制作進行、地獄の誕生 第1話:机と机を繋ぐ仕事
作者のかつをです。
本日より、第六章「原稿を運ぶ命綱 ~制作進行、地獄の誕生~」の連載を開始します。
今回はアニメ制作の屋台骨を支える「制作進行」という仕事の誕生秘話です。
そのあまりにも泥臭く、そして人間臭い激闘の記録に光を当てます。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
アニメ制作会社のオフィスでヘッドセットを付けた若い男性が、パソコンのモニターを睨みながら誰かと電話で話している。「はい、はい、〇〇さんですね。動画あと15枚、承知しました。では夕方6時にご自宅まで回収に伺います」。彼の名前は鈴木、役職は制作進行。その仕事は一言で言えば「管理」だ。アニメーターのスケジュールを管理し、バラバラの場所で描かれた素材を集めて次の工程へと渡す。作品が放送日までに無事に完成するよう全ての責任を負う。アニメのエンドロールを見れば、必ずそこに彼の役職の名前がある。
私たちは、「制作進行」という仕事の存在を当たり前のものとして知っている。
しかし、そのアニメ制作の心臓部とも言える重要な仕事が、かつては存在すらしなかった。週一放送という地獄の戦場で必要に迫られて生まれた、名もなき最初の兵士たちの物語である。
1963年初頭。
虫プロダクションが作り上げた革命的な発明「リミテッドアニメ」。
その魔法の杖によって『鉄腕アトム』は奇跡的な大ヒットを記録した。
しかし、その輝かしい成功の裏側で、富士見台の小さな砦の内部は日に日に混沌の度を深めていた。
週一放送という終わりのない地獄の行軍。
リミテッドアニメは確かに作画の絶対量を減らしてはくれた。
しかしアニメ制作の工程そのものが減ったわけでは全くなかった。
脚本、絵コンテ、原画、動画、背景美術、彩色、撮影、編集、アフレコ、音響効果……。
一本の30分アニメを作るためには、数十にも及ぶ複雑な工程をパズルのように組み合わせていく必要があった。
そして、そのそれぞれの工程を担当する人間も場所もバラバラだった。
原画を描くアニメーターはスタジオの中にいる。
しかし動画や彩色の作業は人手が足りず、近所の主婦たちに内職として外注されていた。
背景美術は専門の美術スタジオに発注している。
撮影は高価な機材がある別の撮影所にフィルムを持ち込まなければならない。
当時の虫プロには、そのあまりにも複雑で煩雑な工程の全体を把握し管理する専門の人間がいなかったのだ。
その結果、スタジオは常に混乱の坩堝と化していた。
「おい! 第3話の背景画はどこへ行ったんだ!?」
「原画の〇〇さんが締め切りを過ぎても一枚も上げてこない! 誰か電話してくれ!」
「彩色済みのセル画が撮影所にまだ届いていないらしいぞ! このままでは撮影が止まってしまう!」
怒号と悲鳴がスタジオのあちこちで飛び交う。
アニメーターは絵を描くプロだ。しかしスケジュールの管理や他人との交渉事のプロではない。
誰もが自分の目の前の仕事だけで手一杯だった。
このままではいずれ全てが破綻する。
放送事故という最悪の事態が現実のものとなる。
手塚治虫はその危機的な状況を誰よりも冷静に見つめていた。
そして彼は気づいたのだ。
今この戦場に本当に必要なのは絵を描く兵士ではない。
それぞれの部隊を繋ぎ弾薬を運び情報を伝達する、「伝令兵」の役割を果たす人間だ、と。
机と机を繋ぐ。
人と人を繋ぐ。
工程と工程を繋ぐ。
その地味で誰からも評価されない、しかし絶対に不可欠な仕事。
アニメの歴史の裏側で、最初の「制作進行」が産声を上げようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第六章、第一話いかがでしたでしょうか。
週一アニメという新しい戦争の形が、必然的に「制作進行」という新しい兵種を生み出したのです。まさに必要は発明の母でした。
さて、混沌の中から生まれた初代・制作進行。
彼らに与えられた最初で最大の武器は鉛筆ではなかった。
それは一台のオンボロの自動車でした。
次回、「深夜の首都高」。
彼らの孤独な戦いが始まります。
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