国産アニメーション、最初の一歩 第3話:フィルムという名の壁
作者のかつをです。
第一章の第3話をお届けします。
夢が仕事になった瞬間、新たな苦しみが生まれる。
今回は国産アニメの黎明期に開拓者たちが直面した、非常に現実的な「お金」と「機材」の問題に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
チョークと黒板という驚くべき発想で、ついに「絵を動かす」という魔法の扉を開いた下川凹天。彼の功績はすぐに活動写真の製作会社の目に留まった。
「これは面白い。ぜひうちで一本、作ってみないか」
商業アニメーションとしての正式な製作依頼。
それは彼の夢がついに認められた瞬間だった。
しかし本当の戦いはここから始まった。
プロの仕事としてアニメーションを作る。
それはたった一人で趣味の延長でやっていた頃とは訳が違った。
納期、予算、そしてクオリティ。その全てが厳しく問われる。
凹天は黒板方式よりもさらに表現の幅が広がる、紙に直接描く手法へと移行していった。
しかしそこで彼はこの時代の全ての開拓者たちが直面した、最大の障壁と対峙することになる。
「生フィルム」の圧倒的な不足とその価格の高騰である。
当時映画撮影に使われる生フィルムは、そのほとんどをアメリカのコダック社などからの輸入品に頼っていた。ただでさえ高価な上に第一次世界大戦の影響でその輸入量も激減。フィルムは金と同じくらいの価値を持つ戦略物資と化していたのだ。
製作会社の経理担当者は苦虫を噛み潰したような顔で凹天に言った。
「下川さん、分かっているのかね。君が失敗するたびに会社の金が煙のように消えていくんだよ」
アニメーション制作は失敗の連続だ。
線の太さが少し違うだけでキャラクターの動きはガクガクになってしまう。
撮影時の光の加減が少し狂うだけで画面は見るに堪えないほどチラついてしまう。
その度に貴重なフィルムが無駄になっていく。
プレッシャーが彼の肩に重くのしかかった。
かつて純粋な好奇心と喜びだけで満たされていた創作の時間は、いつしか焦りと恐怖との戦いへと変わっていた。
一枚の絵を描くたびにフィルムの値段が頭をよぎる。
シャッターを切る指が鉛のように重かった。
そして彼をさらに苦しめたのが「光」そのものだった。
撮影には強い照明が不可欠だ。しかし当時の撮影用アーク灯はとてつもない熱量を発する。
その熱が彼の目を焼き、体力を奪い、そして彼が心血を注いで描いた絵そのものに牙を剥いた。
夢を叶えるための道はあまりにも過酷な茨の道だった。
彼はたった一人で予算という名の怪物と光という名の悪魔に立ち向かわなければならなかったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
フィルムが高価だったため当時は撮影前に念入りなテストをすることもできず、ほぼ一発勝負だったと言われています。そのプレッシャーは想像を絶するものだったでしょう。
さて、予算というプレッシャーに加え彼を襲ったのは撮影用の「光」でした。
この光が彼の身体を、そして作品を蝕んでいきます。
次回、「強すぎる光、消えゆく線」。
開拓者が払ったあまりにも大きな代償の物語です。
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